130.七海の覚悟
次の日、七海に呼び出されてジェノサイド・リアリティーの街の外へと足を運んだ。
「真城ワタルくん。これをみてくれ」
ジェノサイド・リアリティーの入り口に、ジープが三台並んでいる。
日本から、車両を持ち込んだのか。
「七海、これはどうした?」
「君のお兄さんに、それなりの対価を払って用意してもらった」
それはわかる。
地球にはないムンドゥスの新素材や魔法の道具に加えて、単純に金貨や宝石なんかもたくさん手に入る。
ここの動植物が持ってる地球にはない遺伝子情報なんかも、兄貴なら金に変えられるだろう。
だからその返礼として弾丸の類などは補給してもらっているのは知っていたが、まさか車両まで持ち込んでくるとは思わなかった。
「こんな大きなもの、どうやってここまで運んだんだ?」
「部品をバラして、こっちで組み立てたんだよ」
日本から持ち込むにしても、エレベーターで地下二十階から地上まで運ばないといけないわけだが。
七海達は、サイズ的な問題を組み立て式のジープを購入することで補ったわけだ。
「なるほど、その手があったか」
「組み立て式だからサイズはちょっと小さめだけど、六人乗りだし軍事用のジープだから悪路でも十分使い物になると思う」
組み立て式なら、部品交換、修理のメンテナンスも容易である。
七海のことだから、当然そのことも考慮にいれてのことだろう。
車を使えば、移動時間は短縮できる。
免許がなくったって、この世界なら問題ない。
乗り回していれば、そのうち動かせるようになるからな。
なんなら現地人に使わせてもいいわけか。
「このジープは、日本に残ってる協力者の生徒達に頼んで、今後どんどん運び込んでもらうつもりだ。戦うことができない生徒も、そこまでは助けてくれるそうだよ」
「日本に帰ってしまった生徒も輸送に協力させるとは、さすが七海だな」
『アリアドネの毛糸』を使って一瞬で移動できる俺には、車を用意するなんて発想はなかった。
ジェノサイド・リアリティーに一度足を踏み入れた生徒は、日本とこちらのムンドゥスの世界を行き来できる。
生き返らせてやったのだから恩は売っているわけで、協力を呼びかけるのは難しくない。
現地への輸送役としては使えるわけだ。
なんか機関銃や、バズーカ砲みたいなのもあるぞ。
「このジープには、ミニミ軽機関銃や106ミリ無反動砲も装備できる。とりあえず、一台ずつ試験運用してみる。搭載するための台座も用意したよ」
「車両から援護射撃したり、移動砲台としても使えるか。しかし、兄貴もよくこんな物騒な兵器を手に入れられるな」
神宮寺にアサルトライフルを持ち込ませた親父もありえねえと思ったが。
兄貴にしたって、日本では自衛隊しか持たないような軍需品をどうやって手に入れたんだ。
「今の日本でも、資金があればこれぐらいは手に入るよ。地方の警察権を掌握している君のお兄さんの立場なら、より容易いだろうね」
「そういうのを不正っていうんじゃないかな」
冗談交じりに揶揄してやったが、七海はたじろかなかった。
すでに覚悟を決めてるという顔だ。
「僕には責任がある。みんなを生き返らせるためにも、できることは全部やると決めたんだ。この世界の酷い状況を変えるには力がいる。持てる力は正しいことのために使えばいい」
「その覚悟があるなら、俺は何も言わん。これを使えば七海達でもモンスターの群れでも容易に潰せるし、『再生のコイン』を手に入れることもできるかもしれないな」
「もちろんその覚悟でやるよ。いつまでも、真城ワタルくんにおんぶにだっこじゃ情けない……僕だって、男だからね」
和葉にいいところも見せたいってことか。
その和葉は、『庭園』に引きこもって地上にすら出てこないんだけど、たまには出てくるように誘ってやるかな。
「まあ、機関銃に大砲は面白い。俺も場合によっては使ってみたいもんだ」
「使ってくれてもいいよ。これからドンドンこっちに運びこむつもりだからね。僕達は物量戦をやるんだ」
ジェノサイド・リアリティーで得られる力は、どこまでいっても個人技である。
集団戦の技術では、現代日本がはるかに凌駕しているといえる。
どういう基準かは知らないが、世界に変化をもたらせばコインは出るのだ。
なりふり構わぬ七海の覚悟は、創造神のお気に召すかもしれない。
これからカーンの都に向かうという七海達が、ジープに荷物を積み込んでいる。
「あれ、武器だけじゃないんだな」
七海が持っていく荷物の中には、弾薬の他になぜか野菜が混じっている。
ジャガイモに、トウモロコシの種?
「この世界に持ち込むのが武器だけじゃ寂しいと思って、植生を調べて栽培に適していそうな作物も用意してもらった。栽培法が書かれた本も一緒に」
「ふうん。いろいろ考えてるんだな」
確かにカーンの都でも、食糧問題が起こっている。
和葉が作った食料を配っても、砂漠に水を撒いているようなものだ。
今栽培してる麦類より、エネルギー効率のいい作物を育てるのもいいだろう。
七海が持ち込んでる本は、農学だけでなく工学、医学、法律学や経営学にまで及ぶ。
この世界にはない現代知識も武器といえるだろう。
これも七海のできることはなんでもやるという堅い決意を感じさせた。
※※※
行こうと思えばカーンの都まで一瞬で飛ぶこともできるが、七海達とジープに乗って向かうことにした。
瀬木やリス、みんな付いてくるが、やはり和葉だけは七海と行動するのを嫌がってか『庭園』に残ってしまった。
すぐに移動できるから、和葉も気が向いた時に来てくれればいいが。
瞬間移動ではなくあえて車を使ったのは、マナの節約もできるというのも理由だが、タランタンの街や街道沿いの村の様子がどう変わったかなども見ておこうと思ったからだ。
時折、モンスターやゾンビなどに出会うこともあるが、兵器のテストも兼ねてジープに備え付けられたミニミ軽機関銃の一斉射撃で片付けていく。
「だいぶ、ゾンビが減ったな」
「街道沿いの駆除が進んでるからね。戦力のない村では被害が甚大だったけど、組織的な軍ならゾンビなんかには負けないよ」
それなりの装備があれば、盗賊団程度でもゾンビやモンスターの駆除はできる。
ゾンビが出て文明が崩壊するようなホラー映画があるが、実際はゾンビ程度がどれだけ出てもそんなことは起きないんだな。
「早く潰れた村も復興できるといいがな」
「おや、真城ワタルくんらしくない言葉だね。真城君はいまやこの国の王様だから、領主としての自覚がでてきたかな」
そう言って、七海に笑われる。
ゾンビの大量発生については、俺にも責任があるから気になっただけだ。
「言ってろ。俺は王になんかなったつもりはない。そういう面倒な仕事は、全部七海に任せるからな」
「へー。じゃあ僕は、真城君の国の大臣にでもしてもらおうかな」
「やけに乗り気だな七海。お前も、俺のようにこの世界に残る気があるのか?」
「わからないね。生き返らせるのにどれぐらいかかるかわからないから長期戦は覚悟している。日本でやりのこしたことだってあるけど、和葉のこともあるから」
そう言うと、七海は少し黙ってしまう。
和葉のことに関しては、俺もなんとも言えない。
あれは頑なな女だからな。
せめて、幼馴染としてでも七海と仲直りしてくれるといいんだが。
「そろそろカーンの都が見えてきたな」
「うん、ちょっと様子がおかしいね……」
カーンの都は大きな街なのだが、それにしても門の前に居る人の数が多すぎる。
近づいてみると、どうやらみすぼらしい格好をした人族の難民が集まっているようだった。
次回9/11(日)、更新予定です。