159.神宮寺始末
「待って、竜人の祭祀王は殺さないで!」
ヴイーヴルは、俺に左腕を斬り落とされて和葉の鉄格子の罠にハマり満身創痍で身動きが取れない状態にあったが。
そこに、七海修一が待ったをかけた。
「なんだ七海。ここまでしたら殺してやらないと竜王が哀れだが……」
ヴイーヴルは死ななかったのは偶然だ。
俺は殺すつもりで急所を狙ったが、首元で輝いている『絶守の首飾り』の力が俺の刃筋をずらしたのだろう。
だがその効力は何度も続かない。
さっさと最後の一刀を下そうとする俺に、七海は耳打ちしてくる。
「敵は敗走したといっても、まだ十五万は残っているはずだよ。敵の首領を一人は残して負けを認めさせないと、戦争は終わらないから」
「あーなるほど。わかった」
勝ったとはいえ、こちらの兵は一万足らずだ。
敵の残存が半数残っていたとして、その十五万がうちの領地に残って各地で野盗化なんかしてしまったら、こちらの兵だけでは治安維持しきれなくなる。
また、このまま敵の領地に攻め込んで、首都を落として城下の盟を誓わせようにも兵数が足りない。
この会戦の大勝利を利用してこの場で一気に終戦させなければ、どう転んでも泥沼の消耗戦になるというわけか。
「さすが真城ワタルくん。理解してくれて、助かるよ」
「いや。殺すだけの俺と違って、七海がそういうことに頭を回してくれて助かる。きちんと負けを認めさせないと後々まで禍根が残るか……戦争ってのは、めんどくせえもんだな」
あと敵の首領を一人は残すってことは、神宮寺は殺すってことだろう。
確かに、どっちか殺すなら竜王より神宮寺だ。
あいつだけは殺らないと、戦いは終わらない。
七海も、その覚悟は決めたんだな。
「なんだ、戦いに敗れた我を殺さないというのか?」
破壊不能オブジェクトの鉄格子の檻に囲まれて、すっかりしおらしくなった竜王ヴイーヴルはそんなことを言う。
「そうだ、条件を飲めば助けてやってもいい。お前が負けを認めて、残党を引き連れて領地に帰るなら許してやる。あー、神宮寺から貰ったアイテムはこっちに渡せよ」
「わかった……」
ヴイーヴルは、俺に向かって『邪神の腕輪』や、『絶守の首飾り』、『白銀の喉笛』などを外して投げた。
これで武装解除である。
俺もジェノサイド・リアリティー外伝である『ステイジアンハデス』のプレイ経験はあるので、そのアイテムが偽物ではないことは形状からわかる。
しかし、あまりに素直すぎるのがちょっと気にかかる。
ヴイーヴルは簡素な服しか着てないし、ダミーのアイテムを用意するような暇はなかっただろうからそこまでは警戒しなくていいとも思うんだが。
気の強そうな竜王に負けを認めさせるのは大変だろうと思ったのに拍子抜けだ。
「なんでそんなに素直になったんだ。さっきまでの威勢はどうした?」
「負けは、負けだから……」
さっきまで猛々しき武威を見せていた狂竜が、なよっと女ずわりになってる。
伸縮自在の爪は引っ込んでしまっていて、これでは普通の女みたいだ。
なんか、潔さを通り越して薄気味悪い。
傷を回復してやってきたアリアドネが教えてくれる。
「ご主人様、竜人種は尊大不遜な性格ですが、負けを認めた相手には途端に従順になります」
「そうなのか?」
「そういう習性なのです。こうして一度屈服させておけば、もう好きなようにできます。ご主人様の端女としてこき使うことも可能です!」
「いや、それはいい。だから何だ端女って」
こういうことになると、嬉々として目を輝かせるアリアドネ。
妙な仲間を増やそうとするな。
「我はお主の端女になればいいのか……」
「いや、ならなくていい。アリアドネの言うことは聞くな」
「わかった。我を負けさせたのはお主だから、好きにすればいい」
「もう暴れないなら檻から出してやるよ。お前ヘルスポーション持ってないのか?」
左腕なんかたたっ斬られてるし、さっさと傷を回復しろと思うのだが。
「せっかくお主から受けた傷だ。しばらくは、そのままにしておこうかと……」
「さっさと回復しろ!」
ヘルスポーションを投げつける。
どうなってんだまったく。
異世界の祭祀王は、おかしな奴しかいないのか。
幸いなことにウッサーも久美子も重傷を負ってはいたが、命に別状はなかった。
生きてさえいれば、ヘルスポーションで回復できる。
あとは、逃げた神宮寺司の行方だが。
そうして俺達がこんなことをやっている間にも、神宮寺は追い込まれていた。
テレポートで逃げる神宮寺を追い詰めるために、俺達は壁を囲むように伏兵を配置していたからだ。
※※※
「ハァハァ……いったいどうなってるんですか、これは!」
「こっちにいたぞ、殺せぇぇ!」
「雑兵ごときにやられませんよ!」
神宮寺は、必死になって雷の杖を振った。
黄泉のアイテムをため込んでいる神宮寺は、さすがに兵士ごときにはやられない。
しかし、その後ろから恐ろしい巨躯の男が姿を現す。
「見つけたぞ神宮寺!」
「げえぇ三上ぃぃ!」
槍を構えるのは武闘派の筆頭、三上直嗣。
こんなのとやりあって勝てるわけがないと神宮寺は、すぐさまテレポートの巻物を使った。
いっそ、ライフルでもマシンガンでも撃ってくれればいいのだ。
矢よけの指輪を装備している神宮寺には、飛び道具が当たらない。
しかし、その情報は浸透しているらしくみんな近接戦闘武器で攻撃してくる。
「とりあえず、あの裏路地に……」
建物の物陰から大きな斧を持った女戦士が出てくる。
「いた、神宮寺!」
「木崎晶ですか」
意気揚々と攻めかかってくるが、木崎は一人だ。
三上ならともかく、アスリート軍団でも格下の女一人ならなんとかなると思った。
「もらった!」
もらっただと?
真城や三上の後ろを金魚の糞のようにくっついてしか動けぬ雑魚風情が舐めるにも程がある。
神宮寺はその不遜を鼻で笑った。
自分とて、『ステイジアンハデス』の覇者だという自負があった。
ランクアップや身体能力アップのアイテムはみんな祭祀王達に渡してしまったとはいえ、神宮寺の種族は強種族である神人であり。
最後に残したアイテム、黄泉最強の『冥府の杖』を持っているのだ。
相手が使ってるのは、ミノタウロスの双頭斧だろう。
たかだかジェノサイド・リアリティー十階層ごときの武器に、黄泉三十階層の武器が敗れるはずがない。
余裕でその一撃を撥ね除けると、空振ってしまった木崎に向かって左手で『電撃の杖』を振るった。
これで終わりだ!
――しかし、その電撃はかわされる。
「なっ!」
その鮮やかな回転機動は、とても人間のものとは思えない。
ミノタウロスが使う巨大な双頭斧を振りながら、なぜそのスピードで動ける。
「アタシだって特訓したんだ!」
「ええい!」
木崎の吐く気炎とともに遠心力を使った斧の刃が迫る。
ガンガンと打ち振るわれる巨大な斧は、一撃喰らうごとに重みを増している。
こちらは、『ステイジアンハデス』最強装備なのだ。
なのになぜ、ただの人間に過ぎない格下に打ち負けてしまうのか。
「さっさと殺されろ! アタシはあんたを倒して真城さんに褒めてもらう!」
「知ったことですかぁ!」
またテレポートの巻物を使ってしまった。
使うたびに、神宮寺の命のチケットが削られる。生存確率は下がっていく。
「ハァハァ、なんでこんなことに……」
木崎晶は、特訓したと言っていた。
真城ワタルが、他の生徒のランクアップを行ったということか。
あの男が孤独を貫いているうちはよかった。
神宮寺と同じように徒党を組むようになって、手のつけようのない化物になってしまった。
だが、耐え忍ぶのはいまだけだ。
神宮寺が自らの生存確率を下げてまで力を与えた最強の祭祀王の二人が、必ずや奴を討ち取ってくれる。
そう思った瞬間、肩に激痛が走った。
「なんだァ、外したか」
「うあぁ!」
前髪に白髪の混じった男が、後ろからニードルのような剣で突きかかってきていた。
刺されるまで気配に気づかなかったのだ。
「悪運の強いやろうだなァ、さっさと死ねェ!」
仁村流砂、こいつも会いたくない相手だった。
すぐさまテレポートの巻物を使って飛ぶ。
そうして飛んだ先で、物陰に隠れながらヘルスポーションを飲む。
貴重な巻物だが、使うのを躊躇しない神宮寺の選択は正しい。出し惜しみした瞬間に死ぬのだ。
カーンの街は、神宮寺にとってあらゆるところに死地がある地獄のような場所に変貌していた。
上手く街の外に出られたらいいのに、テレポート先はランダム指定だから上手く飛べない。
街の四方の門に行けばどうだろうか、まだ自分の側の兵が残っているかもしれない。
いや、そんな甘いことを考えてはいけない。
この場はとにかく、一刻も早く危険地帯から離れなければ。
街の外に出られるように、なるべく街の壁に近づこうと走るのだが……。
「いたぞ、そこだ!」
すぐさま回り込まれて壁の当たりには近づけなくなる。
壁に近づけば近づくほどに、敵との遭遇が増える。
「……そうか、そういうことですか。この布陣は」
最初から街の中央の城の方に、追い詰める策略だったのか。
神宮寺は、ようやくそれに気がついてゾッとした。
気がつけば、テレポートの巻物も残り少ない。
これでは運を天に任せて、ランダムテレポートを繰り返すこともできない。
命を繋ぐテレポートの巻物が切れた時が神宮寺の終わりだった。
これはもう脱出を諦めて、どこかの建物に隠れるかと足を踏み入れる。
「神宮寺なんでここに!」
そこに偶然居合わせたのは、古屋広志だった。
まったくツイていない。どうやらこの建物は街の兵士達の休憩所になってたようだ。
「おっと、古屋くん。私は争うつもりはありませんよ?」
「バカなことを言うなよ。みんなお前を追ってるんだぞ!」
古屋はバカなので、口先三寸で何とかできると思ったが。
血相を変えて剣を構えるその姿を見ると、説得は無理。
「物分りの悪い人ですね。仕方ありません。死になさい」
血相を変えて斬りかかってくる古屋を『冥府の杖』で強かに殴りつける。
雑魚一人しかいないのは不幸中の幸いだった。
「ぎゃっ!」
悲鳴をあげて昏倒する古屋。
一撃で死ぬかと思ったが、古屋は気絶しているだけだ。
「なんなんでしょうね、この鎧は?」
鎧がまったく傷ついていない。どうやらやけに高性能で硬い鎧を身に着けているようだ。
見たことがない、この世界のものだろうか。
使えるアイテムならば剥ぎ取ろうと思って身を屈めた瞬間、後ろから多数の追手の声がかかった。
「神宮寺、もう逃げられんぞ!」
現れたのはよりにもよって三上直嗣だった。
すぐさま、リュックサックのテレポートの巻物に手を伸ばそうとして……。
「しまった!」
肩からかけていた無限収納のリュックサックがずるりと落ちた。
古屋のがむしゃらに振るった剣が、神宮寺の命綱とも言うべきリュックサックの肩紐を寸断していたのだ。
リュックサックを取りこぼしてしまった神宮寺は、兵士の詰所の部屋の奥に追い込まれて、次々とやってくる戦士達に囲まれてついに捕らえられてしまった。
※※※
城の前まで引っ立てられてきた神宮寺司は、頼みの綱の祭祀王達が敗北したと聞き顔を青くした。
「七海くん。これまでのことは謝罪します! 私だって生き残るために必死だったんです。長い付き合いじゃないですか、どうかみんなに取りなしてくださいよ!」
「……」
七海修一も覚悟していたのか、助けろとは言わない。
神宮寺は生かしては置けないのだ。
こんな危険な男、異世界にも置いておけないし、日本に帰すわけにもいかない。
もう断罪は決まっている。
跪いて助命を懇願している神宮寺のところまで、俺はゆっくりと歩いて行く。
「真城くん。いえ、寛容なる人族の王者、真城ワタル様。私が悪うございました。もう決して悪さは致しません。命ばかりはお助けください」
「がっかりさせるなよ神宮寺。立場が逆だったら、お前は俺を助けるか?」
そう聞いて、引きつった笑いを歪めた神宮寺は立ち上がった。
「チッ……いいか真城! これで終わりと思わないでくださいよ! この異世界には復活があるのです。そうだ、貴様がそうしたのですよ! 絶対に忘れるな、私は必ず地獄からまた蘇って貴様ぐぁぁああ!」
俺は、皆まで言わせずに神宮寺の首を斬り落とした。
異世界の覇権をかけた最終決戦は、こうして幕を閉じた。
次回3/26(日)、更新予定です。