聖者達part アルザール城での居住生活-6
最初に花多美ちゃんの部屋になる予定の部屋なのだけど、その部屋はかなり和のテイストが強かった。まぁ、寝る所は布団ではなくベッドだし、所々洋風のイメージはあるけれども和室のような雰囲気があった。まぁ、一番の驚きは部屋の中に咲いている一面の撫子の花と大きな桜の木だった。ちなみに説明してくれるのはナトさんだった。ガンさんも知らない時代の人だろうしね……。
「この部屋は二十年ぐらい前までテンペストにいたネルケが使っていた部屋だ。こいつはテンペストに入る少し前に夫を亡くしていてな。あの時には忘れ形見の子を抱きながらここにいたよ。…………でもな、その子供が結婚して孫が出来てから数ヶ月で悪質な魔族が攻めてきた。その時にネルケは必死に守ったが、孫を守るためにその子供が犠牲になった。ネルケが悪い訳じゃない。子供とその夫が孫を守るのに必死になっていた結果、亡くなってしまった。」
どんな魔術を使ったのかを聞くと、どうやら自身を魔力に変えて、子供を自身の魔力で擬態した木の中にネルケさんの孫娘を中に隠したらしい。その守りは数時間ならどのような攻撃にも耐えきられるらしいのだ。その代わりに一定以上の攻撃を受けると擬態状態から戻れなくなり、死亡したということになった事になるらしい。
「その事から孫に両親を奪った事への後悔からネルケは孫娘に対して沢山の愛情を持って育てていたんだ。この部屋にはネルケが好きだった撫子の花や孫娘の両親が擬態した桜から植樹した桜が咲いているわけだ。まぁ、本当の桜はネルケの家の方に移っているがな。」
「でも、ネルケさんはどこへ…………。」
「ネルケは病に臥して抜ける事になった。孫娘の方もしばらくはネルケが闘えなくなったぐらいの体だったんだが、最近になってから寝たきりになっているからということでアルクレーガンを抜けて看病しているという話だ。」
最初はネルケさんもテンペストの方に誘ったらしいけれど、テンペストのメンバーの異常さに耐えられる気がしないとアルクレーガンの方に入ったらしい。………まぁ、一応アルクレーガン団長のベルさんの下で働いているらしいけどね。
「撫子と桜の世話はサーティの部屋の木と同じように管理されているから心配ないよ。」
「それなら良かったです。さすがに私ではこの桜や撫子を枯れないように管理するのは難しいですから……。」
その言葉から花多美ちゃんはその事を了承してその部屋を選んだのだった。しかし、部屋の入り口から見ていただけだと分からなかった部分も浮き彫りになる。やはり、爆破のあの人の力の影響はこんな所にまで来ているのかと。
「なんで、部屋の中に温泉があるんですか?」
「…………私も初めて知ったよ。ここに温泉あったんだね。」
「きゅー。」(こっちにはとっくりが置いてあるよ~。)
「とっくりの下には水に浮くおぼんやら酒が置いてあるな……。」
「…………あれは俺が70年程前に無くしたと思っていた竜酒の瓶だ……。飲み干されているな………残りはネルケの実家に置いてあるんだろうな……。置いていっているのは返してもらうか……。」
そう、温泉である。桜の陰になって気付かなかったけど、立派な岩造りの温泉だ。ご丁寧に温泉が流れている滝のような所も再現されている………と思ったらさらに奥に滝行できそうなほどの大きさの滝がそこにはあった。…………水しぶきが凄いのにも関わらず服が濡れる感触が無かった。
「確かネルケは花見酒が好きだったな。温泉は湯治のためって事で作ってくれと爆破のアイツに頼んでいたな。だがアイツは創造する事は苦手だったからな、温泉が溢れないことと、滝の飛沫では濡れないという常識破壊を行うだけでこれ自体を作ったのはネルケだ。」
「これ、自力で作れるんですか?」
「あぁ、簡単とは言えないがな。この岩は『水岩蛇の鱗』という物で、これを丸く囲うと中に水が流れて貯まるという物だ。これの上に『炎獅子の守る岩紙』を被せ、貯まる水の温度を上げる。そして湯治のために『癒しの鉱石』を水が流れ出ている所に置けば湯治が可能な温泉の完成だ。とはいえ女子供でも三人までしか入れないほど狭いがな。ネルケ曰く当時戦った炎獅子が弱い奴で岩紙を守れていなかったから狭い奴しか作れないとぼやいていたな。」
いや、小さくても天然物のような温泉を城の部屋の中に作るなんて普通はできませんから。………とゆーかその人まだ生きているんだよなぁ………。そう思いながら、ニグルさんが竜酒を盗られたのは食堂に置いていたので気が付かない内に持ち去られていたという話だったということでこの部屋を後にすることになった。あ、僕とシロと塔子ちゃんの部屋は最盛期と呼ばれていた程のお古らしい。………なんか色んな意味で凄い部屋だと思うんですが………。
「まぁ、最初は先代と俺だけだったんだが、よく先代が拾ってきた問題児や浮浪者が多くてな。よく笑ってたよ。でも、最初に死んだ仲間の事は忘れられないよ。もっとも、ソイツのことを知っているのは俺だけだがな。」
「確か最盛期といわれた時のメンバーは8人。でも、最盛期だったのはその時だけなんだよね………。今は強いけど問題児が多いって噂ばかり。でもその時だけは本当に強いとしか言いようが無いほど強かったんだよね?」
「あぁ、そうだな。テンペスト単体でなんどか魔王やらを倒していた。ただ、俺が初めて勇者と対峙した時、アイツは死んだ。アイツは先代程では無いが、勇者と互角に戦っていた。そして、先代をのぞいたメンバーを守ってアイツは……………微笑みながら死んだんだよ。あの微笑みは今も張り付いている。………アイツの使っていた部屋は兎子が使うことになるがな。」
そう言われた兎子は神妙な顔で頷いていた。少し気が重くなるのだろう。ナトさん顔から、ナトさんがその人が死んだときの呪縛から解放されたいと感じているのかもしれない。その第一歩として、部屋を譲り渡したのだろうと、僕はそう思ったのだった。