151.対策会議
こちらの本拠地カーンの都に、天人族から、ペガサスナイトが千騎。
兎人族からの千人の武闘家集団の援軍がやってくる一方。
ついに三十万とも言われる、熊人族、虎人バリトラ)族、竜人族の大連合軍が動き出した。
国境の街ポンズは、瞬く間に落とされた。
飲み込まれたと言ってもいい。
三十万は盛りすぎにしても、物見などの報告を総計しても二十五万以上はいる。
たかだか、二、三百人しか守る兵のいなかった街など一瞬で消し飛んでしまう。
三種族がまとまってそのまま大移動してきているのだ。
それ故に侵攻スピードは遅く、対策を練る時間はあるが……。
「それでどうする?」
「僕に意見を聞いてくれるんだね」
七海がそう言って笑う。
「当たり前だろう。軍略なんか俺の領分ではないからな」
敵が来れば出ていって潰す。
どういう策で行こうと俺自身は出撃するつもりだが、それでも二十五万の軍勢は手に余る。
そこで、カーンの城で対策会議を練っていた。
参加者は、七海にアリアドネにウッサーに久美子に、まあいつもの面子である。
「こちらの兵は、どれだけかき集めても一万を超えない程度しかないよ。大軍を前にしたらぶつかっただけで敗走しかねないから、カーンの都に全部集めて籠城戦を仕掛けるしかないと思う」
「ふうむ……アリアドネや久美子はどう思う?」
「妾も篭城が適当かと」
戦術で見るとそうなるんだな。
「正面からぶっ潰せばいいと思うデス」
ウッサーには聞いてないんだけどな。
それを聞いて笑いながら、七海が続ける。
「籠城戦の準備は整っているよ。カーンの都の壁の補強工事は済んでいる。一万の兵を養う備蓄もある。ライフル銃と軽機関銃、それに大砲を持って街に立て篭もれば少なくとも落とされることは……」
「待って」
久美子が声を上げた。
「なんだ久美子」
「篭城って確か援軍あっての作戦でしょう。守ってても勝てないじゃない」
「久美子は戦闘的だな」
俺がそう言って笑うと、久美子は口をとがらせた。
「ワタルくんだって、このままじっと城に篭っている気はないんでしょ」
「まあな」
俺自身は、すぐにでも打って出るつもりではある。
それと軍を動かすのは別だろうと思ったから、こうして聞いているだけだ。
七海が呟くように言った。
「……援軍か、瀬木くん達が後方で作っている武器の製造が間に合うと、数も揃えられるんだけどね」
「七海、そっちは数に入れるな」
確かに兵器製造は許したが、後方支援部隊の役割は補給を完了させたところで終わっている。
俺は、瀬木を危険な戦場に出す気はない。
「今は猫の手も借りたいところなんだけど」
「前方の街の軍を引いて、カーンの都に結集するまではいい。だが、カーンの都に篭るのはよくないな」
「どうして?」
「敵が異世界だけの連中なら、カーンの都に引きつけられてくれるだろう。だが相手には神宮寺がいる。カーンの都が落とせないとなったら次の手に切り替えてくる」
「次の手?」
「俺が神宮寺なら、そのまま軍を進めて後方のジェノサイド・リアリティーを落とす」
「あっ」
七海が声を上げた。
「気がついたか。そっちのほうが重要なんだよ。一応あそこも簡単には落とされないよう、エレベータを止めるなどの対処はしてあるが時間稼ぎにもならない。黛京華に守らせてはいるが、あいつは神宮寺の軍が到達した瞬間に裏切るぞ」
まあ、ほぼ百パーセント裏切るな。
一度神宮寺に殺されかけたからといって、不利な方に操を立てるような女ではない。
京華は勝ってる側の味方だ。
そんな動きをしそうなのは、あいつだけではない。
「……下手すれば、日本側まで落とされて近代兵器を運び込まれるね」
「神宮寺に協力していた連中を戻してしまっているし、俺の親父を潰しきれてないからその危険性はある。そうなった瞬間、こっちの優位性は失われる」
異世界で神宮寺達が勝ったと喧伝されれば、今はこっちに協力している兄貴だってどう動くかわかったものではない。
政治家って連中は信用がおけないのだ。
「じゃあ、危険でもここで一気に決着をつけるしかないわけか」
「どうだ行けるか?」
「知恵を絞って、できる限りの方策を打つよ。ペガサスナイトの援軍もあるからね。あれは貴重な航空戦力だから、空爆なんかもできるんじゃないかと思う」
なるほど、七海なりに敵の兵を減らす方策は考えているわけか。
近代戦術を持っているというのが、こちらの優位性だからな。
「ではご主人様、あえて敵の騎兵が優位な平原に陣を奥深く敷いて罠を張り、誘い込んで撃てばよろしいかと。カーンの都を後方におけば、それで突破された場合にも、また篭城を取る二段構えもできます」
アリアドネが現実的な策を提示してくれる。
それでいいか。
「うちの援軍も忘れて欲しくないものデスね。三十万の敵なら、一人で三百人倒せばいいだけだから余裕デス」
ウッサーが勝ち誇るように言う。
脳筋兎達は、本気で正面から戦って勝てると思ってそうだな。
「もちろん、ウッサーさん達も頼りにしているよ」
七海が苦笑している。
脳筋兎と近代戦術は相性が悪そうだが、強いことは確かなのだから使いようだろう。
ではそっちは任せていいな。
「じゃあ策はそんなところで、決まりだ。細かい割り振りは、城を守る七海に任せる。俺は決戦に向けて、少しでも敵を削ってくる」
「どうすつもりなんだい?」
「情報が漏れて敵に対策を取られる危険があったから言わなかったが、打つ手は考えてある。俺の優位性は、ジェノサイド・リアリティーを手中に収めているところにあるからな」
だから、神宮寺にそこを狙われると困るということがある。
ダンジョンは貴重は資源なのだ。
「あっ、待ってよワタルくん。行くんなら私も!」
王の間の大門を開いて出て行こうとした俺を、久美子が追ってくる。
付いてきたいならついてきてもいいと……。
「ん……和葉か」
「うん」
ちょっと驚く。
扉の向こうで、竜胆和葉が待っていたのだ。
「居るんなら作戦会議に出ればよかったのに」
多少は話すようになったと思っていたのだが。
やはり、七海と話したくないのか。
「私は真城くんの『家』を守るだけだから、それ以外言うことはないもん」
「そ、そうか……」
微笑んでるだけなのだが、その笑顔には俺が気圧されるほどの何かがある。
和葉は、『庭園』で異常な成長を遂げたおかげでアリアドネやウッサーと同等レベルの力と、罠を張る能力を兼ね備えている。
和葉がテリトリーを張っていれば、少なくともこの城は落ちそうにない。
頼もしいんだかなんなんだか。
後ろから追ってきた久美子が、俺の腕を掴んで言う。
「巣を張った竜胆さんだけは、相手にしたくないものね」
勝ち気な久美子がそう言って負けを認めるだけの……なんなんだろうな。
誰が押しても動きそうにないぐらいの腰の据わりか。
「それじゃあ真城くん、いってらっしゃい。御飯作って待ってるから、お夕飯までには帰ってきてね」
「おう、じゃあちょっと出かけてくる」
いざ出陣ってところなんだけど、和葉にこう言われるとなんだか肩の力が抜ける。
それはまあ、そう悪い感じでもなかった。
次回1/29(日)、更新予定です。