聖者達part 特待生の事情-6
あの日、母さんはスーツを着ていた。仕事場ではあまり緊張させないようにと、ラフな格好なのだが、親に挨拶するということでキッチリとした服を選んだらしい。いや、ラフな格好と言っても汚れてもかまわないようなパーカーだった。
……いや、本社での勤務ならちゃんとスーツだけど、担当の漫画家さんの所にはパーカーで行く。そのために初見で編集さんだと分かって貰えないことが多かったらしい。
「で、あの日に俺とクロで席取っておいて仕事がそれぞれの親の仕事が終わるのを待ってたんだよ。その日は確か仕事がオフだったしな。………前日に仕事で疲れた~って言いながらバターンと倒れちまったんだけど。」
「その日はシロと話してたんだけどさぁ、シロってお店の宣伝とかのお礼で貰ってる商品券とかに一切手を出してなかったことが判明してさぁ~。まぁ僕はこれまで育てて貰ったからって父さんと行ってたけど。」
「あ、遊ぶ暇も無かったんですよね………。私もその気持ちは分かります。稽古が重なったりするなんてしょっちゅうでしたから………。」
「まぁ神兎っちに比べたら出雲っちはだいぶ時間があったからね。」
そして、お互いの親が来て、その二人が同じタイミングで止まったかと思ったら急に抱きつきあって接吻した。子供の前ではやってはいけないような、濃厚な奴な。あの時は知らなかったから余計に衝撃的だったなぁ…………でも、俺は書き慣れてるとはいえ子供の前ではやるなよ………と目を逸らし、クロは衝撃的だったのか飲んでたジンジャエールを吹き出してたな。
「で、その後に二人が僕達二人がいるのにも関わらず甘々通り越してあまったるい空気だしながらダーリンやらハニーやらを連呼してたってわけ。」
「…………なんか、両親の惚気が辛いって言ってゴメン。私のなんて全然だよ。名前呼びなくらいで辛いって言ってゴメン。よくよく考えれば子供の前ではしてないわ。やっても私を使っての間接だったわ。」
「それはそれで辛いんじゃないでしょうか………」
「いや、親の惚気話ぐらいなら良いが、あんだけラブラブなところを見せられたら耐えられんくなる。実際俺はマンションに残らせてもらったからな。仕事を理由にしたら余裕で逃げ切れたけど。」
本当にな………あの時は周りの客からも白い目で見られるわで大変だった。両親の暴走がかれこれ一時間ほどたってようやく話が始まったけどすぐ終わったな。本当に。だって用件分かってるし、それなら全然OKだよって俺とクロが同じ部屋に泊まるのも兄妹だから間違いなんか起きないよってかる~く許可したんだよ!!で、その後にラブラブ空間発生したから俺がとりあえずのために持ってきていた高級レストランのチケットやって追い払ったわけだ。
「なんかもの凄く精神を削って俺とクロが実は兄妹でした~って事が判明したんだよ。アイドルのことはお前達の知っている通りだよ。なぜか一枚だけだけどミリオン出したり冠番組持ったり…………。」
「シロに至ってはストック使っての連載まで始まったからね………読者の声が反映できないのは仕方ないかもしれないけどね~。」
「確か別冊付録で何本か描いていましたよね、シュマロさん………。先輩の作品は母も妹もよく読んでましたよ!!」
「身近にファンがいると辛いねぇ、シュマロセンセ。」
「黙れ!!あれは結構がんばってるがなぁ!!大変なんだぞ!!」
と、そうこう話をしているとガンさんが話しかけてきた。
「いやぁ~、いいねぇ、家族がこんな風に面白いって。自分はこんな人から産まれてきたんだなぁ~って発見もあってさ。」
ガンさんは元奴隷騎士だつたと聞いている。ここで親の話をするのは藪蛇だったか…………これ以上は踏み込まないようにしなければいけないかもしれないと思っていると、バカなのかアホなのか、クロとバベルがガンさんに親のことを聞いていた。
「…………ゴメンね、私には家族はいる。けど、両親のことは知らない。顔も、名前も、肌の温もりも、声も知らない。でも、私は両親について知っていることが二つある。」
……………ダメだ。これ以上聞いてはいけない。これ以上聞けば、きっとガンさんのことを同情しながら見なければならなくなる。
俺は、自分の作品の中のヒロインの心に同化しながら描いていることが多かった。自分で想像していたのは、漫画で見るような普通の両親………少なくとも、ヒロイン達は両親の顔も、名前も、声も肌の温もりも知っている。どんな形であれ、人の子が最低限親について知っていることは知っている子として描いていた。
しかし、ガンさんが親について知っている二つのことはあまりに残酷で、そして悲しかった。ただ、ガンさんの目の前で涙を流すのも、笑い飛ばすこともできない。同情も、バカにすることもこのひとは望んでいない。俺はそう思っていた。
………もうすぐ、テンペストの基地には着くのだろう。俺はそう思いながら、俯いた。なんとも、俺は気が小さい男なんだと思う。こんな事になんの反論も肯定もできない。ただ、聞いて、それを頭の中で静かに再生することしかできなかった。
「私が両親の事で知っているのは、断末魔。それと……………………………」
そう言いながらガンさんは静かに、しかしその声は鋭くて、俺達の心に刺さった。俺達は決してその答えを言わない。言うことなどない、いやできない。
「殺したときの手の感覚…………かなぁ?」
ガンさんの目から、光が消えていた。やはり、聞くべきでは無かったのだろう。しかし、数分経つと、光が戻っていた。
「あぁ、私達の基地が見えてきたね。あれが私達、ジーブルフリーデ公国第四騎士団、テンペストの拠点だよ。」
そう言われて見えたのは、砦のような……しかし、今はその権威は廃れているように見えるが見た目だけなら立派な城だった。色は灰色の石造りで、様式としてはゴシック様式のような………灰色の石にオレンジと紫のステンドグラスが怪しく光っていた。
「さてと、ようこそ。私達の城………旧アルザール城へ。」
ガンさんはまるで舞台に立ったように、優雅な礼をした。それは、俺達を歓迎しているのか、はたまたただ面白がっているだけなのかは分からなかった。
これからしばらくは人物紹介の回になります。テンペストのメンバーはかなり個性的なので時間がかかります。これが終わったら何本か流達の話をやってからアトラクションになると思います。