152.敵を削る
虎人と竜人、熊人の残党が寄り集まった東征連合軍の本陣は混乱に陥っていた。
連合軍の軍師を務める神宮寺司は、急増した猫忍者達の伝令網を使って報告を集めて驚く。
「ゾンビ化ですと?」
ゾンビが襲ってくるのならまだわかるが、味方がゾンビに変貌して襲い掛かってくるとの報告。
おそらく敵がゾンビキャリアを捕まえて放したのだろう。
恐怖が伝染し、兵が混乱するのも無理はない。
なにせ三十万人がロナウ川を渡河して、移動した直後だ。
大軍が渡河している最中に狙われるというのは一番あり得る心配であった。
それがためにそこまでは神宮寺達も気を張り詰めていたのだが。
国境の街ポンズを瞬く間に落として、渡河も終わり気を抜いた途端の騒ぎには意表を突かれた。
「軍師よ。ゾンビごとき、ワシがいって片付けてこようか?」
祭祀王のうちの一人である、虎人の王ガドゥンガンが重々しく言う。
強い敵以外興味がないらしく、我関せずで爪を磨いている竜人の祭祀王ヴイーヴルに比べれば、協力的なのはありがたい。
本陣で退屈しているだけかもしれないが。
ともかくも、王に不用意に出られるのは神宮寺は困ってしまう。
「いや、お待ち下さい。王様達がバラけるとマズいんですよ」
祭祀王の二人が分散すると、そこを突かれて真城達に本陣を襲われる恐れがある。
自分の身が危うくなるので、神宮寺はそれを一番心配していた。
そもそも、ゾンビ自体はさほど強いモンスターでもない。
陣の後方から起こったゾンビの群れに攻撃されると感染するという噂が広がり、行軍をかき乱しているのが問題なだけだ。
そこは神宮寺が一人で考えて、なんとかしなければならない。
二万を超える騎馬と、三十万人にも及ぶ人の群れを統率するのは並大抵のことではない。
しかし、異世界の連中は、脳筋ばかりで頼りにならない。
この大軍を作戦通り行軍させるだけでも、神宮寺は神経をすり減らしていた。
「そうだ、御鏡くんはどうです?」
「ふへへ、僕は英雄なんだぞ」
御鏡竜二は、眼をキョロキョロさせながら口から涎を垂らして独り言を呟いている。
明らかに病的な状況で、話がまったく通じない。
「役に立ちませんね……」
ゾンビスライム化した御鏡は驚異の生命力で、ほぼ不死身の身体を得たはいいのだが。
前に死にかけた時に脳が激しく損傷したせいか、御鏡は少しおかしくなってしまったのだ。
今の彼にあるのは、死にかける直前の強い願いだけだ。
憎き真城ワタルを倒し、竜胆和葉を手に入れる――それだけだった。
それさえしっかりしていれば、利用価値はあるが。
敵の本陣を襲う以外の用途でまったく使い物にならないのが口惜しい。
「ニャルさん。貴女達、猫忍者が行きなさい」
「また私らか。人間の軍師は、猫人使いが荒いニャー」
結局、こんなとき使い回せる駒は猫忍者しかいない。
真城ワタルが無用といって切り捨てた駒だが、神宮寺の方はその駒に頼りきりになるほどに人材不足であった。
「ゾンビを発生させているのは、おそらくゾンビキャリアです。感染にさえ気をつければ大した敵ではありませんから、貴女でもやれるでしょう」
「そんなに簡単なら、軍師がやればいいニャー」
神宮寺はそれを一番言われたくない。
だいたい、このゾンビ発生は陽動作戦だろう。
のこのこ神宮寺が陣から出ていっては、真城達に襲われるではないか。
「口答えしないでください!」
「はいはい、ニャー」
渋々という顔で出ていくニャル。
それを見てため息を吐く神宮寺であったが、敵がモンスターを使い出している以上これで終わりとは思えなかった。
「軍師様大変です!」
「またですか」
「ポンズの街で黒い鎧を拾って着た兵士が、狂って暴れだしたと……」
「何で貴方がたは、あんな怪しいものを不用意に着るんですか!」
こいつらは、本当にどこまでバカなのか。
黒い鎧とは、黒の騎士の呪われた鎧だとすぐ気がついた。
なぜあんなものを着るのかと聞けば、敵の街を落としたら略奪するのは普通だと言われて頭を抱える。
こいつらもうどうしようもない。
「ええいもう、絶対に怪しいものに手を触れるなと触れを出しなさい!」
これは、かなりよろしくない。
兵士が黒の騎士化してしまうと、ゾンビよりも強い敵になってしまう。猫忍者だけでは対応できまい。
「軍師様!」
「もうなんですかぁ……」
今度は、デーモンが出現したとの報告が。
しかもみんな別方向から。
結局、祭祀王を連れて神宮寺が直接叩きに行くこととなり、貴重な時間をだいぶロスしてしまった。
「落ち込むな軍師よ。直接戦わずモンスターを使うなど、小賢しいものではないか。力でねじ伏せて一気に敵の都を潰してしまえばいいだけだ」
王の力を借りることでしかモンスター出没を解決できなかったのは神宮寺の失態であるが。
パトロンである王達が気にしてないようなのはありがたい。
むしろ本陣から移動して黒の騎士などと戦えて少し溜飲が下がった様子である。
どこまでも戦闘狂な連中。
だからこそ利用価値がある。
神宮寺は、意を決して叫ぶ。
「その通りです! 王様方の力強いお言葉に感服いたしました。このまま攻めれば、必ずや世界は我々の物となるでしょう」
「世界の王にか。その日が待ち遠しい。今すぐに、敵の都に向けて騎馬特攻を仕掛けるか!」
虎人の祭祀王ガドゥンガンは、やる気になっている。
神宮寺が、自分もまたジェノサイド・リアリティーの攻略者であり。
偽りの王である真城ワタルではなく、ガドゥンガン達こそが世界の王になるべきだと焚きつけたからこうなっているのだが。
あまりに逸りすぎるのも良くない。
王は無知のままにしておいたほうが使いやすいが、現代兵器の恐ろしさを知らないので無謀になるのは困る。
「お待ち下さい。敵は機関銃や大砲などの武器を所持しております。我々の世界の武器ですが、どのような強兵ですら正面から向かえば打ち砕かれるほどの強力な爆発力を持つ飛び道具です」
「ふん、ならばどうする?」
「散兵戦術です。あえて、正面からは敵に攻撃させておく。その間に、四方、いや八方から敵の都を囲み攻め続ければ、寡兵である敵は必ずや疲弊して弱りましょう」
「焦れったいな」
単純な性格の王は、正面から戦って潰したいのだろう。
だがそれをされると、虎の子の騎馬を敵に殺られるので神宮寺はおべっかを使いながら必死に説き伏せた。
「それが作戦なのです! まずはこうして大軍でまとまってかかることが大事なのです。モンスターが襲ってくる撹乱は敵の陽動ですから、ここで動揺してはなりません。王は王道を歩むもの。敵の妨害など物ともせず、ゆっくり着実に全軍を持ってして囲み押し潰されるべきでしょう」
「王道か……わかった。軍師の言うようにしてみよう」
なんとか説得に成功した。
ここでは言わないが、神宮寺はそれでもカーンの都が落ちない可能性も考えていた。
その場合、ワタルが心配していたように、ジェノサイド・リアリティーまで一気に進軍する策も考えていたのである。
実際にこれだけの大軍を動かしてみればいろいろと不都合もあるが。
なに、こちらは三十万の数があるのだ。
モンスターに阻まれて敗走する兵士の一万や二万はどうということはない。
兵法では十倍の数があれば、容易に圧勝できるというのがセオリーである。
いかに真城達に近代兵器があるといっても数はごく少数……負ける要素は、ほぼゼロだろう。
「王よ、私の言うとおりにしていただければ絶対に勝ちますよ!」
これしきの妨害で、数によって圧倒する自分の戦略は揺るがない。
後少しの辛抱だと神宮寺は考えていた。
次回2/5(日)、更新予定です。