132.新たな動き
「いつになく、反応がいいわね」
『遠見の水晶』の中の久美子は、そんな調子で話を始めた。
「そろそろ、そっちに動きがあるんじゃないかなと思ったからな」
「勘がいいわね。正確には動きがあったんじゃなくて、動きを止めたって感じなんだけど……私も一度そちらに戻ってもいいかしら?」
「ほう。久美子がそういうところを見ると、放浪してた神宮寺達の居が定まったんだな」
「神宮寺くん達の一軍は、虎人族の祭祀王ガドゥンガンのところに身を寄せたわ」
「虎人族?」
「詳しいことは、そっちに行って話すから、いまカーンの都の城にいるのね」
そう言うと、久美子の通信が切れた。
※※※
久美子は、カーンの都の城に入ってきて言う。
「一体何やってんの?」
「いや、俺もわからん」
俺が久美子を待ってたら、足元にアリアドネが入り込んできて。
それを見たウッサーが、じゃあ背もたれになるとか言い出して、いつの間にかリスも首にぶら下がっている。
「久美子殿が戻られたのであれば、作戦会議でしょうか?」
俺の足元にいるアリアドネが、つぶやく。
「そうだ。アリアドネ。机と紙を準備してくれるか。地図にでも描いて相談しよう」
「それならムンドゥスの大きな地図がございます。すぐ準備いたしますね」
「ほら、ウッサーもリクリエーションは終わりだ」
リスもちゃんと空気を読んで降りてるだろ。
なんでいつまでも俺にしなだれかかってんだよ。
「このままじゃいけないんデスか。せっかくの夫婦のスキンシップなんデスよ」
「地図に書き込みとかしたいから、勘弁してくれるか」
そうこうしているうちにも、アリアドネが大きな机を運んできて机に地図を並べて説明する。
「西の海に面しているのが、現在ご主人様の治めているカーン地方です」
ちょっと違う部分もあるが、地球の欧州あたりの地図にも似ている。
まともな測量技術がない文明レベルで書かれたものなので、かなり大雑把なものだ。
「ワタルくん、神宮寺と熊人族の残党は、虎人族が支配するバルドの都に身を寄せたわ。虎人の祭祀王はガドゥンガンという名前よ。強大な力をもつ将軍のようね」
「久美子、なんでそう言いながら抱きついてくる?」
なぜか、俺にしなだれかかってくる。
かなり謎であった。
「私にも、ご褒美があってしかるべきでしょ」
「あーはい、よしよし。よくやったぞ」
俺が久美子の頭を撫でてやると、顔を真っ赤にしてぴょんと離れた。
どうした。
「なに、ワタルくんって、そんなことするキャラになっちゃったの!」
「なんだよキャラって?」
「いや、なんか……人を素直に褒めるような人じゃないと思ってたから」
「酷い言い草だな。俺はちゃんと働いたら褒めるぞ」
「ふうん。じゃあ、もっと働いたらご褒美がいただけるのかしらね」
「その前に、報告しろよ報告」
正直、この世界の情勢がわからんから情報がまったく足りない。
熊人は俺達がやっつけた連中だが、虎人と言われてもまったくわからん。
アリアドネが気を利かせて説明してくれた。
「ご主人様、まず大雑把に説明しますと、カーン地方の西側は三国鼎立の状態になっております」
「三国志か」
大雑把に言って、三国志の魏呉蜀みたいなもんだな。
俺達が西側であり、最弱であった蜀の位置にあるのが、なんか不吉だが。
「その三国志というのはよくわかりませんが、北西の熊人族、南東の虎人族、北東の竜人族。この三種族が均等な戦力を持ちつつこのムンドゥスの世界で覇を競って参りました」
「なるほど。俺がカーン地方の熊人族をやっつけてしまったから、均衡が崩れたんだな」
「祭祀王と中心となるカーンの都を失った熊人族は、もはやどれほど多くの兵がいようと残党に過ぎません。それと猫人族などの残党とともに、神宮寺が虎人族の保護下に入ったとなれば、虎人族の国こそがムンドゥス最強の覇権国家となりましょう」
「読めてきたな」
猫人族や熊人族の残党を飲み込んだ強大な虎人族が、俺の方に攻め込んでくるわけだ。
実にわかりやすい。
そこで、久美子が口を挟む。
「どうも。神宮寺くん達の虎人の軍は、北の竜人族のトカランの都を攻めようとしてるみたいよ?」
「なんだ。俺の方に攻めてくるんじゃないのか?」
ふうむ。
俺が熊人族の祭祀王を殺したということで、俺の方に攻めてくる大義名分は十分だと思うんだけどな。
神宮寺が虎人に肩入れしてるとなると、熊人族と虎人族の戦力だけでは足りないから、北東の竜人族を下して超大国を作ってから俺の方に攻めてくるつもりかな。
そんなの悠長に待ってられないな。
「久美子、虎人族が竜人族を攻めるのはもう間近なのか?」
「ええ、そのために兵を準備してるって話は聞いたし、バルドの都を見る分にはそのとおりのようよ」
「よし。じゃあその機に乗じて、神宮寺とモジャ頭をさっさと倒してしまうか」
「え、どうするの?」
「虎人族は、竜人族の都を攻め落とそうとしてるんだろ。だったら、そこを後ろから襲って神宮寺達だけを攻撃すればいい」
神宮寺達は、おそらくテレポート系の巻物を残しているだろうから倒すのは簡単ではない。
だが、この襲撃は失敗してもいいのだ。
攻撃するたびに、神宮寺達の手持ちのアイテムを減らすこともできる。
使用回数があって補充できないのだから、たとえ襲撃が失敗してもテレポート系のアイテムを使わせるだけで、相手に痛手を与える一手となる。
俺が怖いのは、神宮寺達を追い詰めすぎて、決着がつかないままに逃してしまうことだ。
どこに行ったのかもわからない状態では、こっちもオチオチしていられなくなる。
すでに虎人族のバルドの都という強大な本拠地を手に入れてしまった神宮寺は、そこが惜しくて手放せなくなる。
虎人族の国の幹部にでもしてもらえば、なおさらだろう。
神宮寺は病的なレベルで権力志向だからな。
そこが、あいつの弱点だ。
「それなら、襲撃は『アリアドネの糸』を持っている私達四人になるわけね」
俺、久美子、アリアドネ、ウッサーの四人。
神宮寺とモジャ頭を叩くだけの少数精鋭。
「妥当なメンバーだろうな」
ウッサーも「腕がなるデス」と言っている。
アリアドネは、何も言わず腰の聖剣を手で撫でた。
アリアドネは内政も、襲撃も両方やることになるが、負担は大丈夫だろうか。
まあ、内政は七海に助けてもらえばいいか。
「ふむ、ところでカーン地方のさらに北に、内海を隔てて小さな半島があるんだが?」
「ああそれは、私の故郷である天人族の支配地域です」
「空中要塞って書いてあるんだが、支配地域も結構な広さだし、ここは強大じゃないのか?」
「私達天人族は、なんといいますか驕り高ぶる種族で、他の種族を全体的に見下しておりまして……外界のことにはあまり興味がありません」
ちょっといいにくそうに、アリアドネは言う。
「なるほど、貴族主義みたいなものか」
「はい、ですからこのたびの戦も中立を保つと思います。カーン地方の南の中央平原に住むウッサーどのの、兎人族も、味方してくれるようには使者を送りましたがおそらく期待はできないかと」
ウッサーの種族は体力が強い上に繁殖力が強すぎて、それで世界が滅びそうになったんだったか。
それから掟によって繁殖を抑えて、静かに暮らすようになったそうだ。
ある意味で、ウッサーの種族が一番やばいんじゃないか。
味方とかいらないから、大人しくしてもらってたほうがいい。
「兎人族も天人族も、敵にならなきゃ問題ない。まず今回の作戦は、神宮寺さえ倒せればミッションクリアとしよう」
あれもこれもと目標を立てても上手くいかない。
虎人族のバルドの都に居を落ち着けた神宮寺とモジャ頭を倒す。
今回の襲撃作戦は、それだけ考えて動くこととした。