142.ハッキリとさせましょう
ウッサー、和葉、アリアドネ、ついでにリスまで引き連れて。
ハッキリさせると宣言した久美子。
「いったい、何をハッキリさせるって言うんだよ」
顔を真赤にした瀬木が、可哀想なほど縮こまってしまってるじゃないか!
守らなければと、俺はとっさに前に立った。
「瀬木くんも、もう男の振りなんかしなくていいわよ。そもそも、瀬木くんを男だと見てる女子なんていなかったし、もう碧ちゃんって呼んであげましょうか?」
あっ、言っちまったな。
それいうと、瀬木は怒るんだぞ。
「僕は男だよ!」
ほら怒った。
しかし、久美子は引かない。
バサッと、バスタオルを投げ捨てると湯船に飛び込んできた。
かけ湯をしろよ、かけ湯。
俺はもう久美子の裸なんか見てもなんとも思わんのだが、女子の裸を見ることを気にしている瀬木は、また浴槽の奥で縮こまってしまった。
そこに、ずいっと久美子は近づいていく。ほんと、強いなこいつ。
「何度でも言うわよ、瀬木碧ちゃん。百歩譲って前は男の子だったかもしれないけど、今のあなたの身体は完全に女の子になってる。心も、そうなりつつあるんでしょ。そういうのわかるのよ、私」
「そんなこと言われても……」
瀬木が弱々しくつぶやく。そりゃ、そんなこと言われても困るよな。
久美子が言ってるのは、女の勘ってやつか。
「ほら、否定しない。もともと女の子みたいだったんだから、女の子になっても不思議はないのよ」
「いや、そんなのおかしいよ」
「おかしくない。じゃあ瀬木くんは、今の私の裸を見て男みたいに興奮する?」
「それは……」
「じゃあ、ワタルくんの裸を見てはどう? 恥ずかしくなるんでしょ。それはもう女として意識してるのよ」
「ううっ……」
ずいずいと瀬木を責め立てる。
当てずっぽうのくせに、なんとなく説得力がある。
暴走した久美子は、瀬木を攻めるだけにとどまらない。
振り返ると、ウッサー達にも叫ぶ。
「あんたたちも、あんたたちよ。このまま放っといたら碧ちゃんに全部取られたちゃうわよ。どうせ勝てないと思って引いてたんでしょバカウサギ! そりゃ、ワタルくんは瀬木くんが一番好きだもんね!」
「おいおい!」
久美子。お前、本当に何を勝手に決めつけてくれてるんだよ。
しかし、ウッサー達も図星だったらしく「そうだったかもしれないデス……」とか、つぶやいて俯いている。
ウッサーは、珍しく久美子に言い返さない。
好都合だと思ったから深く考えてなかったけど、俺が瀬木と風呂に入ると言っても、ウッサー達が邪魔しなかったのはそういう理由だったのか?
宣言通り、全てをハッキリさせていくつもりらしい久美子は、バシャッと湯船から立ち上がって仁王立ちになった。
ビシッと、瀬木に指を突きつけて言う。
「私はもう、瀬木碧ちゃんを女としてライバル視してるわ。何度でも言うわよ、碧ちゃん。あなただって、もう男に戻れないってわかってるんでしょ?」
「そんなこと言われても、僕にだってわからないよ」
弱音を吐く瀬木を、久美子は許さない。
逃がさないように肩を強く掴み、再び尋ねる。
「私は、わかるのよ。もう月のものも来てるでしょ? それは、完全に女になったってことで、ワタルくんの子供だって産めちゃうのよ。私よりおっぱい大きくなってるじゃない、なんなのこれ!」
久美子の観察力すごいな。そんなことまでわかるのか。
瀬木も図星だったらしく、慌てた様子で叫ぶ。
「ちょっと待ってよ。そんないっぱい言われても、僕だってまだわかんないんだから!」
それを無視して、久美子は瀬木の胸を「なにこれ、なにこれ」と言いながら揉み始めた。
おい女同士だからってやりすぎだろ。
止めなきゃいけないのに、俺では止めようがない。
「おいウッサー、久美子を止めてやってくれ」
「悔しいデスけど、久美子の言うことは正しいデス。ワタシも、これはハッキリさせなきゃいけないと思ってましたデス!」
バサッと、バスタオルを投げ捨てるとウッサーも久美子のところに向かう。
ウッサーまで、瀬木の胸を揉み始める。
「なんなの、なんでみんな僕の胸を揉むの!」
「旦那様を誘惑する悪い胸めデス、この発展途上の胸がいけないデス!」
なんだこれ……。
誰か瀬木を助けてやってくれ。
「アリアドネ!」
「お言葉ですがご主人様、私も久美子殿に賛成です」
そう言うと、アリアドネもバスタオルをマントのようにふわりと脱ぎとって。
威風堂々と風呂場に入ってきた。
「アリアドネ……お前、珍しく俺に逆らうんだな?」
「はい。ご主人様の御為と思わば、時には逆らうことも致します。お叱りは、後でたっぷりとお受けしましょう。瀬木殿の件を、このまま宙ぶらりんにさせておいていいことはありません」
そこまで言われると困ってしまうけど。
とりあえず、俺は二人になぶられてる瀬木を助けてやってくれと言ってるだけなんだが。
いや、待てよ。
なんでお前ら、瀬木の胸やお尻を揉んでるんだよ。
そこは、意味がわからん。
あとは和葉か。和葉なら、なんとか収めてくれるかもしれない。
「和葉はどうだ……」
「うーん。これってさ、瀬木くんも仲間に入れようってことじゃないかな。心配することないよ真城くん」
そうのんびりした調子の和葉と、ついでにリスも湯船に入ってきた。
二人は、ちゃんとかけ湯してるから偉い。
いや、そんなことを感心してる場合でもない。
ついに、温厚な瀬木も、顔を真赤にして怒った。
膨らみかけのおっぱいやお尻をやたら揉みまくってくる、二人の手を乱暴に振り払って叫ぶ。
「なんだよみんなして! 僕だって、もう一度男に戻ろうと必死なんだよ?」
「だから、それがもう無理なのよ」「無理デスよ」
言下に否定される。
そう言っても、瀬木は納得しない。
「そんな……だって、黄泉にある『性転換の杖』が手に入れば」
「そんなこと、ワタルくんが許すわけないじゃない」「デスね……」
おい、お前らなに言ってくれてるんだよ。
やめろという俺の願いも虚しく、久美子が全部ぶちまけてしまう。
「この際だからハッキリ言ってあげるわ。ワタルくんは、碧ちゃんが好きだから、女の子のままのほうが都合がいいのよ。性転換しようとしても、絶対妨害するわ」
「えっ、本当なのそれ?」
瀬木が驚く。
話の核心に切り込みすぎだろ。俺は、慌てて止める。
「いや待てよ、久美子!」
「だって、全部本当のことじゃない!」
お前、そこまで本当のことを言うことないだろ。
そりゃ久美子の言うことはまんざら嘘ではないが、瀬木にどう言えばいいんだ。
「真城くん……」
「いや、待て瀬木。これはだな……ああもう」
瀬木にどう思われるか怖い。
俺が、恐れるとはな……。
動悸が収まらないのは風呂にのぼせたせいではないだろう。こんな気持ちになったのは、初めてだ。
瀬木は、青みがかった瞳で俺を見つめて言う。
「真城くんは、本当に僕が女の子のままのほうがいいと思ってるの?」
「正直に言えば……そうだ。久美子の言うことは、間違ってない。俺は、お前のことが好きだ」
「そう、なんだ……」
「あーでも、瀬木が男に戻りたいのを妨害しようとかは考えてないぞ。好きってのは、人間として好きってことだからな。俺はお前が男でも女でも構わない。それは、お前が俺の一番大事な親友だからで……」
「僕も、真城くんのことは好きだよ」
「そ、そうか」
ホッとした。
嫌われてるとは思ってなかったけど、それでもそう口にしてくれるのは嬉しい。
「あっ、僕も……人間としてね」
「うん」
女の子としてだったら、一番嬉しかったが。
これでも、かなり前進した。
久美子がとんでも無いことをしやがったと思ったが、ハッキリさせて却ってよかったかもしれない。
瀬木は、ぽつりとつぶやくように言う。
「でも、僕の身になって考えてよ。これまで十六年間ずっと男としてやってきて、女の子になってもう戻れませんってなったら、もうわけわかんなくなるよ!」
「それは、よくわかる……」
久美子達は、そこでまた混ぜっ返す。
「碧ちゃんは、最初から女の子扱いだったから、何も変わらないじゃない」
「いまさらな感じデス。最初から女の子だと思ってたデス」
久美子達が何か言ってるが、今大事なところだから外野は黙ってろ。
瀬木は、いろいろと考えながら……。
「僕は、やっぱりまだわからない。うちに帰って、親に『女の子になっちゃいました』なんて言ったらどうなるの? 今はまだ、このままずっと女の子だったらなんて、上手く考えられないんだ」
……ようやく、それだけを口にした。
「そうだな。瀬木が戸惑うのは、当たり前だよ。ゆっくり考えたらいい」
うーむ。
こうやってなし崩し的に瀬木とも一緒に平然と風呂に入れてるし、これはこれで良かったのかもな。
久美子のおかげで、瀬木ルートの可能性が濃厚になってきた。
感謝すべきなのかと思ったが、あんまりそうでもなかった。
「ともかく、ね! 私がハッキリさせておきたかったのは、『同じ男だから』とかいう卑怯な理由で、碧ちゃんだけワタルくんに近づかれても困るってことよ!」
俺の背中を押してくれたのかと思ったら、久美子はやっぱり自分の事情だけで言ってるのか。
ウッサーも、ようやく調子を取り戻して言う。
「なんで久美子が仕切ってるのか釈然としないんデスが、ワタシが旦那様の妻デスよ。まー瀬木も、ちゃんと順序をわきまえるなら、迎え入れてやってもいいデス!」
「ふん。何を偉そうに、碧ちゃんにワタルくんを取られるかもと、ビクビクしてたバカウサギが」
吐き捨てるように言う久美子に向かって、ウッサーもファイティングポーズを取った。
「やるデスか、ナイチチ!」
「だから、ワタルくんは女性を胸で判断しないって言ってるでしょ。なによこんなもの!」
今度は久美子が、ウッサーに食らいつく。
また二人のバトルが始まってしまった。
「お前ら、狭いお風呂場で暴れるな!」
浴槽のお湯が、こぼれまくってもう半分ぐらいに減ってる。
お湯がもったいないだろ。
ようやく解放された瀬木が、這々の体で浴槽から外に出て行く。
俺にだけ言う。
「真城くん、僕もう出るね。だいぶのぼせちゃった」
「ああ……」
あっ、瀬木が風呂の縁に落ちていったタオルが残っている。
慣れてしまったのか、身体を隠さなくなったなあ。
これは、役得と思っていいんだろうか。
瀬木の濡れたタオルを拾って、そんなことを思った。
和葉が、後ろから脱衣所に向かって叫んだ。
「瀬木くーん。脱衣所に、コーヒー牛乳冷やしてあるから良かったら飲んでね」
相変わらず、至れり尽くせりのサービス。
俺も、和葉の用意してくれた飲み物をいただこうかと、風呂から上がることにした。
風呂でだいぶのぼせてしまったので、コーヒー牛乳は冷たくて美味しいだろうな。
脱衣所にあがると、さすがに瀬木は全裸ということはなくバスタオルを巻いてコーヒー牛乳を飲んでいた。
うん、ちょっと残念だった。
次回11/27(日)、更新予定です。