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(前日談)005 魔法の封印球

 カロンはまだツキノ達と話していくと言ったので、ユウは一人来た道を戻る。まだ時間は十分にあったので、友人を探そうと心当たりの場所を見て回った。しかし、結局見つからず、寮として割り振られた一軒家に戻ることにした。

 この一軒家は通常の寮とは別に学院側が用意したもので、どちらかというと、ユウではなくカロンのためのものだ。というのも、議長がカロンの入学に便宜を図ったためであり、この寮もその一環なのだ。ただ、部屋が余っているため、ユウとカロンの友人であるリックと一緒に住むことにしたのだ。

「ただいま~。誰かいる?」

 寮に帰って声を掛けると、

「あら。ユウちゃん。どこに行ってらしたんですか?」

 思わぬところで探し人の声を聞くことになった。

「カエデっ! そっちこそどうしてここに? 探してたのに」

「あら、ごめんなさい。リックさんに誘われたもので」

「あ、そうだったんだ」

 理由がわかれば単純で、道理で探しても見つからない訳だ。

 ということは、リックは当然いて然るべきなのだが、声を聞かない。

「リック?」

 不審に思って彼の名を呼ぶと、奥から物凄い音が響いて来て、

「ちょ、待って。今行く! 痛ぇ――」

 何やら慌てた感じのある彼の声が聞こえた。ユウは首を傾げ、騒音のした方に足を向ける。居間からはカエデがカップ片手に出て来て、ユウの顔を見てから首を傾げ、

「いかがなされたんでしょうね?」

「さあ、でも助けに行った方がよさそうだよね」

「そうですね」

 カエデは一度カップを置きに居間に戻り、それから長い包みを持って戻ってきた。

 カエデ――蘆野楓はフロイス連邦の遥か東方の半島に位置する国、桜花皇国の出で、ある筋では有名な家計の血筋らしい。そうカロンから聞かされた。彼女自身は自らの出生についてはなにも語らないので、ユウも深くは訊こうとは思わない。別に知らなければ友達でないなんてことはないのだから。

 彼女の容姿はひと言でいうなら可憐だ。背中半ばまでの波打つ栗色の髪と東方人特有の漆黒の瞳。いつも優しい微笑みを浮かべているさまは同性から見ても可愛いと思ってしまう。ただ、ユウとして羨ましいのは胸の大きさ。ユウも決して小さいわけではないが、彼女と比べるとどうしても見劣りしてしまう。何かしらの動作をするたびに揺れる胸とはいかがなものだろうか。

 思わず胸を注視していたユウの視線に気が付き、頬を染めて隠そうとする。その姿は思わず抱きしめたくなるぐらい可愛いが、ユウはその考えを自制し、リックがいるだろう工房にカエデを促して歩き出す。

 ユウが工房の扉を恐る恐る開くと、中は大量の荷物が雪崩を起こし、リックはそれに巻き込まれたらしい。この大量の荷物はカロンたちがもともと住んでいた旧魔法街の店にあったものを昨日運び込んだもので、片づけが出来て居なかったものだ。

「大丈夫?」

「ああ、生きてるし大丈夫だろ」

 そう言いながら彼は体の上に乗っていた工具の類を払い落とし、その身を起こす。

「あんまり重いものじゃなくてよかったね? いくらなんでも死体の発見者にはなりたくないし」

「まあ、な……でも、これだけ量があると結構痛いんだぜ?」

 手にした小さめの工具を投げて寄こしてくるのをユウは両手で受け止めた。それは見た目よりもずっしりしていて、確かにこれが大量に降りかかってきたら痛いに決まってる。

「で、リックは誘った客人を放り出して、ここでなにしてたの?」

 カエデの話を思い返して問うと、彼は困ったように焦げ茶色の髪を掻き、

「ちょっと渡すものがあったんだけどよ、まだ整理してないから見付かんねぇんだよ」

 そういうことか。リックは無精髭の生えた顎に手を当て、積まれた数々の箱を見回す。

「手伝おうか?」

「あー……そうしてくれるのは嬉しいがさっきみたいに崩れるとあぶねぇからいいよ。二人は居間でお茶でも飲んでてくれ」

「一人で見つかりそうなの?」

 問うと、リックは腕を組んで、さらに首を傾げ、

「……無理かもな」

「でしょ。だったら手伝うから。なにを探してるの?」

 ユウは制服の袖を捲る。リックは手振りを交えながら、

「こんくらいの銀色の球体がいっぱい入った箱なんだけどな。どんな箱に入れたのか覚えてねぇんだよ」

「わかった。とりあえず、あたしは手当たり次第開けてくから」

「おう」

 二人がかりで捜索を続けるが、箱の数が多すぎて作業が思うように進まない。いや、進んではいるのだが、肝心のものが見つからない、というべきか。

 カエデも見ているだけでは手持無沙汰だったのか、捜索に加わり、それからおよそ十分後、カエデが大量の荷物の中から探し当てた。

「いや、助かった。一人だったら夕方までかかってたかもな」

「なのにカエデちゃんを呼んだわけ?」

 ユウがジト目で見ると、リックは怯んだようになり、それからしゅんと肩を落とす。

「すいませんでした」

 カエデに向けて謝ると、彼女は大げさなぐらい首を横に振って、

「いえ、めっそうもない。顔をあげてください。わたしのためにしてくれていたんですから、謝ることなんてないですよ」

 胸が揺れてるな、とユウは思ったが、それは口に出さず、

「で、それってなに?」

 木箱に大量に詰められた銀色の球体を指差すと、リックはそれを箱ごと抱え上げ、

「説明するよりも見てもらった方が早い」

 なんだかカロンみたいだな、とは思ったが、先に工房を出て行くリックの後に黙って付いて行く。

「なんでしょうね。少し楽しみです」

 カエデは未知のものへの興味が止められないのか、にこにことしている。ユウもつられて笑う。確かにあの銀色の球体はなんなのか、気にならないと言えば嘘になる。

 居間に戻った後、リックはお茶の用意をしてからユウとカエデの座っているのの反対側のソファに腰掛ける。

「で、それはなに?」

 ユウが口火を切ると、リックは少し笑ってから、

「こいつは魔法具の一種でな。まあ、もちろんカロンが造ったやつだが」

 一つを手に取って、表面をすっと撫でて見せると、銀色の球体が『解け』、小さめの楯へと姿を変えた。

「それは――」

 カエデが驚きの声を漏らす。ユウは声を上げる事すら忘れてリックの手元を見入っていた。

「こいつは陽炎の楯。認識阻害を起こし、相手に狙いを付けさせない防具だな。しかし、一目見ただけでこいつのことがわかるなんて、やはり嬢ちゃんはその血筋のもんってわけか」

「ええ、まあそれは否定しませんが。しかし、それは本物ではありませんね? 時の経過が感じられませんから」

「ハハ、そこまでわかるか。こいつは驚いた」

 にやりと笑い、リックはカエデへ楯を投げて寄こした。その途中、楯は元の球体へと戻り、カエデの手にしっかりと受け止められた。

「封印の解除が維持されるのは解呪者が魔素を流し込んでいる間だけ。供給を断てば球体に戻る」

「なるほど。持ち運びには便利そうですね。しかし、これをわたしに?」

「正確にはそれじゃないがな。えーっと……これ、かな?」

 箱を漁り、もう一つの球体を取り出すと、それを再びカエデに投げて寄こす。彼女はそれを危うげなく受け取り、しげしげと眺めてから、

「これは?」

「さあ、なんだろうな? とりあえず、解呪してみるといいさ。でも、人から離れてな」

 言われた通りに離れ、左手に握った球体へ指を滑らせる。

 すると、先ほどと同じように球体が解け、そして、

「刀、ですか……しかもこれは」

 彼女の言う通り、それは『刀』と呼ばれる桜花独特の武器である細身の湾曲刀だった。

「そう、《蛟》だ。無論、機能を似せた偽物だがな」

 答えたのは戻って来たカロン。カエデは彼の登場そのものには驚いた様子はなかったが、言葉には興味を惹かれたらしい。

「さきほどの楯もそうでしたが、なぜわざわざ偽物を?」

「ただの暇つぶし、って言って信じるか?」

「ある程度は。しかし、これらのものは暇つぶし程度で造れるものとは到底思えませんが」

「さて、それはどうかな?」

 意地悪くカロンは笑い、

「それはやる。好きに使うといい」

「……では、これはありがたくちょうだいします」

 カエデは魔素を注ぐのをやめ、刀が球体に戻る。

 カロンは入口から歩いて来て、リックの隣に腰掛ける。その彼へ向け、カエデは、

「学園に戻って来たということは、また魔法具の研究を再開されるのですか?」

「まあ、それが議長の命だしな。とはいうものの、何を作ろうか悩みどころではあるが」

 苦い顔で球体を弄ぶカロン。その表情をしばらく見つめてからカエデは切り出した。

「では、わたしからの依頼を受けていただけますか?」

「依頼、ね。それにわたしたちということは、フォルの依頼でもあるということか」

「ええ。手が空いているなら、でかまわないとフォルさんは言ってました。ですので、お暇なときにフォルさんの工房に来ていただければ、と思います」

「この場で訊くことは出来ないのか?」

 カロンの訝しがる声に、カエデは苦笑を漏らし、

「実を言うと、わたしもよくは聞かされていないんですよ」

「それでもわたしたち、と言ったのか? それは矛盾してないか?」

「わたしのためのものだ、とフォルさんはおっしゃっていたので、間接的にはわたしの依頼でもあると思います」

「なるほどね」

 得心した、と呟き、リックの分のお茶に手を付けた。リックは彼に半目を向けたが、ため息をついて、お茶を用意しに立ち上がる。

「では、授業が始まるまでには一度フォルの工房を訪ねてみよう。それでいいだろ?」

「ええ。よろしくお願いします」

 ぺこりと頭を下げ、それからカロンににっこりと笑いかける。しかし、彼は眉一つ動かさず、鷹揚に頷いたのみだった。

 それから後は特に医らの話にも触れることなく、リックが作りおいた焼き菓子に舌鼓を打ち、雑談に花を咲かせただけだった。

 カエデが寮に戻る帰り際、カロンは思い出したように腰の物入れを漁って、一つの包みを手渡した。

「入学祝、ってところだ。ユウにもあげたから、一応な」

 こういうところが妙に公平だ。それが顔に出てたのか、カロンは呆れを見せ、

「お前にはもうあげただろ? これ以上何かが欲しいなら、それなりの成果を見せてからにしろ」

「そういうんじゃなくって……ああ、もういいよ。なんでもないから」

「?」

 カロンは疑問符を浮かべていたが、突っ込んでも仕方ないと判断したのか、肩を竦めて追求はしてこなかった。その横でカエデは困ったような顔をしていたが。

「じゃあ、また今度ね。見かけたら絶対に声かけてね」

「ええ、また今度。はい、お見かけしたら、ぜひ」

 互いに挨拶を交わし、カエデは初春の未だ暮れの早い、夕空の下を歩き出す。

 ユウはそれを手を振って見送り、カエデはそれに応えるために何度も振り返って手を振り返してくれた。

 姿が見えなくなるころには、すっかり闇の帳が辺りを包んでいて、ユウはカロンに促がされて中へと入る。

 今日も一日、とても充実していたと、そう素直に思う。カロンに出会ってからの毎日は、何かしらの刺激がある。だから、感謝の気持ちを込めて、彼の背中を軽く叩いた。


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