149.祭祀王ヘリオス
謎の騎士隊に囲まれたアリアドネの私邸。
もしやよそ者の俺に反発する貴族が攻めてきたのか、それならば返り討ちにしてやろうと外に出てみたのだが。
俺は驚かされることになる。
騎士隊の先頭にいたのは、アリアドネの父親。
シルフィード族の祭祀王ヘリオス・ロージャ・ミノアその人であった。
「まさか、祭祀王自らお出ましとは……」
基本的にこの世界の祭祀王は、万年単位で生きている生き字引が多く。
その分だけランクも上がっている強敵が多い。
ヘリオスとも一度殺り合ってみたいと思っていたから好都合だ。
「ま、待て! なぜ抜刀して近づいてくる真城王!」
「なんだ。娘が欲しいならワシを倒してからいけとかじゃないのか?」
望むところだぞ。
王同士決着をつけようぜ。
「ち、違う! どこをどうしたらそういう解釈になるのだ! 私は結婚を認めるといっただろう。アリアドネ嫁入りの祝儀だ。祝儀を持ってきたのだ!」
そう言われれば、金銀を満載した荷台もある。
なんだつまらん。一気に頂上決戦じゃないのか。
「しかし、早朝に見知らぬ部隊に屋敷を囲まれれば、討ち入りだと思うだろ?」
「祝いを送るのに、あまり目立ちたくなかったのだ」
「なるほど、このペガサスナイトの騎士隊はなんだ?」
「私直属の聖白銀騎士団だ。五百騎ほどの些少で済まないが、娘の聖白翔騎士団と合わせれば千騎となる。それだけの数があれば、一部隊としては機能するだろう」
ほう、援軍を出さないと言いながらちゃんと出してくれるのか。
「ありがたいことだな。礼を言おう祭祀王ヘリオス」
しかも、男性騎士であることがありがたい。
少女騎士だけでは、戦争に使いづらいからな。
「しかし、いきなり抜刀とは人族というのはそれほど喧嘩っ早いのか?」
「いや、俺が特別かもしれんが……襲われる段になって、刀を抜いてなければ遅いではないか」
「そういうものか。外の世界と交流しなくなって久しいから」
「お前らもそうだ、聖白銀騎士団とやらよ。王直属の部隊なら、王に刀を向けられて抜剣もせずにどうする?」
戦争として使うには、常在戦場の心構えが足りないな。
王の近くに居た若い騎士がボソッと言う。
「まだ王の間合いに入ってなかったから抜剣しなかっただけだ」
「そうか」
俺は、すっと孤絶の刃を騎士の喉元まで持っていく。
やはり反応すらできなかった。
「グッ……」
「だから遅いと言ってるんだ」
王の近習がこれではな。
刀を下げると、ぐわっと気が盛り上がった。聖白銀騎士団が戦闘態勢に入ったのだ。
他の若い騎士が叫ぶ。
「何のつもりだ。人族の王!」
「まず力を見てみたいな。誰か、俺と戦ってみる骨のある奴はいないか?」
「ならば私が……グアッ!」
俺は、返す刀でそう言った若い騎士を吹き飛ばした。
もちろん、逆刃で当てたので斬れはしない。この程度は、斬る価値もない。
「不意打ちとは卑怯ではないか!」
「戦場でいちいち準備が整うのを敵は待ってくれない。これぐらいのスピードに反応できないなら、最初から抜剣しておけ」
「待て、真城王。私が相手をしよう!」
口元に髭を蓄えた年配の騎士が出てきた。
すでに抜剣している。注意深く、孤絶の間合いには入ってこない。
「ほう、少しはできるようだな」
「聖白銀騎士団団長のイェルハルドだ。いかにジェノサイド・リアリティーの覇王が相手とはいえ、こちらも王の手前、負けっぱなしというわけにはいかぬ。ペガサスナイトには、ペガサスナイトの戦いというものがあるのだ。見たいとおっしゃるならば、お見せしよう!」
「能書きはいい、さっさと見せてみろ」
「ならば!」
トンッと、ペガサスが足を踏み鳴らすと一気に空へと駆け上がった。
どこまで飛ぶのかと見ていると、クルッとUターンして風を切ってこちらに突っ込んでくる。
「なるほど、思ったより機動が速い」
「人馬一体の技、受けてみよ!」
ペガサスとそれを操る人間の動きが一体となって、俺に襲いかかってきた。
「見事だな、だが!」
俺とイェルハルドの攻撃が交差する。
「ぐぁ!」
落馬して地面に転がったのはイェルハルドであった。
真剣勝負でないため、逆刃で腹を撃って落とすだけに留めておく。
「イェルハルド、見せてもらった。それなりの力量ありとは認めよう」
「グッ、私の剣が……」
あのスピードで落馬して強かに身体を打ち付けても、すぐに起き上がって構えるところもなかなか見所があるが。
手に持った剣は中程から折れていた。
孤絶と当たったら、なまじの剣は折れてしまうのだ。
「剣まで潰したのは済まなかったな。人馬一体と言ったが、まさにそのような化け物レベルを相手するための刀がこの孤絶なんだ」
「……私の負けですな。人族の覇王の力、見せて頂きました」
イェルハルドは、素直に負けを認めて、頭を垂れた。
驕り高ぶった天人族でも、潔い騎士もいるようだ。
「真城王。あまり騒ぎにはしたくないので、その程度で刃を抑えてもらえぬか」
「ふん、失礼した」
俺が刀を鞘に収めると。
ようやく安心したようにホッと息をつくと、祭祀王ヘリオスは話し始めた。
「真城王。そなたは異世界より来たと聞いたが、この世界を見てどう思われる?」
「それは、また妙な質問だな。そんなこと、考えてもみなかったが」
「考えておらんのか……酷い世界だとは思わんのか?」
「文明レベル的には遅れているようには思えるが、そんなに気にもならんけどな」
まあ、平気で負けた種族を農奴や奴隷に落としたりするのはどうかと思うぐらいか。
種族の違いで殺し合いばかりやってるのも、あんまり良くはないのだろう。
でも、俺はそんなのやりたきゃ好きにやればいいと思う。
戦を止めろなどと、常に戦いを求めている俺が言うことではない。
「我らシルフィード族は、この世界を汚泥に満ちた世だと思っている。だから外界の汚れを嫌って天空城に閉じこもってしまっているのだ。我らは、空を飛翔するペガサスと高い魔法技術を持っている。万年の長きに渡り、我が種族は天空城の守りを固めるだけで外界の有様を見下して無視してきた」
似ている奴を知っている。
「まるで、この世界の神のようだな」
「耳が痛いが、その通りなのだろう。我々は創聖神様に近づいた種族なのだと驕ってきた」
「まあ、間違いでもないんじゃないか。剣の腕が鈍ってるのは問題だが」
「その創聖神様から、変革を求めるお告げがあったのだ。余は、ずっと閉じこもってきたことは間違いだったのではないかと以前から考えていたのだよ。真城王の祖国の繁栄ぶりを見せられて、それが確信に変わった」
「わかってるなら、なんで外と関わろうとしない?」
「真城王の若さは……この老人から見れば、小気味良いほどだが、一万年もの長きに渡って染み付いた古い根性はそうは直らんのだ。祭祀王である余が一人で変えたいと思っても、ここまで驕り高ぶり、傲慢になってしまった民情は今さら変えられん。それを無理にやろうとすれば、余が倒されて新しい祭祀王が立てられるだけだ」
「そういうものか」
悠長な話だな。
エルフは長寿だと聞くが、シルフィード族もそんなものなのだろう。
あの味の薄い料理を食べて、スポーツドリンクばっかり飲んでたらそうなるのかね。
「ハハ、それで真城王はさっさと納得してしまうから、話していて張り合いがない。内に凝り固まって、そのまま滅び行く種族などどうでもいいかね?」
「俺は好きなようにやればいいと思うんだけだ。シルフィード族が関わりたくないのなら、閉じこもっていればいい」
「言われる通りであるな。我が種族の問題は、我が種族で解決せねばならん。アリアドネは、元より外界へと出すつもりだった娘だ。なるべく偏見を持たぬよう、他種族を見下さないように育てたつもりだったのだが……」
祭祀王ヘリオスはそう言って、俺に続いて屋敷から出てきたアリアドネを眺めて苦笑する。
「……ちょっと育て方を間違えてしまったようだ」
アリアドネがおかしいのは、親父のせいだったのか。
傲慢な種族の姫から偏見を取り除こうとしてまではわかるが、どうしてこんな風に育つのか。
「お父様、ありがとうございます!」
父親から酷いことを言われているのに、なぜかお礼を言うアリアドネ。
援軍を寄越してくれたことに大してのお礼だよな?
祭祀王ヘリオスは、俺に向かって深々と頭を下げた。
「真城王、不出来な娘だがくれぐれもよろしくお願いする。真城王のところに嫁いだのは、収まるべきところに収まったと思っておる。そちらに我らの子孫が残れば、自閉して滅び行くだけのシルフィード族にとって希望となるやもしれぬ」
「お父様そのことなのですが実は妾は、モゴモゴ……」
アリアドネが余計なことをいいそうだったので、慌てて口を封じる。
だから、大人しくしてろ。
「……んんっ!」
「ああ、任せておいてくれ。ヘリオス王!」
アリアドネに口を利かないほうが、話が丸く済むと俺は今回で学習した。
ともかくこうして、俺は自軍にペガサスナイト千騎を引き込むことになった。
もらった金も、使い道はあるだろう。
剣の腕はいまいちな、ペガサスナイトが実戦でどこまで使えるかはわからんが、空中戦力を手に入れられるのは戦術上大きいとも言える。
次回1/15(日)、更新予定です。