164.諸族の王
遠方にターゲットを捕捉した俺は、孤絶を抜刀して走る。
「グゴォオオオオオオオ」
バサバサと空を飛ぶ巨大な黒褐色の竜の雄叫びが響き渡り、激しく大気が揺れる。
小さな村は、ブレスに焼かれて黒焦げになっていた。
耳栓でもしてくるべきだった。
キンキンうるせえ。
「まったく、竜ってやつは――」
目の前から黒い炎が迫る。
黒褐色の竜が吐き出した獄炎のブレス。
俺は邪竜に向けて最終の炎球を放って、そのまま飛んだ。
「――声だけはデケエな!」
竜の巨体の前まで距離を詰めると、なぜか竜が首を背けたので反射的に孤絶の刃を振るう。
あっけなく、竜の首は地に落ちて転がった。
続けて竜の巨体が落ちて、凄まじい地響きを上げる。
なんだ、なんでわざわざ斬られるように首を差し出したんだ。
血溜まりに沈む、焼け焦げた竜の頭を見てようやく気がつく。
そうか、俺の炎球にブレスが撃ち負けてひるんだのか。
ビビって首を落とされるとか雑魚にも程がある。
まあいい、さっさと次に行くか。
「お見事です、ご主人様! 黒炭の森に住まう伝説の邪竜をこうも簡単に倒されるとは、これでこの辺りも平和になりましょう!」
アリアドネが後ろから叫ぶ。
「まさか、これで終わりか。今のが村を三つ滅ぼした邪竜だったのか?」
「はい、今のがこの辺りを千年荒らしまわった邪竜だそうですが……」
「この森の奥に行くと、今みたいな黒竜がたくさんいる巣があるとかは?」
「いえ、そのような報告は受けてません」
なんだよ。
訓練にもならないじゃないか。
刃に滴る邪竜の鮮血をさっと拭いて鞘に戻す。
アルジャンスの街の近くの黒炭の森から邪竜が現れて暴れ回っていると聞いて喜んでやってきたのだが、デカイだけで拍子抜けするほど弱かった。
こいつはデカイだけの雑魚で、大ボスがいるのかと思ったのにな。
この程度ならアリアドネだけでも倒せるだろ。
俺が来た甲斐がなかった。
「まあいいか。こいつの首も見た目だけは立派だから、カーンの都まで運べば戴冠式の飾り付けぐらいにはなるだろう」
「素晴らしいお考えです! 東の蛮族との大戦の勝利に引き続き、黒炭の森の邪竜を成敗なされたとなれば、よりご主人様の名が高まるかと!」
「竜の肉は美味いんだったな。食い切れないほどたくさんあるんだから、和葉に調理してもらって竜の肉を都の住民にも配ってみるか。せっかくのお祝いだし、たまにはいいだろ」
「おおなんと! 民に施しを与える慈悲深き王として、その名が轟くでしょう!」
「うん、それはいいんだが……」
俺の微妙な顔色を窺って、アリアドネはドサッとその場に土下座した。
「何か妾が失礼なことを申しましたでしょうか。なんなりと罰をお与えください!」
いや、なんかアリアドネがやたら褒めてくるので、佞臣みたいになってるのが微妙だなと思っただけだ。
別に褒められて調子に乗るほど、俺も単純じゃないつもりだが。
「アリアドネ、この世界の常識に合わないことをやってないかチェックしてくれとは言ったが、いちいち大げさすぎる」
「はっ! 伏してお詫び申し上げますご主人様!」
だからそれが、大げさだと言ってるんだが。
今さらアリアドネに言ってもしょうがないかと、俺はため息をついた。
「まあいい。アリアドネ、運ぶの手伝え」
「はい! ただいま!」
俺達は、邪竜の死体を抱えてカーンの都に帰ることにした。
竜のブレスの被害で大量にできてる黒炭も、調理の燃料に役に立つかもしれないから持って帰ろう。
※※※
「よいしょっと」
俺が邪竜の首をカーンの城の正門の上に置いてやると、下の民衆から「わー!」と歓声が上がった。
アリアドネが下に向かって叫ぶ。
「見よ! 我らが偉大なる王、真城ワタル様が黒炭の森に住まう邪竜を退治なされた! これが我らが王のお力と知れ!」
いちいち大げさなアリアドネは、今日も快調に飛ばしている。
碧い瞳をキラキラ輝かせて本当に楽しそうだ。この世界に来てから、アリアドネは調子に乗りすぎている。
どうやったら治るんだろ。
そのうち盛んに希望してくるお仕置きという奴をしてやったほうがいいんだろうか、これ……。
「すげー、マジすげー!」
「王様がいれば、蛮族も化物も怖くねえな!」
俺の予想通り、竜の首を見世物にしたのは喜ばれたようだ。
「ふむ、あれが王様なのか。少し若過ぎないか?」
「すごーい、本当に私達と同じ普通の人間なんだね!」
なんか、下で俺の話をしている人族の親子連れがいる。
若いとはよく言われるな。
俺がカーンの都の民の前に顔を出すのは、ほとんど始めてだ。
「偉大なる人族の王者、真城ワタル陛下に栄光あれ!」
なんか人族の神官みたいなのが音頭を取って「栄光あれー!」とみんなで諸手を上げて叫んでいる。
今日はリスが人族の祭祀王になる戴冠式と、俺が諸族の王となる即位式があるから顔を出さないわけにはいかないんだが、こうも熱狂的に騒がれるとこっ恥ずかしい。
「ご主人様、戴冠式の準備が整いました」
「おう、すぐいく」
民に顔を見せるといっても、もう十分だろう。
アリアドネがまた下に向かって叫んでいる。
「今日は我らが王の即位の祝いとして、竜の肉のスープを一皿ずつ皆に振る舞う。感謝していただくように!」
今ちょうど、城の中庭にいる和葉が大鍋をたくさん並べて怒涛の勢いで調理しているところだ。
祝いに来たみんなに行き渡るように煮込み料理にしたらしい。
城の兵士達が、ドラゴン鍋を運んでいって皿に盛ったスープを集まった民に配り始めた。
「王様美味しいよ、ありがとー!」
さっきの親子連れの子供の声が耳に届いたので、俺はサッとしたに手を振ってから城の奥へと向かった。
居並ぶ列席者の真ん中で、純白のローブに身を包んだリスが跪いている。
アリアドネが説明するには、これが古式にのっとった戴冠式なのだそうだ。
最初は、俺を人族の祭祀王にすると言っていたのだが。
人族の祭祀王になると、大変面倒くさい祭祀をずっとやらなきゃならないそうなので、俺は拒否った。
その面倒な役割をリスがやってくれるというのだから、ありがたく甘えておく。
「アリアドネ、誰が戴冠するんだ?」
「本来ならば前任の祭祀王から受け継ぐものなのですが、今回は我らが王であるご主人様にしていただきます」
「そうか、被せればいいんだな」
俺は、壇上に載せられている白金の冠を取って、リスの頭の上に載せてやった。
「ご主人様、リス殿を祭祀王とする宣言をしてください」
「ああ、そうか。リスを人族の祭祀王とする!」
俺がそう宣言すると、アリアドネが盛大に拍手した。
慌てて列席者も拍手喝采する。
儀式というからどんな面倒なことがあるのかと思ったが簡単に済んだな。
「続けましてご主人様の即位式をいたします。ヴイーヴル殿も来ていただけるか?」
「我の出番か!」
竜人族の祭祀王、ヴイーヴルもこの日のために東の草原から来てくれていた。
「それでは、人族の祭祀王リスと竜人族の祭祀王ヴイーヴルと天人族の祭祀王の血族である妾より、ご主人様を王の中の王、諸族の王として戴冠させていただきます!」
リスとアリアドネとヴイーヴルは、三人で手を携えて黄金の冠を取ると俺の頭の上にかぶせた。
俺がリスを戴冠して、リスが俺に戴冠する。
なんかこうすごくマッチポンプな儀式だが、儀式なんてこんなもんだろう。
名目が立てばいいのである。
アリアドネに勧められて、俺はやたら豪奢ででかい玉座にドスンと腰掛ける。
「人族の祭祀王リス、人族を代表して真城ワタル陛下が諸族の王となることを要請いたします」
人族の祭祀王となったリスは俺の前に跪くと、そう言上した。
「きっ、騎士トライク! 犬人族を代表して、真城ワタル陛下が諸族の王となることを要請いたします!」
その後ろに跪いたのは、元犬人の盗賊団の副首領だった騎士トライク。
ちょっと緊張に震えているが、今やうちの国の犬人族の取りまとめ役である。
「騎士ウルス、熊人族を代表して……」
続けて熊人族の元百人隊長のウルス。
こちらも、俺に隷属した熊人族の取りまとめ役を務めてくれている。
カーンの都を中心とする俺の王国は、諸族の民が暮らせる国だ。
今のところ国民の大半は、奴隷的な扱いから逃げてきた人族や貧しさから野盗化していた犬人族など。
熊人や猫人や虎人など、辺境にはいまだにその大半が敵対している種族もある。
兎人や天人など真城国の成立を認めはするが中立を保っている種族など様々だが、それはみんな勝手にすればいい。
どんな種族でも俺の下に付けば庇護する。
種族を問わず、そこに住まう国民を守護する国家。
そして、その頂点に君臨する諸族の王。
全種族の祭祀王を従える帝王という概念をアリアドネは日本を参考にしてこの世界に作り上げるつもりのようだ。
アリアドネはどうも、日本を勘違いしているような気がする。
「祭祀王の娘にして聖天騎士アリアドネ、並びに天空騎士二名。天人族を代表して……」
天人族としては、アリアドネと共に聖白翔騎士団の副団長のアーリャと、聖白銀騎士団団長イェルハルドが声を揃えて言上する。
アリアドネに使えている女のペガサス騎士のアーリャ達はこの国に残るそうだが。
男のペガサス騎士である、イェルハルド達は臨時の援軍という形だったので天空城に帰ってしまうそうだ。
せっかく男女のバランスが取れてたのに残念だ。
「竜人族の祭祀王として、ご主人にお仕えしよう!」
なんか、最後のヴイーヴルのセリフだけ少し違ったような気がするが……細かいことはいいか。
「よし、皆の要請を受けて俺が諸族の王とならん! 儀式は終わりだ! これからもよろしく頼む」
俺がそう宣言すると、また拍手と喝采が起こった。
「祝だぁぁ!」
人族奴隷から騎士に成り上がったボーダーが、喜びながら謁見の間の扉をバタンと開く。
控えの間のテーブルに並べられる豪奢なドラゴン肉の料理。
もちろん他の肉や魚料理、焼きたてのパンなども並んでいる。
そして、葡萄酒や麦酒など。
列席者を歓待する祝いの席であった。
「おい、調子に乗ってあんまり酔い過ぎるなよ」
ただ酒が浴びるほど飲めるということで、喜んでる奴がいっぱいいる。
この世界の風習では、特に乾杯などもないらしくみんなさっさと酒を注いで飲んでいた。
城の前や街のほうでも、今頃はドラゴン料理や酒が振舞われている頃だろう。
「真城王様、この度はご即位おめでとうございます」
「おう、いつぞやの」
俺のグラスに葡萄酒を注ぐ中年の男。
「トルタンでございます。まずはご一献、うちの街より木の実酒をお持ちしました」
「ほう、香り高い酒だな」
北の港街バローニュの町長トルタンだったか。
注いでくれた赤い木の実を発酵させた酒を飲み干す。
甘口で飲みやすい。
俺は、トルタンのグラスにもカーン産の葡萄酒を注いでやった。
「王様がうちの街にもたらしてくださった工作機械というのでしたかな。今は武器を作っておりますが、あれは民生品を作るのにも使えると聞きました。うちの町の工業も、今後発展が見込めそうで期待しております」
「それはよかった」
元商人だという町長トルタンは、バローニュの街に瀬木が持ち込んだ工作機械の様子を興奮気味に話していた。
俺に言われても、よくわからんのだけどな。
ともかく各地より、みなが祝いに駆けつけてくれて賑やかな酒宴の席となった。
こんな宴が開けるほどには、うちの国も余裕が出てきたのだ。
七海が日本から運んできてくれた品種や、和葉がジェノサイド・リアリティーからもたらした成長を促進させる土のおかげで。
周りの地域から押し寄せる難民達を食わせるだけの食料生産ができている。
とりあえずみんなが食えるようになれば、今後は工業なども発達させて生活水準を上げて行くこともできるだろう。
アリアドネが理想として語っていた日本のような素晴らしい街並みを、この世界に作り上げることもいずれは夢ではなくなるかもしれない。
※※※
今日ぐらいはいいだろうと酒をしたたかに飲んで、酔っ払って自室に戻るとびっくりする。
やたらデカイ俺の部屋が真っ白い巨大なベッドで埋まっていた。
「なんだこりゃ、おい久美子。これはどういうつもりだ」
ベッドの縁で久美子達が座って待ってたので尋ねる。
「帝王の後宮というからにはこれぐらいはないとね」
「まだ後宮とか言ってるのか。重婚とか、いろいろまずいだろ」
「あら、全然まずくないわよ。この国はワタルくんが法律なんだから、好きにすればいいじゃない。私達みたいな美少女がみんなで相手して上げようって言ってるのに、男の夢でしょ?」
そう言って久美子は笑っている。
俺はそんな夢を見た覚えはないんだが。
「まったく、ふざけてばっかだな」
「今日はふざけてるわけじゃないわよ。ワタルくんって、すぐどっか行っちゃうし、自分の命も顧みずに突っ込んで行っちゃうでしょう」
それはまあ、行ってしまう。
俺はまだこの先も強くなれることがわかったのだ。
戦争も終わってこうして正式に王になったといっても、俺個人は戦いを止めるつもりなど毛頭ない。
これからも戦い続ける。
「それと、なにか関係あるのか?」
「あるわよ……だから、本気で寝てあげるって言ってるのよ。何があってもワタルくんが生きて帰ってくるように、ワタルくんを好きなみんなでこうやって繋ぎとめることにしたの」
なんか久美子のくせに、そんないつになく真剣な顔をされると困ってしまうぞ。
いつもの冗談じゃないのかよ。
久美子と一緒にいるのは、ウッサーと竜胆和葉とアリアドネと佐敷絵菜だ。
一瞬、瀬木はいないのかなと思ってしまったが、まだそういう関係ではないのでいるわけ無いか。
絵菜とは同衾するほど親しくもないので、いるのがちょっとおかしいとは思うんだが。
みんな、久美子の言葉に静かに頷いている。
なんだこのマジな雰囲気。
「おい、ウッサー。お前は俺の嫁なんだろ。久美子にこんな勝手をさせておいていいのか?」
俺は返答に詰まって、ウッサーに振る。
「ワタシはいいデスよ。ふふ、もう旦那様の子が出来たので、しばらくは久美子達に譲ってあげるデス」
「なんだと!」
ウッサーが満足そうにお腹をさすっている。
おい待てよ、そんな心当たりは……ないことはないが、ちょっと前に一回だけだぞ。
「兎人族は、子供ができやすいんですって。初めてで、できちゃうのが普通らしいわよ」
「マジかよ……」
ウッサーは不思議生物だから、何があってもおかしくない。
子供って、そんなに簡単にできちまうものなのか。
「さて、ワタルくんはどうするの?」
「あーもうわかったよ。勝手にしろ!」
俺は、ベッドにゴロリと寝そべった。
久美子達が近寄ってくる。
「ふふっ、じゃあ勝手にするわね」
俺の耳元で久美子が囁くのがくすぐったかった。
「しかし、いきなり後宮とか言われても扱いに困るぞ。久美子や和葉はしょうがないにしても、絵菜まで連れて来たのはやりすぎじゃないのか」
「あれ、私はもういいんだ?」
いいに決まってるだろ。
和葉とはもう一緒に何度も寝てるし。
それでなくとも、俺の国自体が和葉がいないともう回らなくなってるんだ。
正直な話、和葉とはもう離れられるとは思ってない。
「ご主人様、あの妾は? 妾も入れて下さったのではなかったのですか!」
「あ、すまん。アリアドネも居ていいぞ」
普通に忘れてた。
そんなに必死に詰め寄らなくても、最初から数に入ってるから大丈夫だ。
「真城くん、そろそろ私も応えて欲しいんですけど!」
絵菜が、ウッサー程ではないが柔らかく大きな胸でぐいっと迫ってくる。
本当に、最近グイグイ来るな。
まあ絵菜みたいな女を抱くのも男の夢なんだろうけど。
そう言われても、俺はまだ全然踏ん切りがつかないんだよ。
「まあ、みんな焦らずにゆっくりやっていきましょうよ。ワタルくんは、なんだかんだ言って責任感強いから絶対に逃げないわよ」
また久美子が俺のことを勝手に決めつけてるなあと思いつつ、今回だけは否定する気にはならなかった。
ウッサーに子ができて逃げ出そうものなら、俺はあのクソ親父と一緒になる。
それだけは死んでも嫌だった。
いや、これで安易に死ねなくなったと言うべきか。
「ふん……」
俺が苦笑していると、「わわ!」と和葉が慌てる声が聞こえてきた。
何かと思ったら、いきなりドスンと俺の上に飛び乗ってきたのは竜人族の祭祀王ヴイーヴルだった。
「ういーご主人、我らも入れてくれ」
「ぐは、お前酔ってんのか!」
かなりの衝撃だった。
ほとんどボディープレスだ。
そういえば竜は酒に弱いと聞いたことがあるが、頬を赤らめているヴイーヴルは無茶をやる。
下で受け止めたのが俺じゃなかったら危なかったぞ。
「……ご主人様、一緒に寝ましょう」
リスが、ドスッと俺の頭のうえに降ってくる
どうやらリスは、ヴイーヴルに抱えられて一緒に来たらしい。
可愛いリスの顔を見て、なんか毒気が抜かれた。
これはいいかもしれない。
リスがいれば、変な真似はできないから本当に一緒に寝るだけだ。
「ふん、まあいい。じゃあ、お前らも一緒に寝とけ」
まったく。
孤高を気取っていた一年前の俺が見れば「焼きが回った」と自嘲することだろうが。
こうして女に囲まれて眠る気分は思ったよりも悪くはなかった。
次回4/30(日)、更新予定です。
次回より、ジェノサイド・リアリティーは第三部に入ります。
それとは別に、『重大発表』もございますのでどうぞお楽しみに。
作者の別作品「酷幻想をアイテムチートで生き抜く5巻」も来週4/29発売なのですが、そのあとがきを読むと先に知れてしまうかもしれません。
あくまでジェノサイド・リアリティーについての発表です。