147.天空の要塞
次の日の早朝。
俺とウッサーは宿舎を出る。
「旦那様。朝ご飯はどうしますデス?」
「そんなの後だ。もうさっさと、ジェノサイド・リアリティーに戻るぞ」
宿舎を出ると、ウッサーの父親のアデライードが待っていた。
「おや、無事に済んだようですな」
何がとは言わないが、初夜のあとだからそういうことを聞いているのだろう。
俺は恥ずかしくて、アデライードの顔がまともに見れない。
「ハイデス!」
ウッサーが嬉しそうに、ツヤツヤした顔で言いやがる。
父親が待ってるとか、気まずくないのかよ。
「ささやかながら朝飯も用意してありますから、良かったら食べていってください」
「いいデスか。旦那様?」
好意は受けないわけにはいかない。
「……いただいていこう」
「やったデス!」
微妙な空気のなかで、朝食。
温かいミルクを飲み、羊の肉が平たいパンに挟んでるサンドイッチのようなものを食べる。
「早く孫の顔が見たいものですな」
「ブッ……」
肉詰めのパンを噴き出しそうになった。
もうこうなると、味などわからん。
さっさと食うだけ食って、ようやく旅立つことができた。
旅立ちに際して、真面目な顔になるとアデライードさんは言う。
「ではこれより、我々も武装を整えて婿殿の国に救援に向かいましょう」
そうだな、そのために俺はきたのだ。
「アデライードさん。よろしく頼む」
「先に言って待ってるデス!」
さて、これで頼もしい援軍が手に入った。
相当に気疲れしたが、今度はアリアドネの実家に行かなければならない。
※※※
天空城。
あるいは、天空要塞などと呼ばれている巨大な城の入り口に俺はアリアドネと降り立っていた。
ふと門の後ろを見ると断崖絶壁である。
天空城と言っても空に浮いているわけではない。
切り立った崖の高台の上に、バビロンの空中庭園のような巨大な要塞を建てている。
シルフィード族は、この巨大な城を中心にして北方の半島を支配している。
「見事な城だな、アリアドネ」
「ご主人様の故郷にあったビルという建物の方が凄いではありませんか」
そう言われればそうか。
しかし、この天空城もどうやって建てたんだという感じだぞ。
崖の下から天空城へ入る方法は存在せず、空を飛べない者が入ろうとすればロッククライミングよろしく切り立った崖を登るしか無い。
もちろん壁の上には兵士が見張っているし、辺りを定期的にペガサスに乗った騎士が巡回しているので、城に侵入することはほぼ不可能であろう。
シルフィード族は国を閉ざしていて交流もないというので、余計であった。
彼女ら天人が使う風魔法か、ペガサスのような空を飛べる魔獣、あるいは今俺たちが使っている転移魔法を使わなければ入れない堅固な城。
門の奥から「何者か!」と誰何の声。
「アリアドネ・ロージャ・ミノアである。ただいまジェノサイド・リアリティーより帰参した!」
「ま、まさかアリアドネ姫様。ちょっとお待ちを」
リールが巻き上がる音が聞こえて、石造りの大きな門がガリガリと音を立てて上がっていく。
「こんな城に篭っている偏屈な種族が、援軍を出してくれるとも思えないのだがな」
「何事もやってみなければわかりません。シルフィード族は気難しい種族ではありますが、理がわからぬほどバカでもありません。偉大なるご主人様のご威光があれば、何かしらの条件は引き出せるのではないかとは思っております」
「そうか……」
アリアドネの俺に対する評価が高すぎて若干引くときがあるんだが、まあやってみる価値はあるだろうな。
「妾も、どちらにしろ一度は戻らねばと思っておりましたから」
「別にこのまま里帰りしてもいいんだぞ。アリアドネは、ここのお姫様なんだろ?」
「妾はもはや、ご主人様の下を離れるつもりはございません。妾はご主人様に仕える卑しき端女ですから。あっ、ですがここでは……」
「わかっている。そもそも俺は、お前を端女にしたつもりは毛頭ない」
事情があったとはいえ、シルフィード族の王族であるアリアドネを仕えさせているなどと知れたら、その瞬間に交渉決裂だ。
上がっていく門を緊張した面持ちで見つめると、アリアドネは俺の手を握った。
なんで恋人つなぎなんだよ!
……まあいいか、アリアドネにも考えがあるのだろう。
ここは、俺のわからない土地だからアリアドネに任せるしかない。
シルフィード族の兵士が、俺を見て目を剥いた。
「下賎な人間が天空城に……」
アリアドネがそこですかさず一喝する。
「この方を誰だと心得るか! 世界を救ったジェノサイド・リアリティーの覇者真城ワタル様だぞ! この御人はすでに人族の王でもあられる。無礼を働けば外交問題だぞ! 頭を下げぬか、痴れ者!」
「ハッ、ハハー!」
兵士達は、たまらず屈服した。
俺も唖然とする。
高慢ちきな種族のところにいくと、俺が侮蔑されるってのはパターンなのでそれなりに覚悟していたんだが、アリアドネのほうが百倍強烈だ。
さすがリアル姫君だな。普通の兵士などが勝てるわけがない。
アリアドネは、俺の手を握りしめて引っ張っていくと出会い頭に俺を罵倒してこようとする連中に、息をつく間もなく「痴れ者め!」とかましていく。
王族にこれをやられれば、そこらの市民はどうしようもなく平伏するしか無い。
先手必勝はわかるのだが、あまりにやりすぎではないか。
アリアドネが調子に乗りすぎてやらかさないか心配になってくる。
ここでヘタを打つと、シルフィード族が敵に回る可能性だってあるんじゃないか。
アリアドネの帰還が俺達よりも早く城に伝わったのか、城の奥にある王の間までそのまま無事に通された。
さて、ここからだな。
この重苦しい雰囲気は、ウッサーのときと一緒の感じだ。
中央の玉座にいるのが、祭祀王であるアリアドネの父親なのだろう。
アリアドネの父親だけあって金髪碧眼の大層な美形である。
緋色の衣に身を包んだ王族らしい威厳のある振る舞い。
正確にはエルフじゃないんだろうが耳も長いし、ファンタジーによくいるエルフにしか見えない。
周りには、偏屈そうな廷臣がたくさんいる。
シルフィード族の大臣か貴族あたりだろう。明らかに俺に対して敵対的な視線を向けている。
よっぽどよそ者が嫌いなようだ。
「よくぞ戻ったアリアドネ。そちらは、ジェノサイド・リアリティーの覇者である真城ワタル殿だな。話は聞いている、娘を助けてくれたそうだな」
アリアドネが暴れまわったせいで、すでに祭祀王まで話が届いていたようだ。
「お父様、覇者ではありません。真城ワタル様は、すでに一国の覇王であられます!」
おい、アリアドネ。煽りすぎだ。
父親も引いてるだろう。
「で、では余もシルフィード族の祭祀王として相応の応対しようぞ。真城王、ヘリオス・ロージャ・ミノアである。我がシルフィード族は他種族の侵入を認めていないので歓迎するというわけにはいかないが、我が娘と世界を救ってくれたことには心よりの感謝を……」
「お父様!」
「アリアドネ、余は王と呼べといった」
「ではヘリオス王陛下。今この大陸には、新たなる危機が訪れています。東の蛮族であるバリトラ族とドラゴオン族が結託し、西征を仕掛けて来ているのです」
「ふうむ」
「バグベアード族を下し、西に人族の国を作った真城王はこれに対抗しようとしております。なにとぞ、我がシルフィード族からも援軍をお出しください」
「シルフィード族が中立を保ってきたのはアリアドネも知っていよう。なぜ、外界の諸族の争いにシルフィード族が関与せねばならない」
「それは、シルフィード族の未来を考えてのこと。これを御覧ください」
アリアドネは俺の手を放すと、懐から板のようなものを取り出した。
……っておい、それ異世界のアイテムじゃなくてタブレットPCじゃねえか。
「なんだこれは、絵が動く?」
「動画というものです」
「ふむ、これはなかなかの魔道具だな!」
「いえ魔法ではございません。これは、真城様の世界にある科学の産物」
「魔法ではないのか?」
「科学、電気……雷の力を蓄電して道具を動かしておるのです」
「雷の力で魔道具を、信じられんな……」
俺も信じられん。
アリアドネは、いつの間にタブレットPCを使いこなせるようになってるんだ。
なんか七海達とごちゃごちゃやってたと思ったら、もう自在に動画を見せられるところまで学んだのか。
異世界の人間といえどバカにはできないな。もともと地頭の良いやつだと、すぐここまでいくのか。
「妾は、真城ワタル様の世界をこの目で見ました。御覧ください、立ち並ぶ綺羅びやかなビル群。この石造の建物は、ひとつひとつが天空城に匹敵するだけの高さを持っております」
「そんなバカな!」
「この科学により発達した異世界にある国は日本と言うそうですが、この国の人口は一億三千万人」
「い、一億だと! 桁の間違いではないのか!?」
アリアドネは、次々に動画を上げて見せる。
自動車、飛行機、近代兵器にいたるまで……。
「この動画の通りです。高度な科学により、日本国の隅々まで、鋼鉄の馬車が地を走り、ドラゴンのごとき鋼鉄の竜が人を乗せて空を飛んでおるのです。製造と流通の発達により、市場には物資が溢れ、ただの庶民でも我々王族のごとき暮らしをしている。真城様は、この輝ける国の王子なのですよ」
「なんと……」
いや、だから俺が王子って設定やめろよ。
恥ずかしくなってくる。
「魔法は一部のものしか使えませんが、科学は万人が恩恵にあやかれます。この科学の力を背景に、真城様はこの大陸に覇権を広げているのです」
「バグベアード族が容易く破れたのは、それが原因だったか!」
俺が単に力ずくで祭祀王を殺ったら、敵が敗走しただけなんだけど。
ほんと、アリアドネは話を盛る。
まあ外交というのはハッタリ勝負だろうから、そこはいいけどさ。
「お分かりですか。真城ワタル様の出現で、世界は大きく変わりつつあります。そこは祭祀王であるお父様も何か神に言われているのではないのですか?」
「……神よりのお告げはあった。真城ワタルこそが、この停滞した世界を新しく生まれ変わらせるものだと」
「そうでしょうとも。これは神意なのです! 東の蛮族の脅威はありますが、妾は援軍を出してくださいとお願いしているのではないのです。出させてやろうと言ってるのです!」
「ぬうっ」
俺も「ぬうっ」だよ。
アリアドネ、そこまで言うか。
「今のうちに我らの側についておかなければ、シルフィード族はいずれ時代に取り残されて滅びます」
「アリアドネ、お前とてシルフィード族の王族であろう……」
「妾は、真城王陛下のところに嫁入りいたします」
「なんだと!? お前はそんな勝手なことができる身分ではないだろう……」
慌てるヘリオス王に、ダメ押しとばかりにアリアドネは叩き込んだ。
「妾は真城様にこの命を救っていただきましたが……今は、それ以上の大恩を受けてもう離れられなくなりました」
「それは、祖国を離反してもということか」
アリアドネは決然と頷き、聞き返す。
「私は真城様と共に歩む道を選んだのです。お父様は……いえ、ヘリオス祭祀王陛下は、いかがなさるのですか?」
そう言うと、アリアドネは俺の下に戻ってきた。
嫁入りっていつ決まったんだよ。
そう思ってたら、俺の耳元に頬を寄せて「失礼して、申し訳ありません」とつぶやいた。
まあいいけどさ。
アリアドネの父親、祭祀王ヘリオスは悩ましげに辺りを見回す。
廷臣達は、俺に更に強く敵対的な目を向けている。
大きな声は上げないものの「姫が人族と結婚だと」「バカな許されるわけがない」なんてつぶやきが聞こえてくる。
ウッサーの時みたいに、誰かかかってこないかなと見回してみたのだが目をそらす。
「ふん、つまらん」
突っかかってくるような単細胞はいないようだ。
文句があれば、勝負すればいいのにな。
脳筋のラビッタラビット族のほうがよっぽど面白かった。
力任せの勝負なら、俺の得意分野だから力を見せてやるだけで済むのだが。
悩み抜いたらしい祭祀王ヘリオスは俺を睨んだ。
「真城王……いや、真城ワタル。一人の父親として聞くが、アリアドネを妻に娶ると言ったな」
「ああ、そうだ」
俺は娶るなんて言ってないんだが、話の流れ上そうなってしまったからな。
しかし、父親の顔をして言われると話しにくい。
さっと視線をそらすが、なんでアリアドネはこんな時だけ出番ですみたいな顔をしてるんだよ。
「アリアドネをジェノサイド・リアリティー討伐に送り出した時から死んだものと思っていた。だからこんなことを聞く権利はないのかもしれんが、娘のことをどう思っている?」
俺はちょっと考える。
嘘をついたらバレるかもしれないな。
「仲間だと思ってるよ」
結局、当たり障りないことを言ってしまう。
「仲間か、それはどのような」
そこ、突っ込んでくるんだな。
まあ父親なら当然か。
「アリアドネにはいろいろと助けてもらっている。今はもう、いなくなっては困る存在だな」
俺が正直に答えると、ヘリオス王は口元を少し緩めた。
そうかと納得したようにひとりごちて、結論を出した。
「真城王には悪いが、シルフィード族は外界とは関わらぬ。援軍は出せぬ……」
そうか。
ならばもう用はない。アリアドネだけもらっていこう。
「お父様!」
抗議の声をあげるアリアドネを手で制して、祭祀王ヘリオスは続ける。
「アリアドネ、真城王への嫁入りを正式に許そう」
そこで、周りから「なっ!」と驚きの声が上がるが、それは視線で制して王は言葉を続ける。
「……だが! 他国への王に嫁入りするのであるから、アリアドネの王位継承権は剥奪する。ロージャの称号を外し、アリアドネ・ミノアと名乗るが良い」
「お父様、結婚のお許しありがとうございます。妾は……もう、アリアドネ・シンジョウですわ」
アリアドネは悠然とお辞儀すると、俺の手を引いて颯爽と王の間より退出した。
※※※
「アリアドネ、お前な……」
「申し訳ありません。嫁などと本当に大それたことを申しました。あの場では、しょうがなかったのです。伏してお詫び申し上げます!」
「いや、そのことじゃなくて」
「どうか妾に罰を、罰をお与えください……」
別室に下がった途端に、アリアドネは俺の足元にすがりついてくる。
兵士がビビってるから傅くのはやめろ。
そうじゃなくて、俺に談判させるんじゃなかったのかと聞きたかったのだが。
ほとんど父親と娘で話してただけだったじゃないか。
「まあいいけどさ」
どうせ外交の交渉とかは、俺が上手くできるとも思えないしな。
向こうが兵を出す気がないならそれはそれでいい。元よりあてになどしていない。
「ええ、よかったのです。国としての援軍はかないませんでしたが、ご主人様のご威光のおかげでお父様より譲歩は引き出せました」
「譲歩?」
「シルフィード族は合議制に近い体制です。お父様が祭祀王を務めているといっても、絶対権力者ではありません。他の主だった貴族の反発を無視できないので援軍は出せないが、できる限りの配慮はしてくださったのだと思います」
「配慮って、お前を俺のところに嫁入りさせるということか?」
「ええ、その通りです。王位継承権は剥奪されましたが、ミノア家の名を残したまま嫁がせるのですから、妾の持っていた資産や騎士団はそのままです。それは、全てご主人様のものとなります」
「お前、騎士団なんて持ってたのか?」
「それは妾も王族ですから、私邸と配下の兵ぐらいは持っております。あまり時間をかけていると他の貴族から横槍が入る可能性もありますので、さっさと持っていけるように資産の処分を急がせましょう」
それもあって、今日はアリアドネの私邸に泊まりとなりそうだ。
ふーんと聞いていると、アリアドネがとんでも無いことを言い出した。
「さあ、ではいよいよご主人様の出番です。妾の騎士団五百騎に、ビシッと鞭をいれて奴隷にしてやってください」
「はぁ?」
いや、そんな跪いたまま期待の目で見上げられても困る。
また奴隷とか言ってるのか、この世界の倫理観どうなってんだよ。
アリアドネにやらすとどこまでも無茶をやろうとするから、俺が手綱を引かないといけないようだ。
「じゃあ、さっさと立って案内しろ」
「はい! こちらです!」
俺が命じてやると、アリアドネは嬉しそうに駈け出していった。
ホント先が思いやられる。
早いもので今年分はこれで終わりです。ご愛顧ありがとうございました。
来年も引き続きよろしくお願いします。
次回1/1(日)、更新予定です。