操さんが風邪をひきました。
朝、隣で妻の操が赤い顔をしてベッドで丸まっていた。結婚三年目にして初めて遭遇した事態だ。
「今日、会社休む……連絡してくれない?」
まるで最近はやりのドラマでもあるまいし……なんて言ってなどいられなかった。
「えっとー、た、体温計は!?」
そっそうだ、確か居間、電話台の引出し! 慌てて飛び起き階段を駆け降りた。
はたして救急箱はそこにあったわけだが……電話機を前に壁の時計を見上げるとまだ六時を過ぎたばかり。
連絡は後だ、まだ早い。この時点で俺は自分も今日は休むと決めたのだが。
学生時代含む七年の交際期間で操が会社や学校を休むことはあった。病気や怪我などの他に、一、二度は明らかにズル休みだろ……それ? なんてことも。
だが、どんな時でも会社への連絡は自分で入れるのが操だった。痛みや具合の悪さをこらえながらだったり、救急車に乗せられる直前でも、誰かにそれを頼んだことはない。
賢しい操はズル休みの言い訳を上手い事取り繕える位には口達者だったが、それに『俺を巻き込まない』潔ぎ良さみたいな面ももっていた。ズル休みだって窮地に陥った友人のため、休む理由を明かせないから嘘が必要だったことも俺は知っている。
そんな操の口から『代わりに』電話してなんて言葉を聞くなど……耳を疑った。熱で脳が融けているのかとも思った。いや、これは俺を頼ってるんだと気づき、俺がついてやらねばのような気分になって少し誇らしくもあり。
病院へ連れて行く準備や手当やら、いつになくまめまめしく世話をした後、時間を見計らい操の会社へ電話した。もちろん、名乗りも挨拶も丁寧に夫らしくした。
ほっとして二階の寝室へ戻り「連絡しといたから」と伝えながら操の額に手を当てて気づく。自分の連絡がまだだった! と。傍らにある子機からすぐさま電話を入れた。
「実は家内が高熱でして、今日は休んで看病したいのです」
それは子機を切った直後の事だった。
「あのね、家内っていうのは仕事をしていない専業主婦を指す言葉よね? 私はフルタイムでバリバリ働いているのよ。せめて妻とかって言うべきだと思う。それって侮辱されてる気分だよ。あなたの中でわたしの存在ってそんなんなんだ。ばあちゃんっ子とは知ってたけど、なんかやってらんないわぁー」
熱があろうがなかろうが、強い操は健在でガラガラ声で一気に押しまくられてしまった。
未年正月明け……今年一年の始まりを象徴するような朝。
(おしまい)
今回は……はい、最後の企画らしいので、
「参加することに意味がある」と片目閉じてくださいませ。(--;)