158.最強の二人
黒馬に乗った猛々しき虎人族の祭祀王ガドゥンガンは、俺に神殺しの朱槍を構える。
悽愴な美しさを持った竜人族の祭祀王ヴイーヴルは、長い爪を構える。
そのランクは、俺と同じく最終の頂きまで登っている。
それどころか神宮寺の与えた黄泉製の各種強化アイテムで、それ以上の補強をしている。
異世界最強の二人を相手にどう立ち向かうか。
俺はもしかすると、このために神宮寺を泳がせていたのかもしれないなとふと思った。
自分よりも遥かに高い壁。
己を限界まで鍛えてしまってからは久しく忘れていた。
ヌルい敵では味わえない緊張感に、思わず笑みが溢れる。
戦闘が始まると同時に、最終レベルのスローの呪文をかける。
相手がこちらを見くびってそれをやらないでくれればと思ったが、そんなに甘くはないらしく向こうもきちんと強化呪文をかけている。
「あっちの竜の女は、ワタシがやるデス」
「ワタルくん、一人で戦おうと思わないで。一匹は私達が喰い止めるから!」
俺の前にウッサーと久美子が飛び出した。
「貧乳は下がってろデス、ワタシ一人で十分デスよ」
「バカ兎も冗談はあとにしなさい。本気でやらないと死ぬわよ!」
ウッサーと久美子はギャーギャー騒いでいる。
こんなときにまったくと笑ってしまう。
その二人の後ろに、聖騎士の鎧に身を包みエクスカリバーを構えたアリアドネが控えていた。
「ご主人様、竜王のほうは妾達がひきつけます」
「竜王ヴイーヴルは、お前ら三人に任せる!」
俺と同格になったヴイーヴルをアリアドネ達が倒せるとは思わないが、時間稼ぎだけでも助かる。
早く虎王を倒して加勢してやればいい。
「グハハ、一騎打ちとは良いな。偽りの王よ、つまらぬ飛び道具はやめてこれで決着をつけようではないか」
神殺しの朱槍を構えながら、虎王ガドゥンガンはまっすぐ俺に駆けてくる。
「望むところだ!」
刹那のそのまた刹那の速度で繰り出される神槍の三段突き。
最初の二段は避けて、最後の一段は孤絶の刃で弾いた。
ガドゥンガンが乗ってる馬までもが、通り過ぎる瞬間に俺に蹴りを入れてくるのがうざい!
まるで、闘牛をやってる気分だ。
辛くもかわして、後ろから全力で斬り込むが、それも後ろに振られた槍に止められる。
この態勢で俺の斬撃を止めるとは、凄まじい膂力だ。
「ハッ、よく動く!」
「こっちのセリフだ!」
馬に乗りながら、こうも自在に槍を使えるとは。
ガドゥンガンの操る神槍と、孤絶の強度も長さもほぼ同じ程度。
「神殺しの槍、受けてみるがいい!」
「グッ……」
再び突撃を仕掛けてきたガドゥンガンの重い突きを真正面から受け止める。
刃が擦れ合い、激しい火花が散った。
「ちょこまかとよく逃げる!」
クソッ、騎馬突撃の勢いを止めきれなかった。
スピードは互角だが、黒馬の分だけ相手の突撃力は上のようだ。
ならばどうする。
相手の突撃をかわしつつ、高速で神槍と打ち合いながら考える。
先に、足を潰すか。
俺は敢えてまた前に出る。
「かかってこいよ!」
「ハハッ、打ち合いではなぁ!」
受け止め切れないのはわかっている。
だから、受けると見せかけて相手の突撃を紙一重で避ける。
いや、避けきれなかった。
神槍に脇腹を斬り裂かれたのを感じた。
だがこれも覚悟の上だ。
「久しぶりだなッ――」
――俺の身体に刃を付けた敵は!
肉を斬らせた苦痛とともに、脳内にアドレナリンが回るのを感じる。
もちろん、ただでは斬らせん。
通り過ぎざまに、俺は相手の黒馬に深々と孤絶を叩き込んでいた。
馬の悲鳴とともに、ガドゥンガンが地面に崩れ落ちた。
だが、落馬してすらガドゥンガンには隙はできず、サッとこちらに向き直る。
「何を笑う。これしきで、勝ったつもりか?」
勝ったなどと思ってはない。
馬を殺したところで、相手はアイテムの効果で俺よりもランクが上なのもわかる。
俺が身に着けている鎧、当世具足の強度でも、やはり相手の神槍の攻撃は通る。
ならば、受けるのは命がけだ。
俺は脇腹から血を流しながら、正眼に孤絶を構えた。
ここままずっと戦っていたい相手だが、まだ竜王もいるしな。
早く決着をつけてやらねば。
「次で決めてやる」
「言ったな小童が、串刺しにしてやる!」
右手に握った神槍をくるりと回すと、ガドゥンガンは再び突きかかってきた。
いいぜ、刺すなら刺せばいい。
俺は、もうその攻撃は避けなかった。
むしろ相手の槍に向かって半歩前に足を進めることで、相手の必殺の一撃をずらした。
ズブッと相手の槍が、俺の肩に通るのを感じた。
だが、浅い。
その間に孤絶の刃は、相手の無防備になった左胸にスッと突き刺さる。
致命傷だ。
「なぜだ、ワシのほうが……」
俺が、孤絶をそのままズッと振りぬく。
ガドゥンガンの命の糸を断ち斬ったと感じた。
左胸を深く斬られたガドゥンガンは、ゴボッと血反吐を吐いてそのまま絶命した。
激しいダメージに俺も片膝をつくが、すぐさま最終のヘルスポーションを飲んで血を止める。
傷が癒えても、極限に集中しすぎた頭はキーンと痛んだ。
ずっしりと身体が重いが、まだ倒れてはいられない。
疲労回復のスタミナポーションも飲んで、力を振り絞って立ち上がる。
「……そうだなガドゥンガン。お前のほうが強かった」
だがそれは、アイテムで無理やり引き上げたランクだ。
こいつら祭祀王は、千年以上生きても最終の高みに登れなかった。
自分よりも強い相手と戦う経験がなかったからだ。
短時間に最強になった俺は、まさにその経験を積み上げてここまで来た。
その小さな差が、極限の時に死活を分ける。
それだけのことだ。
「きゃぁぁああ」
後方から聞こえる久美子の悲鳴。
すでにウッサーは、倒れている。
どうやらあいつらは、城の庭の方に竜王ヴイーヴルを引き付けることに成功したようだ。
だがその代償は大きく久美子もまた、竜王の長い爪に斬り裂かれていた。
「ほほう、我の相手は雑魚かと思ったが、なかなかにやる」
「聖剣エクスカリバーの力は!」
俺も駆け寄るが、間に合わなかった。
光り輝くエクスカリバーの一撃も、片方の爪にあっけなく受け止められ。
もう片方の爪でズブリと刺し貫かれる。
いかにジェノサイド・リアリティー最強装備、聖騎士の鎧でも竜爪の攻撃から主を守りぬくことはできない。
これが、最終クラスの力なのだ。
「遅かったな真城ワタル。ようやく真打の登場か?」
「ご主人様、不覚です……」
「アリアドネ、よく時間を稼いだ。お前達はもう下がって回復しろ」
「そんな暇はやらぬぞ!」
猛虎の次は、狂竜か。
――その爪の斬撃はあまりに速い。
「ほう、さすがはジェノサイド・リアリティーの覇者。我の双爪をよくぞ受けた!」
「ふん、大した技じゃねえな」
そう言いながらも、ヒヤヒヤだったりする。
こいつ、とにかくスピードが速い。
ヴイーヴルの技は実に単純だ。
ただ両手に付いた爪を振るうだけ。
だが最終の極みに達したそのスピードはあまりにも速く、空気との摩擦熱のためか振るうたびに二の腕が燃え上がっている。
アリアドネ達が受けきれずにやられるはずだ。
生まれつき付いてる竜の爪ってのは、こうも厄介なものか。
その動きには寸分の無駄もなく、避けることもできず俺も防戦必至となる。
「ハハハッ、どうした、どうした! 受けてるだけでは我には勝てんぞ!」
「うるせえ!」
さて、どうしたもんか。相手の言うとおり、じわりと追い詰められているのは確かだ。
守るのは性に合わないが、こちらから攻めようにもあまりにも敵の竜爪のスピードが速くて手が出ない。
格闘家タイプというのは、槍使いよりも隙ができないから厄介だ。
さっきのような、肉を切らせて骨を断つ手法は通用しない。
一撃喰らわされれば、そのままニ撃、三撃とコンビネーション攻撃を喰らう。
そうなれば、もはや肉片になるまで切り刻まれて終わりだろう。
ほんの一瞬、刹那でいい。
ヴイーヴルに隙を作ることができたら、そう思った瞬間だった。
「真城くん、遅くなってごめんね」
和葉がやってきた。
いや、しかし和葉の攻撃ではこいつは……。
「なんだ、弱そうな奴だな?」
そういいながらも、ヴイーヴルは俺からすっと爪を引いた。
さすがは竜王、明らかに戦士ではない和葉を前にしても油断しない。仕切り直せただけでもありがたい。
「和葉、助かった。もう引いてくれ」
「大丈夫よ……だってこの人、もう私のお庭の中に入ってるんだもん」
ゾワッと和葉の殺気が膨れ上がったのを感じた。
それはヴイーヴルにもわかったらしく、即座に和葉を殺すために爪を伸ばす。
ガチッ――
だが、その爪は突如出現した鉄格子によって遮られた。
「バカな、我の爪が効かぬとは!?」
聖騎士の鎧すら貫いた最強の竜爪がいとも容易く止められる。
和葉の破壊不能オブジェクトの罠には、最終クラスの爪も通用しない。
必殺の爪を前にしても、罠に守られた和葉は悠然と立っている。
そのことに、ヴイーヴルは激しく動揺した。
いまだ!
ずっと狙っていたヴイーヴルの隙。
俺はその刹那を逃さず、渾身の力でヴイーヴルを斬り伏せた。
「ぐぁぁあぁあ!」
こうして、俺は……。
いや、俺達は祭祀王の二人を倒すことに成功したのだった。
次回3/19(日)、更新予定です。