161.限界突破
創聖神俺は携帯用の神託板で自分のステータスを計る。
『真城ワタル(しんじょうわたる) 年齢:十七歳 職業:剣神 戦士ランク:突破者 軽業師ランク:最終到達者 僧侶ランク:最終到達者 魔術師ランク:最終到達者』
戦士ランクが、突破者という見慣れぬランクに変わっている。
見慣れぬものではあったが、俺はこのシステムを知っている。
「そうか、あれが限界突破イベント扱いされたということだな」
創聖神が言った「俺の願いを叶える」とは、ランクの限界という理を崩すという意味だったのだろう。
ジェノサイド・リアリティーのオンライン板、ジ・エクストラムンドゥスでは、より強い敵との死闘によりランクが開放されるイベントがある。
同ランクの最終到達者であった祭祀王を倒し続けたことでそれが発動した。
だから、戦士ランクが最終到達者を超えた突破者ランクに突き抜けたのだ。
人の限界を突破し、超越してさらに先に上り、やがては神にも迫る力を手に入れられる可能性か。
そのため高難度のダンジョンも当然出るんだろうな。
また会うことを期待しているとは、やがてお前にも迫る程の強大な力を手に入れろということだよな創聖神!
まだ俺は強くなれるのか。
これからの戦いを思って、俺の気分は盛り上がっていたが……。
「……ところで、アリアドネ。お前はいつまで俺の足にくっついてるつもりだ?」
「不遜なことを申し上げたゆえに、どうかこの愚かな端女にキツい罰をお与えください!」
また、端女になってるよ。
すでにアリアドネがうちの取りまとめ役になってるんだから、あんまりそういう態度取られると困るんだが。
「そもそも、お前の言う罰って何なんだよ?」
「そのまま蹴るか、踏んでくだされば本望です」
そんなことを言いながら、期待に目を輝かせて俺を見上げてくる。
聞かなきゃ良かった。
ほんとに蹴り飛ばしたい気持ちになるが、喜んでたら罰にもならねえじゃねえか。
「いや、アリアドネ。よくお前はやってくれてるよ」
試しに逆をやってみたらどうかと、俺はリスにやるようにアリアドネの金髪を優しく撫でてやった。
「なっ、なにをなさるのです。罰を与えられると思ったらご褒美とかもう、ふわぁぁあ! ご主人様は妾を萌え殺すおつもりですかぁぁ!」
顔を真っ赤にしたと思うと、そのままひっくり返ってしまった。
なんだこりゃ……。
蹴り飛ばしても喜ぶし、褒めても喜ぶとかどうしようもねえじゃねえか。
あと萌えなんていらん言葉、どこで覚えた?
もうちょっと攻めてみるか。
「もういっそアリアドネと結婚しようかなー」
「うわー、やめてください! さっきの話は忘れてください。それ以上言われたら妾、死ぬ! 死んじゃう!」
ゆでダコみたいな顔を手で覆って、バタバタと床を転げまわっている。
なんか笑えてきた。
アリアドネがさっき俺と結婚とか先走っていたが、やっぱり恥ずかしかったんだな。
「ハハ、冗談だ」
「からかわないでください。先程は、妾だって必死だったのです!」
「まあ、まんざら悪い話でもないけどな。リスと結婚って話よりはまだ……」
「ご主人様?」
「その、祭祀王の格ってのはやっぱり必要なのか?」
俺達は、いろんな種族を集めた国を建てようとしているのだ。
もう人族の祭祀王なんか要らないんじゃないかと思うがな。
「ご主人様が、人族の王を名乗られるならば、そうしたほうが民にはわかりやすいということはあります」
「ふうん、そういうものか。どうしてもというなら、アリアドネと結婚してもいいぞ」
「本当ですかご主人様!」
ぴょこんとアリアドネが飛びついてきた。
こいつ今日、めちゃくちゃ忙しいな。
「ああ、別にそういうのも悪くないかなと今は思っている」
結婚なんて絶対しないと思ってたんだけど、俺もウッサーとまあ……色々とあって吹っ切れてしまった。
俺はもう、昔のように鈍感な男じゃないからな。
創聖神にあそこまで言ったアリアドネが、俺に好意を持って仕えてくれているのだとわからないわけではない。
ここまで一緒にやってきたんだから、その思いにはそれなりの形で応えてやらなきゃならないとも思う。
どうせ、もう日本には二度と戻らない。
俺はこの異世界に骨を埋める覚悟。
「で、でもすでにウッサー殿と結婚なされてるのに、妾などが入り込んでいいのでしょうか?」
それには、俺でなくウッサーが答えた。
「それこそ今さらデスよ。もともと、久美子とか和葉も入るつもりデスよね。ワタシを旦那様の最初の妻と認めるのが条件デスが、順序さえわきまえれば寛容に許そうかと思ってるデス。強くなるためには家族は多い方がいいデス。それよりそろそろご飯にしないデスか」
創聖神がいた手前か、今日はやけに大人しかったウッサーは、今さら何を言ってるんだという感じだった。
今日はもう、みんな激しい戦闘で疲れ切ってるから、元気に跳ねまわってるアリアドネが異常なのだ。
いや、なんか聞き捨てならないことを言ったな。
「おい、待てよウッサー。久美子と和葉もってどういうことだよ」
「あら、ワタルくんはまだそんなこと言ってるの?」
「いや、お前らは日本に帰るんじゃないのか?」
すでに日本に未練がない俺はいいが、お前らは日本に残してきた家族がいるだろ。
一般家庭の和葉はともかくとしても、久美子なんかは特に実家の九条家の問題があるはずだ。
「ウッサーさん、ご飯ならそろそろできますよ。お皿並べるの手伝ってくれますか?」
そこで、この騒ぎにも関わらず一人でご飯の支度をしていた和葉が呼びに掛かった。
「やったデス! すぐ行くデス! 久しぶりに和葉のご飯が食べられマスね!」
「おい待て、聞けって」
俺が追いかけようとすると、俺の背中をギュッと握っている小さい手があることに気がついた。
「ご主人様……」
「何だリス」
俺は振り返ってリスの話を聞いてやる。
そうだ、こいつは祭祀王の末裔だってわかったんだから、もう俺をご主人様呼ばわりしなくていいんだよな。
そう言ってやろうかと思ったら、妙なことを言い出した。
「……私、ご主人様と結婚してもいいです」
「いや、ダメだろ」
お前、確かまだ十二、三歳だったろ。
俺がそう言ったら、シュンと俯いてしまった。
「ああーご主人様、泣かせましたね」
「いや、泣いてねえだろ!」
「泣かせたデス」
「ウッサーまで、戻ってきてるんじゃねえよ!」
「ご主人様……」
「違うぞリス、別に俺はお前の事をダメだといったわけじゃなくてだな!」
はぁ、まったく。
女どもは集まると姦しい。
「ご主人様、リス殿は何も夫婦生活がしたいと言ってるわけではなく、名目上婚姻関係を結べば人族の王としてご主人様を立てることができると申しているのではないですか」
アリアドネがそう言うと、リスがブンブンと首を縦に振った。
「それはありがたい申し出だな」
本当に泣きそうになってたので、俺は慌ててリスの青い髪を撫でてやった。
その輝く髪は、創聖神と繋がる祭祀王となった証なのだろう。
職業ランクが祭祀王となったリスは、見違えたようにキラキラと光り輝いている。
人族の祭祀王の血筋を使って統治の正統性を手に入れるか。
悪くない話ではあるのだろうが。
この年でコイツの人生を決めてしまうってのはどうなんだ。
本当にリスの意思ならばいいんだが、後で本人がどうしたいのかちゃんと聞いてやらなきゃな。
俺が頭を撫でてやりながらそんなことを考えていると、隣の応接室から呼び声がかかった。
「みんな、何やってるの。ご飯もうできたわよ!」
城の応接室を臨時の食堂にしたらしく、そちらからいい匂いが漂ってきた。
「ご主人様、和葉殿がああおっしゃられてるので……」
「ああ、今行く」
「いま行くデス!」
まあ、細かい話はあとだ。
俺はリスの手を引いて、美味そうな料理が並べられている応接室に向かう。
ご飯の時刻に遅れると和葉が不機嫌になるからな。
細かい話は、美味い飯を食って風呂に入ってぐっすりと寝てからまた考えればいい。
次回4/9(日)、更新予定です。