148.聖白翔騎士団
アリアドネの広大な私邸の前に集められた聖白翔騎士団五百騎。
白翔の名の通り、全員がペガサスナイトであった。
さすがは、シルフィード族の騎士団というわけか。
空を飛べるペガサスならば五百騎でも使い物にはなる。
鎧を付けたフル装備の騎士は単体では戦えないので、従士やペガサスの世話係までかき集めてみれば千五百人にも及ぶ。
こうしてみれば結構な軍隊だった。
「いかがですか。これだけいれば、戦力にはなるでしょう」
それは分かる。分かるのだが……。
「なあ、なんで全員女性騎士なんだ。もしかして、ペガサスは女性しか乗れないとかなのか?」
女性というか、ほとんどアリアドネと同い年かそれ以下の少女で構成されている。
「いえ、ペガサスは男性でも乗れます」
「じゃあなんだ。お前の趣味かなのかアリアドネ?」
アリアドネは、ちょっとおかしいからな。
その可能性もありえる。
「王女である妾に仕えておるのですから、全員女であるのは当たり前でしょう」
「そういうものなのか?」
「はい、そういうものなのです。こやつらは、戦災孤児から私のために拾い上げられて騎士として育てられた忠臣ばかりですので妾の命に逆らう心配はありません」
「なんか俺を睨んでるんだが、本当にそうなのか?」
白い鎧を付けたいかにも高潔そうな女騎士達は、何も言わなくてもありありと分かるレベルで不服そうに顔を強ばらせている。
これが男性騎士であれば、不満をぶちまけてきたところをビシッと叩き落として力の差を見せつけてやればいいかと思っていたが、少女騎士相手にはやりにくい。
「特にご主人様には、絶対服従するように申し付けておきました。さあ、メス豚どもにビシッと鞭を入れてやってください!」
お前なんでそんなにウッキウキなんだよ。
たまにアリアドネが怖い時がある。
まだ子供っぽい少女もいるのに、まさかこいつらを打ちのめせというのか?
一体俺に何をさせたいんだよ。
本当にやりにくくて仕方がないが、ここをアリアドネに任せると余計に酷くなるというのはこれまでのことでわかっている。
もう俺がやるしかないんだが……。
こいつらには、なんて言ってやればいいのやら。
ええい。
「あー、アリアドネ麾下の聖白翔騎士団とやら。お前らは、これから俺に従って戦ってもらうこととなったわけだが……」
俺が協力しろと言う機先を制して、眼の前の銀髪の女騎士が手を挙げる。
「あの、質問よろしいですか?」
「なんだ」
「真城王陛下は、アリアドネ姫様とご結婚されたと聞きましたが、本当なんですか?」
「うーん、それなんだが」
誇り高いシルフィード族の王族と、人族である俺が結婚したってやっぱ反感あるよなあ。
どう言えばいいか迷ってると、アリアドネが前に出て質問に答える。
「アーリャ。結婚ではありませんよ。いと高き真城王陛下にはすでに奥様方がいらっしゃいますし、妾はあくまで卑しい端女として、傅かせていただいた、です。間違えないように!」
「な、なんですって!」
銀髪の女騎士アーリャは、驚愕に青いの瞳を丸くして俺を見る。
こっち睨むなよ。
あまりのことに、女騎士達がざわめく。
ざわめくどころか肩を震わせて嗚咽を漏らしたり、こらえ切れずその場で卒倒して座り込む少女騎士もいる。
今の発言、そんなにショックだったのか。
俺はいい加減アリアドネのおかしな言動には慣れてきたのだが、こいつらは免疫がなかったらしい。
どうやら副団長格らしい比較的年長者の銀髪のアーリャとやらが、もう一度プルプルと震える手を挙げる。
「し、質問を……」
「なんだ」
「ひっ……姫様を端女とは、あまりにも、あまりです」
「おい、泣くな。何の質問なんだよ」
「ううっ、高貴なるアリアドネ姫様が、なんで人族の端女に……」
怒り狂って斬りかかってくるぐらいは覚悟していたが、まさか大の大人に泣かれるとは思わなかった。
年長者のアーリャが泣いてしまったことで、しくしくとみんな泣き始める。
なんだこのやりにくさ!
「ちょっと待て、お前ら勘違いするなよ。端女とかは、アリアドネが勝手に言ってることで」
「妾が端女なのですよ! 先程から真城王様のお言葉を遮って、なんですアーリャ! 真城様の端女である妾に仕えるお前らなど真城様の端女以下、奴隷としてお仕えできてても身に余るほどの光栄なのですよ」
「ちょっとアリアドネ。話がややっこしくなるから、黙っててくれるか?」
「はい、申し訳ございません。アーリャがあまりにも生意気なので、口が過ぎました」
ほんと、お前ここにきてから口が過ぎすぎてるよな。
絶対少女騎士どもを責めて喜んでるだろ。
「あのなアリアドネ、俺は単に戦力を増やしたいだけで、こいつらを奴隷にまでする必要はないんだよ」
「しかし、ご主人様。上下関係は最初にはっきりさせておかないといけません。そうだ、こやつらに真城様の足の裏でも舐めさせますか?」
やばい、アリアドネ。俺の言うこと聞いてないわ。
「いいからまず落ち着け」
「まず妾がやっておけば、みんなも納得するかと愚考いたしました。失礼いたします」
自分で言って興奮してきたらしいアリアドネが、俺のブーツを脱がそうとしてくる。
冗談じゃない。こいつは、放っといたらマジで俺の足を舐める。
「おい、気持ち悪いことは止め――」
俺が静止の声を上げるまえに、騎士団のほうから「「「ぎゃぁぁああ!」」」と一斉に悲鳴が上がった。
「もうやめてください姫様! それはあまりにもいたわしい。足ならば、私が舐めます!」
「いえアーリャ様、代わりにわたくしが!」
「いえいえ、私に舐めさせてくださいませ!」
わーと駆け寄ってきて、泣き濡れている女騎士達は俺の前にすがりついた。
「さすがはご主人様、お見事です! みんな、このとおり真城様のご威光を受け、自ずからひれ伏しました!」
「何がだよ!」
もう無茶苦茶だよ。
ウッサーのとこより楽だと思ったら、こっちのほうが精神的に疲れるな。
ともかくこうして、アリアドネ麾下の聖白翔騎士団は俺の配下となった。
その日はアリアドネが資産を金貨に変える都合もあって、私邸にそのまま泊まることとなった。
天空城の食事は、肉あり野菜ありでそれなりのものだが、少し味付けがさっぱりしすぎて薄かったように思う。
上品といえば上品なのか?
あとどうやって作るのか。
シルフィード族が飲んでいる天水はスポーツドリンクのような味で、これは少し面白かった。
不足しがちな塩分を飲み物で補っているのだろうかとも思える。
それで、風呂にも入れと言われたのだが、これは先んじて注意しておかないといけないな。
「アリアドネ、風呂場に女騎士を遣わしたりはするなよ」
「あれ、さすがはご主人様です。お分かりになりましたか」
前にもそのパターンあったから、嫌でも警戒する。
風呂に入ると、途端にがらっと戸が開いたので、誰かと思ったらアリアドネだった。
「おい」
「妾だけならいいということですよね。お背中をお流しします」
そういうことじゃないんだがと思ったが、もうアリアドネだけならうるさく言わずともいいか。
「まあいい、じゃあ頼む」
「喜んでお世話させていただきます」
今日は暴れほうだい暴れてくれたが、俺の背中を洗っていちおう満足したのか。
その後は、大人しく一緒に風呂に入って寝た。
黙っていれば美姫で通るだろうに、アリアドネにも困ったものだが。
久しぶりの里帰りで、はしゃいでいたのかもしれないな。
※※※
翌朝まだ日も明けきらぬうちに、アリアドネの私邸の外が騒がしいことに気がつく。
カーテンの外を見ると、ペガサスの騎士隊が屋敷を囲んでいる。男性騎士が多いのが目に付く。
「おい。アリアドネ。あれはお前の騎士隊ではないよな?」
「はい。妾の麾下は全員女性ですので、祭祀王直属の聖白銀騎士団の馬印が見えますが……」
ふむ、面白い。
俺がアリアドネを手中に収めたことに、反発する貴族が攻めてきたのかもしれない。
ここに来てからアリアドネばっかりが遊んで、俺は暴れ足りないから。
そうだったらいいなと思いつつ、俺は堂々と表の扉から屋敷の外へ出てみることにした。
新年あけましておめでとうございます!
今年も引き続きよろしくお願いします。
次回1/8(日)、更新予定です。