146.結婚式の酒宴
ウッサーと俺との結婚を祝って、宴が始まった。
結婚の儀といっても、極めて牧歌的なものだ。
一族の前で酒を酌み交わせば、それでもう夫婦らしい。
結婚式とかちょっと面倒だなと思っていたのだが、もう済んだのかとこっちが味気なく思うほどだ。
ともかく、これで俺とウッサーは夫婦となった。
本来なら、あの尻尾を一本引き抜いて渡すのはこの儀式の後にやるらしい。
前後が逆になってしまったのだが、みんなあんまり気にした様子もない。
ラビッタラビット族は武闘のことになると血の気が多いが、それ以外のことは大らかな種族らしい。
「旦那様、これで名実ともに夫婦デスね。ささ、もっとお酒を飲んでくださいデス」
「うん……それにしても、口当たりの良い酒だな」
「それは、結婚した男女だけが飲める特別な人参酒デス」
せっかくの祝い酒なので口にしないのもどうかと思って、ちょっと飲んだが口当たりが良かった。
酒は好きでもないのだが、これなら悪くはない。
「しかし、人参酒って変なところでウサギ要素だしてくるな」
肉好きなのはウッサーだけではないらしく、みんな宴でもバクバク肉を食いまくっている。
草食では、筋肉も付かないから当然か。
人参酒が、申し訳程度のウサギ要素。
ウッサーが手に持ってる酒瓶を見ると、どうやら酒に根っこのような人参が漬けてあるらしい。
高麗人参みたいなものか?
人参なのに蜜のような濃厚な甘さのある人参だが、砂糖大根で作った酒精に漬けることで香りが良くなり、酒の味もまろやかになるらしい。
「ようやく、これを飲めることになって嬉しいデス。人参酒は、大人の飲み物デス。栄養もあって、すっごく元気になるんデスよ」
「そうなのか。美味いならなんでもいいが……」
酒の勢いも相まって、俺はウッサーの父に聞きづらいことを聞いてしまうことにした。
「この街はのどかに見えるが、ゾンビの被害もあったんだよな?」
「ああ、そのようなこともありましたな」
酒を飲みながら、ウッサー父は平然とした顔である。
「そのようなって、被害はなかったのか?」
「弱い者が多少死にましたが、それは自然の摂理というもの。古の武闘家と戦えて、私などは嬉しかったものです」
さすがは戦闘民族と言うべきか。
弱いものが負けるのは当然で、繁殖力が強く増えすぎて困っているラビッタラビット族は、ちょっと仲間が死んでも気にしないらしい。
死生観が日本人とはまったく違う。
そういえば、さっき俺にぶっ飛ばされたマゴウって若い武闘家がまだ帰ってきてないのも誰も気にしてないしな……。
ゾンビ発生の折は軍を率いて武闘家ゾンビと戦い、みごとにゾンビを全滅させたとウッサーの一族はみな自慢げに武功を語っている。
「実はあれは、俺がジェノサイド・リアリティーをクリアしたときに死者を蘇らせることができるように願った副産物だったんだ。俺のせいで、迷惑をかけた」
「どうか頭をお上げください。創聖破綻の異変が起こった頃は、あれぐらいの変事は日常茶飯事だったのですよ。災害の原因を鎮めてくださったのだから、死者が歩き出したぐらい大したことはありません」
「そう言ってくれると、俺も気が楽になるが……」
「ところで、こちらもひとつ言い難いことを言わねばならんのですが、援軍要請の話です」
「……聞こう」
「ラビ様に確認したところ、やはり出兵はダメだということでした」
改まってそう言ったウッサー父に、ウッサーが抗議の声を上げる。
「お父様、そんな!」
俺は、それを手で抑える。
仕方のないことだ。
俺だって、自分の都合だけで人が簡単に動くと思っているガキではない。
相手の都合もある。断られる可能性は、十分に考えていた。
「手間をおかけした、アデライードさん。一応、ダメな理由を聞いてもいいか?」
「ラビッタラビット族の掟で、我が種族は中央平原の外に出てはならないことになっているのです。祭祀王様によれば、婿殿の国にラビッタラビット族が援軍を送るのも、禁忌に触れるとのことでした」
ラビッタラビット族は世界に広がり、繁殖しすぎて大陸を滅ぼしかけたことがある。
それ以降、よっぽどのことがない限り外に出ないようにしているそうだ。
「そういう事情か、無理言って済まなかった」
「……その代わりと言ってはなんですが、我が一族が総出で婿殿を手伝いに行くことしました」
「どういうことだ?」
意図がわかりかねたので聞き返すと、ウッサーの父アデライードは笑い出した。
「いやはや簡単なこと、婿殿はすでに武門の誉れ高きディアナ家のものです。ラビッタラビット族が動けなくても、我々が身内を一族総出で助けに行くことは、なんの問題もないはず。私自らが、ディアナ家一族郎党の千人を率いて参戦しましょう」
どうか任せておいてくださいと、アデライードは胸を叩いた。
ディアナ家の親類縁者をかき集めると、千人にもなるそうだ。
もちろん、ただの千人ではない。
中には先程俺と決闘したマゴウのように、マスタークラスまで鍛え上げた一騎当千の武闘家もいる。
歴戦の武闘家である、百戦錬磨のアデライードもその一人だ。
「なるほど、来た甲斐はあったようだ。ご好意に感謝する、アデライード」
「お父様、ありがとうございます!」
ウッサーが感極まって父親に抱きついた。
威厳ある父も、娘は可愛いらしく慈愛の笑みを浮かべている。
「ワタル殿も、どうぞこれからは私を父と呼んでいただきたい。それに、援軍に感謝など必要ありません。もう我々は身内なのですから助けるのは当然でしょう」
愉快そうに今一度笑うと、ウッサーを抱いていたアデライードは、俺も抱き寄せて肩を抱いた。
そこにズカズカと、先程ふっ飛ばされたマゴウがやってきた。
ちょっと髪がボサボサになって、頭の上のウサギ耳がひん曲がっているが無事だったらしい。
肩で風を切るように俺の前まできて、思いっきり拳を振り上げた。
「すでに勝敗は決した。頭を冷やせマゴウ」
その動きを止めようとウッサー父が前に出るが、殴りかかってきたわけではなかったらしい。
マゴウは振り上げた拳を、俺の前の地面にドンッ! と強かに叩きつけた。
「頭はもう冷えている……ボクとて武人だ。負けは認める。迷惑をかけたわびに、ワタル殿をディアナ家が助けに行くというのならば、この拳もお預けしようと言いに来たのだ!」
「それは助かる。さっきの三段蹴りは見事だった」
「連蹴脚は三段蹴りじゃない。あの三発目の蹴りを当ててから、さらにもう三発連続で蹴り込む技だったんだ」
「それは凄いな」
「ワタル殿には瞬殺されたがな」
「いや、あの攻撃は読めてなかったんだ。本当は様子を見るつもりが、咄嗟に掴んで投げてしまった。反応できなければ、喰らっていただろう」
この際だから、ちょっと褒めておこう。
嘘はいってないが、瞬殺してしまった罪滅ぼしも兼ねてマゴウを立てておいてやる
マスターランクの武闘家が協力してくれるなら、戦力として使いようはいくらでもある。
褒められれば気分は悪くないらしく、猛々しい雰囲気も少し緩んだ。
「アリスディアのために鍛えた蹴り技だ。役に立つならば、どうとでも使ってくれればいい。だからどうか……アリスディアを幸せにしてやってくれ」
「おう……」
なんとも殊勝な態度。
最初はいきなり何だコイツと思ったけど、良い奴だったんだな。
ここで、ウッサーに勘違いで『ウサギの尻尾』を毟らせてしまって成り行きで結婚したんだなんて言えば、話がこじれるだけだろうな。
まあ、黙っておく。
そんなこんながあって、宴もたけなわ。
宴の喧騒が遠くに聞こえる。
奥のほうの席でウッサーから酒を注いでもらって、二人だけで飲み続ける。
しみじみと美味い酒だ。
しんみりとした気分になって、ちょっと聞いてみた。
「ウッサーは、俺と結婚してよかったのか?」
「もちろんデス」
「そうか、ならいいか」
「ハイ」
頬を赤らめたウッサーも酔っているのか、しなだれかかってくる柔らかい身体を腕で受け止める。
妙な縁で結婚することになったが、ここまでずっと死活を共にしてきたのだ。
これからも一緒に居続けることもそれほど悪くはないように思えた。
さすがにウエディングドレスではないが、艶やかな純白の花嫁衣裳に身を包んだ今日のウッサーはやけに綺麗に見える。
いかん、ウッサーに色気を感じるとは少し酔いすぎたようだ。
今日は泊まっていけと宿舎も用意してもらっているようだから心配はないだろうけど。
なんかムラムラする。
「なあウッサー、これはどういう酒なんだ。なんか酔っている感じはあるんだが、眠くなるどころか興奮してどんどん目が冴えてくるというか……」
「そろそろ効いて来ましたデスか」
「なんだ、効いて来たって?」
「結婚の儀を終えた後に飲む、特別な酒だって言ったデスよ。結婚のあとと言えば初夜。つまり繁殖しかないデス。元気になって、子作りしたくなるお酒デス」
「はあ!?」
つまり何か、これは精力剤なのか。
しまった、嵌められた。
一発やる用の栄養ドリンクみたいな酒が、なんで口当たりが良くて美味いんだよ。
こんなものを飲んでちゃいけない。
「どこ行くんですか」
「もう寝る……」
「うふふ、ついに繁殖解禁デスね」
「解禁しないから!」
割り当てられた宿舎までいくと、もう明らかに初夜用と思われるお布団が敷かれた奥の間に唖然としながら。
俺は完全にやる気になっているウッサーに抱かれて、一晩もんもんとした夜を過ごすことになるのであった。
これはさすがに、負けちゃいそうだな……。
次回12/25(日)、更新予定です。