133.隠れ野営地
「では、転移!」
神宮寺襲撃の準備を整えた俺達は、久美子の案内で『アリアドネの毛糸』を使って虎人の国、バルドの都の近くへと飛んだ。
行ったことのある人間と手を繋げば、行ったことがない場所にも飛ぶことはできる。
転移魔法は、マナを一回でほぼ枯渇させてしまう。
マナポーションに使える宝石を使えば無理やり二回飛ぶこともできるが、これは奥の手にとっておきたい。
帰りのことを考えると、ここはひとまず休んでマナを回復させたほうが無難だ。
「とりあえず、ここらへんで一晩休むか。お前らには野宿になって悪いけど」
俺は野宿に慣れてるから、そこらの草むらにでもゴロッと転がれば休める。
「それならいいところがあるわよ」
久美子は、妙なところに案内する。
「えっ、ここを行くのか?」
背の高い草が生えて何もないってところに、久美子が進むと獣道が開く。
草原を抜けて付いたのは野営地であった。
「この都での監視が長くなったから、こういう場所を幾つか設けてるのよ」
「ほー、忍者の野営地か」
監視といっても、ずっと野に伏せていたら最高位忍者の久美子とはいえ、いつかはヘルスが尽きてしまう。
心身ともにリフレッシュするため、休める野営地を用意してあるのだ。
雨風が凌げる小屋もある。
近くの沢から水を引いて、身体を洗える池も設けてある。
「煙が出るとバレちゃうからお風呂は焚けないけど、水浴びぐらいならできるわよ」
「何から何まですごいな」
「水浴びでもしとく?」
「それより敵の動きを探りに行かないと」
襲撃のタイミングが遅れたら、急いで来た意味が無い。
「偵察なら私がやるわよ」
「いや、俺も直接見ておきたい」
「それなら、この先に小高い丘があるからそこからバルドの都を一望できるわよ」
「用意が整ってるんだな。よし、行ってみよう」
久美子に案内されて、山道を登り丘の上からバルドの都を偵察する。
七海の軍需品から高感度な双眼鏡をくすねてきたので、敵の都の様子がよく見える。
「カーンの都よりも、大きな街よね。ほらあそこ、軍の集結が進んでるわ。虎人族の主力は、槍騎兵みたいね」
「いっちょ前に掘があるのは立派だと思うが、やけに平城だな。これだけの都なら、モンスターや敵種族にも狙われやすいはずだろ」
この世界の街は、モンスターの襲撃に備えて高い石壁を設けている。
掘が張り巡らせているなど工夫はされているものの、防御が薄かった。
広大な平原に立てられたバルドの都は、パッと見て二十万都市といったところ。
堀がいくつかあるだけで、外壁がないおかげで街は発展しやすいのだろう。
「虎人族は、高い戦闘力と俊敏な機動力を併せ持つ戦闘種族よ。攻めるなら攻めてこいってことでしょう」
「ほぉ。骨がありそうだ」
返り討ちにできる自信があるから、足止めに堀でもあれば防御はいらないということか。
高い経済力と戦闘力を併せ持つ大都市が相手か。これは手強そうだ。
「虎人族と敵対してる竜人族も比類して強いわね。カーン地方では大混乱になったゾンビの発生も、この辺りでは瞬く間に治安回復されたらしいわよ。ゾンビで混乱して、犬人族の盗賊に街を乗っ取られてたマヌケな熊人族の軍と一緒にすると危険だとは思うわ」
「フフッ、そう言われると、俺は逆に猛るんだけどな」
処置なしねと言いたげに、久美子は肩をすくめた。
俺もそれで目標を違えるほどバカではないが。
まずは、神宮寺を倒すべきだ。
あいつの存在をこの世界に残しておくのは、危険が大きすぎる。
「神宮寺くん達は二重の堀を越えた中央の城にいるらしいわ。なかなか、用心深いわね」
「久美子なら、忍びこむのはわけないんだろ?」
久美子は「うん」と、頷く。
まあ防御が薄そうな街だしな。
「だったら、虎人族の軍勢が出払ったあたりで襲撃だ」
「シンプルな作戦ね。神宮寺くんなら、なにか罠を張ってるかもしれないわ」
「罠か、当然あるだろう」
「それでも行くのね」
「それも覚悟のうえだ。そのために、転移魔法で撤退できる準備はしてるわけだしな。だがわざわざ襲撃を知らせてやることもない。今回は、できる限り奇襲でいきたい」
「そのタイミングは私が測るわ」
最高位の忍者である久美子に任せておけば間違いはないか。
門からは猫忍者がひっきりなしに出たり入ったりしているので、俺達では不用意に偵察にいけないしな。
「できれば殲滅、無理でも神宮寺達の持つアイテムを減らしたいところだ」
「私達だけで片づけば、それが一番いいものね」
戦争になれば、多くの人間が死ぬからな。
神宮寺さえ始末すれば、戦争も止められるかもしれない。
戻ってくると、ウッサーとアリアドネが真っ裸で水浴びしていた。
「お前ら何やってんだ」
呆れて俺が尋ねると、石鹸で身体を綺麗にしているアリアドネがすぐ手を止めて俺の前に跪くと答える。
「夜伽があるから、身体を綺麗にしておかねばとウッサー殿に言われまして」
「ねえよ」
身体中を泡だらけにしているウッサーも重ねて言う。
「戦の前は、その猛りを女で鎮めるのが作法デスよ」
「お前ら発情兎人と一緒にするんじゃねえよ。ゆっくり休んでマナを回復させるって言ってんだろ!」
「夜伽は、ないんですか」
やけに残念そうな表情で言われてもないものはない。
「どうでもいいけどお前ら、前を隠すぐらいしろよ」
この世界の女には、恥じらいというものがないのか。
俺の後ろから付いてきた久美子も言う。
「あら、夜伽があるなら。私も水浴びしようかしら」
「だからねえって言ってんだろ。勝手にしろ」
水浴びするなら俺がいないところでやれよ。
もう処置なしだと、俺は掘っ立て小屋に入る。
枯れ草のベッドか。
乾いた枯れ草は、いい匂いがしてこれもなかなか風情があるじゃないか。
あいつらは放っといて戦闘に備えて休もうとうとうと仕掛けたところで、外からドボーンと音が聞こえてきた。
もしや敵襲か!? と、慌てて小屋から飛び出す。
「あいつら、本当になにやってんだ……」
何の音かと思ったら。
全裸のウッサーがフルスイングで、全裸のアリアドネを池にドボンと投げ入れていた。
「やほーいデス」
「うわあああ」
見ていると、ジャバジャバと泳いで戻ってきたアリアドネが恍惚の表情で頬を赤らめて、ウッサーにもう一度やってくれとせがんでいる。
何の遊びだよ一体。
「真城くんも見てるならやりましょうよ」
わあぁ久美子。気配を殺して後ろに立つなよ。
水浴びしてたらしいが、さすがに久美子はバスタオルを身体に巻いているのでホッとする。
「なあ久美子、ここは敵の都の近くだから、気づかれないようにしないといけないんじゃなかったのか?」
「大丈夫よ。このくらいなら」
ならどうでもいいと、放っといて寝ることにした。
襲撃前だというのにこの余裕。頼もしいのかなんなのか、よくわからない連中であった。
次回10/2(日)、更新予定です。