131.人族の希望
「これはまた、すさまじい数だな」
カーンの都の大門の前には、長蛇の列ができている。
ざっと数千人といったところか。
それらは全て、貧しい人族の難民であった。
俺達のジープが来ると、人だかりができて遠巻きに見つめている。
自動車など見たことないだろうし、珍しいのだろう。
これじゃ、中に入れないからどうしたものかと思っていると、馬を駆ったアリアドネがこちらに来た。
「よう、アリアドネ」
「見慣れぬ乗り物が来たとの報告を受けたのですが、やはりご主人様でしたか」
アリアドネは、俺の目の前で馬から降りて深々と跪く。
こいつは、いちいちそんなことしなくていいと言っても聞かないから放っておく。
「ところでアリアドネ」
「ハッ、すぐさま邪魔な下民どもを追い払います。いと高き王者であるご主人様の往来を妨げるなど何たる無礼か!」
「いや待て、そうじゃなくて、どうしてこうなったか説明しろ」
「そうですか。では、いと高き陛下に、謹んで言上仕ります」
「そういう儀礼はいいから簡潔に話せ」
「はい。単純に申せば、難民と化した人族がご主人様を慕って集まってきているのです」
この世界で、人族は数が多いだけで何の能力も持たない弱い種族だ。
しかも、人族の祭祀王は創聖破綻が起きる前に、地球に逃げている。
結果として、各地で虐げられて農奴にされたりした者も多く、人族はろくな目にあってないらしい。
相変わらずクソみたいな世界である。
そこに、カーン地方でジェノサイド・リアリティーの覇者である俺が。
人族の王者として立ったという噂が大陸全土に広がった。
「その結果が、この人族の難民の群れってことか?」
「さようです。ご主人様の存在は、この世界で虐げられし人族すべての希望です。敵の間者が混じっている可能性も考えて、氏素性など調べてから街に受け入れようとしているのですが、なにぶん人族の難民は後から後から増えるばかりでして……」
入国管理すらままならない状況ということらしい。
「アリアドネ、もうさっさと入れてしまえ」
「いや、しかし、敵の物見などが居た場合……」
「情報ぐらいくれてやればいいだろ。こうして都の前にずらずら並べておくのもめざわりだ」
「なんとお優しい。『女子供まで野ざらしにしとくわけにもいくまい』という寛大なご配慮ですね」
まあそれも少し気にならないでもなかったが。
「もっともらしく俺の内心を語るんじゃねえよ」
「はい、ご無礼いたしました。ではご主人様の御命令通り、難民どもは都に入れてやります。熊人族が減った分だけ余裕がありますから、食料や住む場所の確保は当面できますが、それも先々難民が増え続けると不安要素ではあります」
「それについては、七海に方策があるらしいから後で話しあってくれ」
内政面のことを俺に言われても困る。
まずは都の中で話そうということになって、入場した。
俺達のジープに続いて、門の外に留められていた人族の難民達が次々と都の中に入ってくる。
都の街中では、聖職者っぽいローブを着た僧侶が祈りの声を上げている。
「人族の王者、ムンドゥスの救い主、真城ワタル様に栄光あらんことを!」
それに合わせて、都の民が右手を突き上げて「栄光あれ!」と唱和している。
なんだありゃ。何の宗教だよ。
「おい、アリアドネ?」
「いまや人族にとって、ご主人様こそが最後の希望ですから」
「やめさせるわけにはいかんのか」
「民には心の支えが必要です。人族は祭祀王を失い、もう真城国の王であるご主人様に祈るしか道はありません」
そりゃゾッとしないな。
神のごとく崇められているのでは、どうも俺が都の中を歩きまわるわけにはいかないらしい。
熊人族の祭祀王が使っていた城へと入場する。
カーンの城は、一部施設が俺が侵入したとき壊れていたものの、大部分は使える状態で残っていた。
「熊臭い粗末な城ですが、ここをご主人様の仮の御所としますことをお許し下さい」
「いや、十分立派だけどな」
和葉が管理している『庭園』には格段に落ちるが。
あの図体のバカデカイ祭祀王ゴルディオイが使っていただけあって、広さだけは申し分ない。
ただ、デブ王用のこのデカい玉座に座れってのはないよな。
アリアドネがどうしてもというから座るが、どうも椅子がデカすぎて落ち着かない。
「ご主人様も、いつまでもジェノサイド・リアリティーを本拠地にせず、カーンの都に移られるべきだと思います」
「そうはいってもな」
防衛上のことを考えると、あそこが便利がいいのだ。
「ご主人様は、元いた世界へは戻られずこの世界に骨を埋められるのですよね?」
「そのつもりだが」
「でしたら、やはり国の中心であるカーンの都に御所を構えるべきかと存じます」
「まあ、考えておこう」
「今のうちに、国の体制を固めておくべきです」
「そりゃそうかもな」
「ご主人様の偉大なるお力によって、良くも悪くもこの世界は変わりつつあります。それを良しとするものと、悪しきとするものの間で、いずれ全面戦争が起きましょうから」
「まあそれは、俺もわかってるんだけどな」
実際に、熊人族の祭祀王ゴルディオイとの戦争もあって、こうして国を建てる結果となってしまった。
この世界の各種族の祭祀王が、どう動くかはわからないが何らかのアクションを仕掛けてくる可能性は高い。
「まだご主人様に敵対する熊人族の残党や、それと行動を共にする猫人族、神宮寺良と御鏡竜二の両名など、潰すべき敵が残っております」
「そのとおりだ」
「一度始まった戦争は、中途半端なところでは終わりません。この世界の全ての民に、ご主人様の力を示して存在を認めさせなければならないのです」
「わかった。アリアドネ、お前の言ってることは全部正しいよ」
「恐縮です。ご主人様の御為に、この卑しき端女がお聞き苦しいことを申すこともどうかお許し下さい」
「ああ、許す。許すから……俺の足の下に入り込むのは止めろ」
一体何のつもりだ。
「先程から、ご主人様のおみ足がブラブラと……足おきが必要かと思いまして、失礼しました」
確かにこの玉座がでかすぎて足りてないよ。それなら台か何か持ってこいよ。
今お前としゃべってるのに、なんでしゃがみこんで人の足置きになろうとする。
「まあいい、アリアドネ。お前は七海と相談して、国の内政の充実をはかれ」
七海が持ってきた現代知識や新しい作物は、新しい国の内政に役立つことだろう。
「ご主人様はいかがなされますか?」
「お前は王としてここに落ち着けと言うが、俺はやはりじっとしてるのは性に合わん」
玉座から立ち上がると、ちょうどリュックサックの中の『遠見の水晶』から俺を呼ぶ声が聞こえる。
「真城くん、真城くん……」
「おう、久美子か。どうした」
噂をすればだ。
神宮寺達の動向を探っていた久美子からの連絡。
そろそろ、敵が新しい動きを見せる頃だと思っていた。
次回9/18(日)、更新予定です。