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ジェノサイド・リアリティー  作者: 風来山
第一部 『ジェノサイド・リアリティー』
12/223

12.死霊の国

 四階に入ると、空気が冷え冷えとしていた。

 寒い、霊安室モルグの温度だ。死体が腐らないように、崩れないように。


 さほど外見は変わらない石畳、点々と続く松明の薄暗い炎。

 それでも、ここは寒い。生き物が住む場所ではない、異界だ。


中級ミドル 明かり(ライト)……」


 幽霊は目視しにくいので、光源を強くすることにした。

 それぐらいの贅沢はできるほどには、マナの上限が伸びている。魔術師マジシャンランクも上がっているのだろう。


「なんだこりゃ、人?」


 石壁に人が背をもたれさせて座り込んでいる。一瞬生きてるのかと思ったが違う、なんかシワシワになっている。

 光源を強くしてよかった、マジマジと観察すると肌がブヨブヨになっている以外は服も着ているし、原型がしっかり残っている。だが死んでる、死体だ。


 死因は分からないが、身体中に傷があるからそのどれかだろう。

 ミイラじゃないな……たしか死蝋化しろうかと言うのだ、こういう死体は。


 ここは温度が低いので、腐敗菌の働きが弱い。

 傷から血が抜けて、偶然にも保存状態が良くてこうなったのだろう。


「……いつ死んだんだろうな」


 細菌が少なくて腐敗しないと、死体が鹸化してこうなる。

 ゾンビか、スケルトンが出てくると思っていたから、こんなのが出てくるとなんかこれはこれで嫌な感じがする。


「おい、どうせ動き出すんだろ。早く起きろよ」


 俺が霊刀の先っぽで突っつくが、微動だにしない。

 なんだか、気味が悪い。見ていたくない。俺は、通路に立てかけてあった松明を手に取ると死体に押し付けた。


「おーよく燃える」


 ボッと火が上がって、死体が炎に包まれた。

 死蝋化してるんだから当たり前か、身体の脂肪分が蝋燭みたいになってるわけだからそれが燃えている。


 モンスターというわけではなかったのかもしれない。

 満身創痍でここまでたどり着いて、力尽きた冒険者の死体だったりしてな。


 ジェノリア四階に出てくるモンスターは、あくまでゾンビかスケルトンかゴーストだ。こんなのがいるわけがない。

 少なくともゲームにこんなイベントはなかった。


 実際に、俺たちと同じように迷いこんで死んだ人間がいたとしたら……。


「分からないことを考えこんでもしょうがない」


 ジェノリアには、プレイヤーの他にトライした冒険者が居るって設定はもちろんある。数少ないがNPCノンプレイヤーキャラクターイベントもある。

 またバージョンの違いもあるだろう、北米版、欧州版、東アジア版、日本語訳されて移植されたバージョンにも違いはあるし、改造が流行ってたから基本システムが同じなだけで俺が知らないプラス要素が付け加わってるかもしれない。


「まっ、どっちでもいいさ」


 どっちにしろ、俺がやることは一つ。


「前に進む」


 ただそれだけでいい。

 でもちょっとボスに挑む前に、寄り道していくことにした。


 次の大部屋には、見慣れたゾンビやスケルトンの群れが満載しており、むしろ安心した。

 一旦引いて、少しずつ引き出してスケルトンの腰骨を粉砕し、ゾンビの両手足を素早く斬り千切って動けなくした。


 死体を肉片に変える作業は楽しい。

 霊刀『怨刹丸おんさつまる』は、きちんとアンデッドキラーとして機能してくれている。


 振るうたびに蛇のように畝る刃が青白く発光し、この世の理に反して動き出す腐った肉や骨をあるべき形へと還す。

 死んだ後にまで、こうなって動きまわるなんて悲惨だからな。これは供養だ。


 ゾンビの中には、人間でないものも含まれている。オークゾンビ、コボルトゾンビ、トロールゾンビ、中にはスライムゾンビなんてのもいる。

 上の階層から降りてくると、みんな殺されて死霊へと変わってしまうのだ。


 この階層は、死体を食う掃除屋スカベンジャーのスライムですらゾンビ化するので、死体がずっと残るわけだ。

 なかなか、良く出来ている。


 地下四階の死霊ゾーンは、上の階層の弱い生物と下の階層の強い生物との生息領域を分ける機能をしている。

 死霊たちは、地縛霊のようなもので地下四階からは外に出ない。『侵攻』は四階の生物には起こらないので、ゴーストへの対処ができない初心者ニュービーが襲われて死ぬことはない。


 こんなところでまともなゲームバランスを取るなら、もうちょっと他のバランスも何とかしてくれれば良かったのに。

 ともかくゴーストは、対処できる魔法や武器がないと手がつけられない。


 壁抜けできるゴーストのように厄介なモンスターもいるのだ、こんなのが他の階層にまで溢れてきたら大変なことになる。

 四階だけが死霊の領域になっているのは、むしろジェノリアの良心だとすら思える。


 まあ、本当は初心者ニュービーに配慮してなんてわけはなく。

 ゾンビに殺されるとモンスターもゾンビになるので、ジェノリア全体がゾンビゲームになってしまわないようにという理由なんだろうけどな。


「さてと……」


 まっすぐとボスの部屋には向かわずに、奥の小部屋までくる。

 床を剣先で突付くと、パカっと落とし穴が開いた。何の変哲もない穴の前に、杭を打ち込んでロープを垂らす。


 ロープを使うと、落下ダメージを食らわずに降りることができるのだ。

 落とし穴には二種類あって、単に打撃ダメージを喰らって上の階層に戻るものと、下の階層に通じているものの二種類である。


 降りた先は、地下五階ということになる。この落とし穴は、五階のフロアとは通じていないのだが、俺はさらに先に進む。

 突き当りに、鉄格子の嵌った扉がある。その先にも、ボタン式の扉が見える。


 ここはゲームでは先に進めないポイントってことになっている。

 開発途中で断念したか、あるいは増築するつもりで放棄されたか。ジェノリアにはわりと意味のない無駄な空間もあるのでそれほど気にもされていないのだが、俺はこの先の進み方を知っている。


 鉄格子の横の壁で、前に進みながら横に進む。

 つまり、斜めに移動する。するとなぜか、身体がスルッと鉄格子の向こう側に抜ける。


 これは、単なるバグなのだろうか。

 俺はそうではないと思っている、隠し扉の一種なのだ。


 そうして、奥のボタン式の扉を開けるとそこには光り輝く眩いばかりの大部屋が広がっている。

 久しぶりの陽の光。


「眩しい」


 そう地下五階にもかかわらず、ここには陽の光が降り注いでいるのだ。

 上を見上げると、大きな円に区切られた上空に反射板が設置されているのが分かる。光源を集めてここまで届くように、採光に工夫がされているのだろう。どこまでもリアルにできている。


 陽の光があるせいか、ここには草木が育ち、木製のログハウスがあって地下水脈に通じている池には魚まで泳いでいる。小さいながらも畑があって、快適に自給自足生活が営める環境が整備されている。

 俺はここを庭園ガーデンと勝手に呼んでいる。


 なんでジェノリア開発者はこんな別荘のような隠し部屋を作ったのか、調べてみてもヒントは何もなかった。


「たぶん休憩エリアなんだよな」


 さっきの五階の部屋には、他にも隠し扉がある。

 ぐるっと地下五階を囲むように続く通路は、ダンジョンの大部屋にある空孔や湧き水の循環を確認できるようになっており、一種のメンテナンスルームなのだと思う。


 ジェノリアを開発した天才的ゲームデザイナー高貴なる夜(ロードナイト)は、ちょうど迷宮の中腹にあたるここで、休憩を取ったのだ。

 途中まで作ってここで一休みしてから、続きの創作に取り掛かったのではないか。そう考えると、ちょっと楽しい。


 あるいはメンテナンスルームに通じていることを見ると、迷宮維持のためのスタッフルームとして用意したのかもしれない。

 後にMMO(マッシブリー・マルチプレイヤー・オンライン)となるジェノリアだが、開発当初からその構想を描いてデザインされていたのかもしれない。


 迷宮を取り巻くメンテナンスシステムは、ジェノリア特有のリアリティーを出すための無駄とされているが、初めからMMOにするための舞台裏として用意した。

 そう考えてみると辻褄があう。


 なんという遠大な計画であろう。

 西暦1989年の段階で、高貴なる夜(ロードナイト)は今のネットゲーム環境を見越して設計に組み込んでいた……。


 あくまで俺の妄想に過ぎないが、そう考えると滾るものがある。

 ここで、伝説的天才ゲームデザイナーが構想を練っていた。


「ふーむ、やっぱり一緒か」


 ログハウスに入ってみる。簡素なベッドと、机と椅子、本棚、クローゼット、鍋釜などの調理器具、食器棚が置かれているだけで、生活感がまるでない。

 死蝋化した死体を見たとき、もしかしたらここに誰かたどり着いていたのではないかと思ったけどそのようなことはないか。


 ログハウスに附属しているアイテムボックスを開けると、そこそこの魔法効果があるレアアイテムが詰まっている。

 身かわしの護符アミュレット、疾風の腕輪、守りのペンダント、ヘルスのペンダント、マナの指輪、抵抗の指輪、警告の指輪……。魔法の装飾具アクセサリーの類がゴロゴロ。


「ここもそのままなんだな……」


 補助効果のある魔法の装飾具アクセサリーは、ひとつしか効果が無い。

 もしかしたら累積効果があるかと思って、指に指輪をいっぱいはめてみたが最初の一つしか効果はないようだ。


「まあ、そんなうまい話はないよなあ」


 たしか、同じ装飾具同士だと相殺されてしまうって設定だったか。

 とりあえず素早さの上がる、疾風の腕輪を装備しておく。


 ここにはもう一つ重要なアイテムがある。

 無限収納のリュックサック。袋の中の空間が魔法的に歪曲しており、理論上アイテムが無限に入る。


 もちろん理論上だ。多少の重力軽減の効果もあるが、アイテムを入れれば入れるほど重さは累積していって、いずれは持ち歩けないほどの重量になってしまう。

 逆に持ち歩けないほどアイテムを大量に詰め込んで、敵に投げつけて殺すという面白い使い方もできる便利アイテム。


 中階層でそのうち手に入るレアアイテムではあるのだが、『罠外し』のスキルがないため、罠のかかっている宝箱が開けられない俺にとって、ここで確実に手に入るのはありがたい。

 あと、ここにはテレビ電話の役割をする『遠見の水晶』など、まったく使い道はないが面白いアイテムが詰まっている。


 他にはログハウスの横に、薪を割るための斧や、縄梯子、くわ、スコップ、釣り竿などの道具も転がっている。

 糸つむぎ機に、機織機なんてものもある。飾りにおいてるわけではなく、実際に綿花を採取して布を作ったりもできるのだ。


 ここの環境を見ていると、料理スキル、裁縫スキル、樵スキル、大工スキルなど、ジェノリアに一応存在するのに、ほとんど役に立たなかった生産系スキルの実験場であったのかもしれない。


 お遊びスキルの使いどころに、ゲームバランスが崩れない程度のレアの供出、こんな隠しエリアまで探しだして楽しんでくれたプレイヤーへのちょっとしたサービスというところだろうか。

 そうだ、他はともかく『警告の指輪』は瀬木に持って行ってやるか。


 罠や、強いモンスターが近づくと振動して危険を教える初心者御用達のアイテム。

 俺が持ってもあまり意味は無いが、初心者の生存率を高めてくれるはずだ。


 待てよ、瀬木にだけ指輪をやったら久美子がうるさいよな。

 荷物になるが大して重いものでもないから、あといくつか装飾具アクセサリーを適当に持っていくか。


「ま、こんなとこかな……」


 もしかしたら、ログハウスの中に木製のアームチェアに腰掛けた天才ゲームデザイナー高貴なる夜(ロードナイト)が居て「よく来たなプレイヤー」と笑顔で出迎えてくれるのではないか。

 そんな妄想を抱いていたりもしたんだけど、この世界に本当の製作者かみは居ないのかもしれない。


「まあ、俺だけの聖域というなら、それだって気分がいいけどね」


 この隠しエリアは、海外のサイトにも載ってなかったから誰も知らない。

 俺と開発者しか知らないのかもしれない。


 それはプレイヤーとしてこの上ない至福である。


 久しぶりに日光を浴びて、畑からトマトをもぎ取ってかぶりつくと瑞々しくジューシーな味が広がった。

 普段は意識もしてなかった。味が薄く不味いとすら思っていたトマトだが、本当に瑞々しくて美味い。ヘタの青臭さまでが美味しくて、夢中で丸かじりした。身体が喜んでいる味だ。


 ここのトマトは、種を植えれば三日で育つという農業革命を起こせる品種なのだ。だからって味が特別美味いってわけでもあるまい。

 ろくなものを食べてなかったからビタミンが不足していたのと、俺の舌が贅沢になっていたから感じなかっただけで、野菜はもともと十分な甘みを持っている食べ物なのだろう。


「そういえば、俺は何日ぐらい迷宮に篭っているのかな」


 どうもずっと地中に居たせいで、時間の感覚が曖昧になっている。

 とりあえず、風呂に入るかと思った。この休憩室には、ドラム缶風呂が用意されている。いや、五右衛門風呂って言ったほうがいいかな。


 水浴びでもいいのだが、せっかくだから大きな桶で水を汲んで風呂を焚く。

 下に引く木製のスノコまで用意されているのだから、気をつけて入れば火傷することはない。


 仮に火傷しても、ポーションで治るんだから便利な世界だけどな。

 適当に焚き木を拾って、火をつけるのは初級の炎球ファイヤーボールだ。あとは、畑でスイカを拾ってきて、叩き割って食いながら焚けるのを待つだけ。


「そろそろ焚けたか。久しぶりの風呂だな。ついでに洗濯もしておくか」


 貧乏臭いけど、わりと切実である。服も身体も、モンスターの体液でドロドロになっているのだから、ちょっとやそっとの洗濯では落ちないだろう。

 ここまで用意されていて、石鹸や洗剤がないんだよな。そこまで荷物になるものでもないから、街で買っておけば良かったと思っても後の祭りである。


「まあいいや」


 俺しか居ないのだ、裸になり適当にジャバジャバ服を洗って乾かしておく。革鎧のほうは手入れの仕方がわからない。下手なことはしないほうがいいだろう。あとは風呂を楽しむだけだ。

 どうせまたすぐに迷宮探索で汚れるのだから、身体の垢さえ落とせれば細かいことは気にしない。


「ふうっ、生き返るな」


 人間の身体は、日光の紫外線を浴びないとビタミンDが形成されない。

 カルシウム不足に陥って病気になることもあるので、こうやって意識的に陽の光を浴びておいたほうがいいだろう。


 もしかしたら、回復ポーションでそこらへんの問題も解決しているのかもしれないが、気分的な問題もある。

 ずっとダンジョンに篭っていたら、いくら引きこもり気質の俺でも気が滅入ってしまうからな。


 服が乾くまで、十分な日光浴をしてから迷宮探索に戻ることにした。


     ※※※


 再び、ボスの部屋を目指して地下四階を進む。

 かなり厄介な敵、ゴーストを相手にすることとなった。逃げても透き通った身体は壁を越えて攻めてくるから、囲まれる前に速攻で倒すしかない。


 もし霊刀がなければ、僧侶の祈りか、実態を持たない敵に効く対霊魔法でしか倒せない。

 しかも炎球ファイヤーボールなどの魔法の遠距離攻撃まである。


「くそっ!」


 距離を取れば魔法攻撃を避けることもできるが、あえて受けつつ斬り刻んだほうが早い。

 対火炎防御力・対魔法力は、それらの攻撃を受けることでも成長するので経験値だと思って火傷の痛みは我慢する。


 傷は回復ポーションで治せると分かっていても、自分の肉が焼け焦げていく感触はそれはそれは不愉快なものだ。

 痛みと不快さを忘れるには、戦闘の興奮でアドレナリンを脳に充満させるしかない。


「うぉぉあああぁぁ!」


 霊体なのに、霊刀で斬るとしっかりと斬った感触がある。

 亡霊だってちゃんと斬れる、殺せるのだ。


「ギャアァァ!」


 ゴーストも斬られれば痛いのか、悲鳴だって上げる。

 さっさと成仏しねえからそうなるんだ。


「ハァハァ……」


 身体はいいが、服や装備が焼け焦げていくのはどうにかならんか。

 このままでは硬革鎧も近いうちにダメになってしまうだろう。


 新たな装備を得ようにも、ボスの部屋以外の宝箱を開けられない。

 地下四階以降は、致死性の罠が混ざるようになるからだ。盗賊スキルを持たない俺にとってはどうしようもない壁である。


 丸焦げになる爆弾ぐらいならまだいい、一番怖い罠は麻痺毒スタナーだ。

 敵のモンスターがうようよ居る中で、たった一人で身体の自由が利かなくなるほどの麻痺を喰らえば、それはもう即死したのと変わらない。


「まあ、文句を言う気はないがな」


 ここらへんの難しさこそが一人プレイの醍醐味。最初から、覚悟の上で降りてきたのだ。

 激ムズの難易度でも、ジェノリアは良く出来たゲームだ。攻略不可能ってことはない、ちゃんと考えれば突破口が用意されている。


 気がつくと、ボスの部屋の前まで来てしまった。

 ここのボスは、ゾンビキャリア。さほど強くはない相手だが、注意しなければならない敵である。


 アンデッドに攻撃されても、殺されない限りは感染してゾンビになるってことはないがゾンビキャリアは、強烈なゾンビの感染源なのだ。

 鋭い爪の攻撃を一定以上受けると、プレイヤーでもアンデッド化することがある。そうなったらおしまいだ。


 いや、ジェノリアは面白いゲームでアンデッド化してもゲームは続くので、逆に死霊化したまま最後までプレイするって遊び方もあるが、自分の肉体でそれをやるつもりは毛頭ない。

 奇抜なラノベじゃあるまいし、ゾンビ主人公なんていまどきないだろ。


 回復や解毒のポーションを揃えて、肉体強化ドーピングを終えてから、ボス部屋に乱入すると大きな死肉の塊がいた。

 一見するとぶよぶよに太ったゾンビだが、死肉を集めて人の形にした肉ゴーレムってのが一番近い。


 死肉が蠢いているのは、生理的に嫌悪感を覚える。

 しかも、鋭い毒の牙を持っていて、それでゾンビ感染までさせてくるのだから最低だ。


中級ミドル イア 飛翔フォイ!」


 ファイアーボールの呪文。ゾンビが炎に弱いのはセオリー通りである。マナの限界まで撃ちまくって、近くにあった松明まで投げつけてやる。

 グズグズと死肉を燃え上がらせながら、ゾンビキャリアはこっちに飛びかかってきた。


「ぐあぁぁぁ!」


 野太い声、三階のマーダートロールのように知性がないようなのはありがたい。


「お前は喋ったり、しないんだ、なっと!」

「ぐおおおぉぉん!」


 悲鳴のような雄叫びのような、どこか物悲しい叫びを上げて巨大な死肉の塊の化物は毒の爪を振るってくるだけだ。

 見た目よりも素早いが、知能がないために動きは短調。ヒットアンドアウェイで、霊刀『怨刹丸おんさつまる』で斬り続ける。


「おら、おらっ、オラァァァ!」

「ぐおおおぉぉん!」


 毒の爪を振るう、太い腕さえ潰してしまえばこっちの勝ちだ。

 相手の振るう腕の攻撃を避けながら、俺は腕が千切れるまで霊刀を振るい続けた。


「ぎゅギャギャぎゃギャギャ」


 ボトッと、腐り落ちるようにゾンビキャリアの両腕が落ちる。死肉の塊はキュルキュルと、名状しがたい雄叫びを上げる。

 毒の爪攻撃が出来なくなった敵がどうするのかと思いきや、今度はでかい図体でそのまま突っ込んできた。


「うあっ、体当たりかよ」


 慌ててかわすと、ズサーーと石の床に顔をこすりつけるようにして倒れこんだ。

 ゾンビキャリアは、頭と足だけで器用に起き上がる。もちろん、それを放置してはおかず俺は背中にも、霊刀による斬撃を叩きこんでいく。


「ギギャ、ギギャァァァ!」

「なかなかしぶとい」


 足と頭だけで暴れまわるゾンビキャリアだが、それでも確実に斬撃ダメージは累積していく。

 斬るたびに、その激しい動きは徐々に緩慢になり、やがて動かなくなった。


「ハァハァ……」


 俺は荒い息を整えながら、回復ポーションを飲み干した。解毒ポーションも一応飲んでおく、毒の爪の攻撃を何度か食らった。

 累積ダメージが大きいと、本当にアンデッド化することもある。解毒ポーションは、万能ではないが毒ダメージなのだから効くはずだ。


 宝箱が出たから、死んだのだろうが念のために部屋の松明を持って残りの死肉の塊を焼いておく。全部焼いてしまってようやく安心できるのだ。

 背を向けたときに、いきなり復活とか堪ったものじゃないからな。アンデッド系の敵は油断ならない。


「さてと、宝箱は……」


 あいかわらず、金貨は溜まって荷物になるので捨てる。一人だと重量制限がシビアになるのも難易度が上がる要素で楽しい。

 俺に必要なのは、マナ回復薬として使い捨てできる宝石とよっぽど役に立つアイテムだけだ。


減術師の外套(ディミニッシュマント)か」


 予想通りのレアアイテムだ。この宝箱では、たいてい『黒衣の外套』か『暗黒の外套』が出る。

 どちらも燃えにくい布で出来ており、それ自体が魔法耐久力を持っている上に隠密性を高める効果がある、


 この『減術師の外套(ディミニッシュマント)』は、上位互換のレアアイテムだ。魔法だけでなく竜のブレスを含めた、あらゆる遠距離攻撃の威力を減殺する効果がある。

 本来ならかなり低い確率でしか出ないのだが、一人でボスを倒すとレアの出現率が極端に上がるのだ。


 ジェノリアには、通称『お一人様ボーナス』というものがある。一人プレイへのご褒美のようなものだ。

 ボスの宝箱だけは、罠がかかってないことも含めて、ジェノリアは上級者向けに単独プレイで遊べるゲームバランスの調整が取られているのである。


 『減術師の外套(ディミニッシュマント)』は、羽織ってみると少し重たい布地ではあったが、その分だけ防御効果が強そうだ。

 鎧の上から装備できるのも悪くはない。もちろん、隠密性を高める効果もしっかりとある。


 例えば、ジェノリアには隠密ハイディングというスキルがある。

 盗賊、忍者が最も得意とするスキルである。侍は苦手とする技術だが、一人で生きていくには強い敵をやり過ごす必要性も出てくるだろう。


 これからは、それも徐々に鍛えていくべきだ。俺が目指すのは、一人で生きていける万能型だからな。

 そして、最後に『死霊の鍵』で五階への扉を開ける。ここはパターンだな。さっさと五階に向かおう。


 ゾンビやスケルトン、さほど強くもなかったが、すでに死んでいる敵ってのは殺りにくかった。

 すでに死んでる敵を斬っても張り合いがない。この階層には、もうあまり来たくないものだ。

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