157.袋のネズミ
神宮寺の下に、街壁の四方の大門を制圧完了したとの報告が入る。
報告に来たのは猫忍者だが、猫人や熊人など使い捨てだと思っている神宮寺は、その取りまとめ役のニャルがいつの間にか消えていることにすら気が付かなかった。
「よし、やりましたね!」
いつになく神宮寺の声にも熱が入っている。
これで、カーンの都は我が手に入った。
住民はどこかに行ってしまっているようだが、倉庫には食料も残っているとの話だった。
略奪する手間が省けて好都合だ。これで三十万の兵達を食わすこともできる。
カーンの都の周りには、真城達が整備した豊かな農地が広がっている。
それもそっくりいただく。
神宮寺は笑いがこらえきれなかった。
首都を占拠すれば、すなわち国を盗ったも同然。
「おっと、盗ったではなく奪い返したと言わなければなりませんね。私達は、熊人より正統な統治の権利を譲り受けたのですから」
もちろん、祭祀王を失った熊人に領地を返すつもりなどない。
神宮寺は新たな王に自分が立ってもいいかもしれないとすら思っていた。
虎人の祭祀王と、竜人の祭祀王に加えて、この神宮寺司が人族の王となり世界に君臨する。
自分の優秀さを認めなかった愚かな連中はみな滅べばいい。
このフロンティアに新しい秩序を打ち立てるのだ。
そんなことを夢想するほどに、神宮寺は勝利を確信していた。
「それにしても、城からの報告が遅いですね。御鏡くんはともかく、熊人達は何をやっているのでしょう。まさか、城の奪取に失敗したとか」
巨大な漆黒の軍馬に乗った虎人の祭祀王ガドゥンガンが急かす。
「軍師、待ってないでもう城に行けばいいのではないか?」
暴れ足りないのか、ブルルルと軍馬もいなないた。
「そうですね。この街はすでに我々が落としたのです。前の平原で我が軍に囲まれている真城ワタル達も、すぐには対応できないでしょうし、もし城を落とすのに手間取っているようなら、我々で落とせばいいですね」
「なんだ、行くのか?」
相変わらず眠そうな顔をしている竜人の祭祀王ヴイーヴルは、緊張感ゼロといった顔であくびをしながら付いて行く。
神宮寺は二人の祭祀王と少数の部隊を連れて城の前まで来ると、妙な雰囲気だなと気がついた。
そして城門の前から、真城ワタルが姿を現すのが見えた。
「真城ワタル。なぜお前が城に!」
真城ワタルだけではない。
続々と、ウッサーやアリアドネ、七海修一達も現れる。
なぜだ、今頃まだ表の戦場で戦い続けているはずのこいつらがなぜ!
※※※
突然城から現れた俺達に驚愕している神宮寺司に、俺は種明かしをしてやる。
「まあ、もう教えてやってもいいかな。城には外に通じる抜け道があったんだよ」
「そんな情報はありませんでしたよ!」
「熊人の祭祀王はよっぽど臆病者だったようだな。仕えている猫忍者にも知らせないで、万が一の時に自分だけが逃げられる抜け穴を造っていたのだから」
「だが、そのぐらいで私の計画は崩れません。私達の軍はすでにこのカーンの街を手中に収めているのですから」
「なんだ、お前らの主力がすでに敗走しているのを知らないのか?」
「なんですと、三十万の軍がいるんですよ」
「お前の頼みの軍はすでに敗走している。街壁の門を固めてるつもりかもしれないが、その周りは俺の兵が固めている。つまり、お前らはもう袋のネズミってわけだ。観念しろ神宮寺!」
ふっと後ろを見ると、九条久美子に率いられた人族の伏兵も現れていた。
それで、俺の言葉がハッタリではないと神宮寺も気がついたようだ。
空城の計がこうも上手くいくと気分がいい。
神宮寺もいい面の皮だ。街を奪取したつもりが、完全に囲まれてしまっていたのだからな。
「何をしているのです。焙烙火矢隊、早く撃ちなさい!」
神宮寺の命令に弓隊が矢を放つ。
その矢は、真城達の足元で次々に爆発した。
「爆発矢か、小癪な!」
爆発したのは黒色火薬だった。
焙烙は、原始的な手榴弾のような武器だ。
神宮寺とて、ここまで何もやってなかったわけではないようだ。
糞尿の土から硝石を採取して火薬の製造を行なっていたわけか。
よくある現代知識チートってやつだな。
だが、近代兵器を直接輸入できる俺の軍とは、あまりにも力の差がありすぎた。
焙烙火矢隊は、ライフルに次々と撃ち負けて殺られていく。
「神宮寺、悪あがきもここまでだぞ。年貢の納め時ってやつだな」
「フフフ、フハハハハハッ」
神宮寺はいきなり爆笑し始めた。
気でも狂ったのかと訝しがる俺に、引きつった笑みを浮かべて叫ぶ。
「何がおかしい!」
「真城君、こちらには祭祀王二人がまだ残ってるんですよ」
「現実が見えてるか。お前らの三十万の軍は瓦解した。もうこの街も袋のネズミで、お前ら三人しか残ってないんだぞ?」
「そうですか、では一つ忠告してあげましょう」
「なんだ……」
神宮寺のあまりの余裕。
これは、なにかあると悪い予感がした。
「祭祀王のお二方のステータスを確認することをオススメしますよ」
その言葉に、俺は携帯用の神託板で相手のステータスを確認する。
『ガドゥンガン 年齢:千三百三十六歳 職業:祭祀王 戦士ランク:最終到達者 軽業師ランク:最終到達者 僧侶ランク:最終到達者 魔術師ランク:最終到達者』
『ヴイーヴル 年齢:千二百十九歳 職業:祭祀王 戦士ランク:最終到達者 軽業師ランク:最終到達者 僧侶ランク:最終到達者 魔術師ランク:最終到達者』
年齢がめちゃくちゃ行ってるのは、前もそうだったから驚かないが。
二人とも、全ランクが最終到達者まで上がっている。
「――なんだこれ。熊人の祭祀王でも最上級師範に過ぎなかったのに」
前に当たったときは、祭祀王達の実力は明らかに俺より劣っていた。
悪くすれば上級師範、せいぜいが得意なランクが最上級師範と踏んでいたのに。
最上級師範から最終到達者には、その前段階から倍の経験値を積まなければならない。
いきなりランクがカンストしてるなんてありえない。
「真城くん、私はね。身を切るということを覚えたのですよ」
「どういうことだ?」
「お二方を最終到達者の高みまで至らせたのは、黄泉で手に入れたランクアップアイテム『邪神の腕輪』です。それだけではありません、『絶守の首飾り』『冥王の印璽』『白銀の喉笛』『墳墓の主』『ポナペ経典』。私を強化するために使っていた全てのアイテムを祭祀王の方々に捧げたのですよ」
全て黄泉特有の身体強化アイテムだ。
前に戦ったときも、妙に動きがいいと思っていたがそんなものを装備していたのか。
「お前、そんなレアアイテムまで手に入れていたのか」
「ゲーム知識があったのは君だけではないのですよ。私は万が一に備え、黄泉の攻略情報も用意してましたからね。さあ形勢逆転ですよ!」
神宮寺が自分を守るためだけにアイテムを独占していたのは知っていたが。
そんな隠し玉まで用意していたか。
そこまでは予想の範囲だったが、他人を信用しない神宮寺が身の危険を冒してまでランクアップアイテムの全てを他人に明け渡すとは思わなかった。
俺は孤絶の柄を強く握り直す。こうなれば、俺も本気で掛からなければ殺られる。
「地獄に堕ちて少しは成長したか、神宮寺」
「それはお互い様ですねぇ、真城くん。まさか孤独を愛する貴方が仲間を引き連れて戦ってる姿を見るとは思いませんでしたよ。焼きが回ったんじゃないですかぁ」
「うるせえよ」
「まったく、おかげで単独で先行する貴方を楽に潰せると思った目論見は外れましたが――」
二人の祭祀王が、饒舌にしゃべる神宮寺を遮った。
「軍師よ、もうそろそろ殺していいか?」
「我も強敵と戦わせてくれる約束で来ているのだぞ、待たせるのもいい加減にしろ」
「ええ、もちろんですとも。いかに戦争で負けようが、戦は大将を倒せればそこで終わりです。祭祀王の方々、人族の王を僭称する真城ワタルを殺して、我々に完全なる勝利を!」
そう言うと同時に、神宮寺の姿が掻き消えた。
おそらく、テレポートの巻物で戦闘地域から逃げ出したのだろう。相変わらず、狡っ辛い。
「フハハ、よかろう!」
「承知した」
神宮寺の始末は後回しだ。
全ランクがカンストした最強の祭祀王二人を何とか出来るのは、最強のサムライである俺だけだろう。
ゆっくりと向かってくる最強の猛虎と覇龍を前に、俺は孤絶を握りしめて立ち向かう。
ついに、この戦争も最終局面。
最後の戦いが始まる。
次回3/12(日)、更新予定です。