162.終戦
カーンの城で、敵を降伏させて戻ってきた七海の報告を聞く。
「それで竜人や虎人の大部分は、降伏して去っていったんだな」
「うん、ただ一部の虎人や熊人の残党は、諦めずに徹底抗戦を叫んで領地に戻ったみたいだよ。完全に降伏させられなくて申し訳ない」
「いや、七海達はよくやってくれた」
ようは、戦が終わればいいのだ。
ここから遥か東、ロナウ川の向こうの草原地帯なんてどうなってようが知ったことではない。
余裕ができたらひと暴れしに行くのもいいかもしれないが、まだ他にやることがたくさんあるしな。
今は、戦争が終わって七海達が無事に帰ってきたことを喜ぼう。
「真城、私も頑張ったんだぞ。反抗する奴らがいたから、バッタバッタ斬り倒して!」
「おう、木崎もよくやってくれたな……」
木崎晶に謎の頑張ったアピールをされる。
褒めてやったら「ふひっ」っと笑って、得意げな顔をしているのでこれでいいのか?
こいつの考えてることは未だによくわからん。
竜人の祭祀王ヴイーヴルは、降伏した竜人を連れて一度領地へと戻ったそうだ。
ヴイーヴルの俺に従うという言葉が嘘でなければ、そのまま虎人の残党に対しての牽制役を務めてくれることだろう。
「とりあえず、これで一安心だね」
「ああ、ご苦労だった。みんなこれを見てくれ、これが今回の一番の成果だ」
俺は机にこれまで手に入った生命のコインを並べる。
「これは……七十三枚ちゃんとある。これで死んだみんなを生き返らせることができるね!」
七海は、数えるの早いな。
まだ生き返らせてない死亡者数もちゃんと覚えてたのか。
「ああ、これでようやく方が付いた。今はゆっくり休んでくれ」
「休ませて、もらうよ……」
七海は椅子にゆっくりと腰掛けて、しばらく虚脱状態になっていた。
よっぽど気を張っていたのだろう。
戦闘にしか興味がない俺などよりよっぽど責任感が強く、気配りができる七海のほうが王に向いているのだろうが。
死亡者を生き返らせる仕事が終われば、七海は日本に帰ってしまうかもしれない。
七海だけではなく、みんなどうするつもりなんだろう。
神宮寺の起こした戦争も終わって、これからのことをそろそろ決めないといけない頃だ。
今後の事をじっくり相談しておかなければならないだろう。
抜けた穴を埋めることも考えておかないとな。
「ところで、瀬木はどうしたんだ?」
「あいつなら、調子の悪くなったジープを直してたよ。すぐ使えるようにしなきゃって」
木崎に教えてもらって、駐車場に向かう。
少しは休めばいいのに瀬木は相変わらずだな。
瀬木が今後どうするつもりなのかが、俺は一番気になっているんだが……。
※※※
ジェノサイド・リアリティー地下二十階で、生命のコイン七十三枚を使って全員を蘇らせた。
みんな黄泉の方で酷い暮らしを強いられていたらしく、蘇生を喜びあっている。
「神宮寺司くんや、御鏡竜二くんの死体がなくてよかったね」
「ああ、ついでに蘇っても、その場でぶっ殺すだけだけどな」
そのまま埋葬していたのが良かったのだろうか。
二人の死体がこちらに転送されて蘇らせるしかないということはなかった。
「七海は、これからどうするんだ?」
「僕は、和葉を……」
「そうだったな。和葉もちょっと一緒に話をしないか」
今日は全員がこの場にいる。
日頃は城に篭りっきりの和葉も付いてきている。
最初は七海に怒りを剥き出しにしていて、口も聞かなかった和葉の態度も次第に軟化している。
カーンの都では、七海と和葉が協力して農業指導に当たるなんて場面もあった。
一段落付いた今が話し合うのに、いい頃合いだろう。
和葉は、俺達のところにやってくるとしばらく押し黙って七海を見てから、声をかけた。
「……七海くんは、これからどうするつもりなの?」
「僕はもうしばらくは滞在するつもりだけど、いずれは日本に戻ろうと思っているよ」
「……そう」
「よかったら、和葉も一緒に」
「日本に帰ってどうするつもりなの?」
「えっ、どうするって……そうだね」
七海は少し考えてから続ける。
「この世界では、本当にいい経験をさせてもらった。僕は将来、人を助ける仕事がしたいんだ」
「具体的には?」
「うちの家がやってる企業の仕事になると思うね」
「七海スポーツの仕事?」
「うん、この世界で手に入った新素材を使って製品開発すれば、多くのアスリート達の助けになる。将来的には、医療や健康の分野にも応用できるだろう」
そう言えば、七海の実家はスポーツ用品メーカーだったな。
和葉と話をさせてやろうと思ったのだが、つい俺も口を挟んでしまう。
「七海、アスリートだったらお前達が直接大会にでたら金メダルでもなんでも取れるだろ」
七海達は、この世界で超人的な身体能力を手に入れている。
わざわざスポーツ用品なんか作ってないで、直接活躍するだけで巨万の富を手に入れられるだろう。
「それも考えたけどね……僕はやっぱりサポートのほうの仕事をしたいんだ。それがわかったのも、真城ワタルくんのおかげだから感謝しているよ。この世界に来れて、君と一緒に戦えてよかったと思っている」
「七海がそうしたいなら、それでいいんじゃないか」
まるで別れの挨拶のようだ。
俺は、七海修一が差し出してきた手を握り返す。
昔の俺なら、握手なんて撥ね退けてただろうけど。
感謝するのは俺の方だ、七海には本当に世話になった。
アスリートのサポートとか、いちいち回りくどいことをする意味が俺にはよくわからないが、なんだかそれも七海らしいような気もする。
俺との話を終えて、七海は和葉に向き直った。
「だから和葉、どうか僕と一緒に日本に戻ってくれないか」
七海は、単刀直入にそれだけ言って手を差し出した。
和葉はじっとその手を見つめて言う。
「……これまで、七海くんなりにずっと私のことを考えていろいろ気を配ってくれたことはありがたいと思ってます。それですっごい迷惑したこともあったけど、それでも私がここに居られるのは七海くんのおかげ」
「僕の無思慮が原因で、和葉を酷い目にあわせてしまったことを安易に謝ってすますつもりはないよ。これからはずっと君のことを守って行きたい」
そう言って伸びてくる手を、和葉は静かに押し返した。
「七海くんはそうでも。やっぱり私には無理だよ」
「和葉が僕と一緒にいてくれれば、それだけでいいんだ!」
「七海くんがそうでも! 七海くんがそうでも、周りはそうじゃないよ……。私はずっとそれで苦しんで来たの。七海くんは、これから企業家になるんでしょう。そんな人と一緒にいたら、私はずっと役割を押し付けられちゃう」
「そんなこと……」
ないとは言えない。
現に和葉は、ずっと七海修一の幼馴染という役割を強制されて、苦しんできたのだから。
和葉は七海の震える肩に優しく手を触れて、見上げて言う。
「七海くんは、ずっと自分の夢を追ってよ。それはみんなにとって嬉しいことだし、立派なことだよ。私は一緒に行けないけど、一緒に歩んでくれる人はきっとたくさんいるよ。これからも、いい幼馴染でいてね」
「和葉……」
「じゃあね」
和葉は、七海から離れて俺の方にやってくる。
そのまま、俺の背中に抱きついた。
「いいのか?」
「これが一番いいの」
がっくりと肩を落とした七海修一に、待ってましたとばかりに七海ガールズの三人が殺到して慰めの言葉をかけた。
七海ガールズの元リーダーの黒川穂垂、前リーダーの白鳥小百合、今のリーダーの灰谷涼子と個性的なメンツがそろっている。
彼女達にとっては、今こそが最大のチャンスだ。
七海が和葉に完全に振られる、この瞬間をずっと待っていたのだろう。
あのうちの誰かと七海は共に歩むのだろうか。
それとも、ずっと誰とも付き合わないままなのだろうか。
俺のオススメは灰谷だけどな、アイツは性格のバランスが取れててとても付き合いやすかった。
派手な美人で自己主張が強烈な黒川や白鳥より、和葉に少し雰囲気が似ているようにも思う。
まあ、どういう道を選ぶにせよ。
和葉が七海にかけた最後の言葉は、呪いとなってずっと残るのだろうと思った。
「和葉は、怖い女だな」
「……なに?」
「いいや」
和葉の柔らかい感触や、背中から回してくる手は心地よいのだが。
俺も知らない間に何かの呪いをかけられたんじゃないかと、ちょっとそんな気がした。
次回4/16(日)、更新予定です。