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(前日談)004 媒介と精霊石

 少し静かになった詰所。他には人がいないようで、ユウたちがお茶を飲む音以外、時折外から鳥の声が聞こえてくるくらいだ。

「さて、本題に入ろうか」

 唐突に、ツキノがにっこり笑ってそう言った。何を突然、と思ってユウが彼女の顔をまじまじと見る。

「ん? なんだ、ユウ?」

 実に楽しそうに笑う人だ。

「いえ、あれで用は終わりなのかと思ってたから」

「そうではなかったらしいな」

 完全に諦めた口調でカロンが同意すると、ツキノは不本意そうに、

「何を言う。お前が頼んできた要件だろう?」

 その言葉にカロンは軽く目をみはり、

「もう準備出来たというのか? まだまだかかると思っていたが……」

「私を舐めるなよ? 可愛い教え子のためなら、努力は惜しまんさ」

「なんの話?」

 どうやら、カロンがツキノに頼みごとをしていたらしいのはわかるが、内容はさっぱりだ。

「聞くよりも現物を見た方が早いわ。ちなみに、今朝出るのが遅れたのはこれがあったからよ」

 そう言って、彼女は一度立ち上がってからどこかに行ってしまう。

 ミリアも要件はわかってないのか、

「ツキノになにをお願いしたの?」

「見てからのお楽しみ、ということで」

 少し意地悪く言うカロンにミリアは頬を膨らませて見せる。

「可愛いが、あんまりそういう表情外ではしない方がいい」

「う……そ、そう?」

 しっかりと頷くカロンに、ユウも首肯することで同調した。ミリアは項垂れ、それから焼き菓子に手を伸ばす。

「それ以上は成長しないんだから、横に大きくなるぞ」

 戻ってきたツキノがからかうように言うと、ミリアの手がぴたりと止まる。

「みんなのイジワル……」

 口をとがらせて拗ねて見せるミリアのことを素直に可愛いと思ってしまうユウだった。年齢的にも立場的にもミリアの方が上の筈ではあるが。

 再び椅子に腰掛けたツキノが手に小さめの箱を持っているのにユウは気が付いた。

「今朝届いたばかりでな、私も現物を確かめてないから少々不安は残るが――」

 施錠してあった古びた箱に鍵を差し込み、開錠する。見た目の割に重い音を立てて鍵が外れ、蓋が少し浮く。その隙間から、わずかだが光が漏れていた。脈を打つように緩やかに明滅する光。ユウは思わずその光に手を伸ばしていた。

 ツキノ蓋を開くと、そこには硬貨大の透明な結晶の中に四色の光が浮かぶ不思議な石があった。

「これは……?」

 手を伸ばしたものの、なんだか怖くなって引っ込めてしまった。振り向いてカロンに問うと、

「天然の精霊石だ。お前の媒介用にと思ってな」

「精霊、石って……ええっ!?」

 思わず体ごと振り返り、カロンに詰め寄ってしまった。カロンの言っていることは理解出来る。だが、普通媒介は学院の入学時に適正に合わせて配布されるものがほとんどだ。だが、カロンはそれに先駆け、精霊石を媒介としてユウに渡すと言っているのだ。

 しかも、精霊石というのは、まさしくフロイスの信仰対象である精霊にまつわるもの。当然、希少性は高い。どんなに低位の精霊石でも人が半年は食べることが出来る程の値段で取引される。

「そんなに驚くことか? 私の媒介もそうだぞ」

 そう言って、手袋を外して、右手の中指に填まっている指輪の石を見せる。それは常に色が変化する不思議なもので、見ていると吸い込まれそうになる。

「神煌幻珠。等級で言えばまさしく第一等級。そして、そこにある四煌宝珠は第二等級だ。少しは喜んこんだらどうだ?」

 揶揄するように言われ、しかしユウは、

「だいに、と……きゅ」

 驚きすぎて何を考えていいのかわからない。

 媒介は十の等級に割り振られる。厳密には等級の中でもさらに細かな区分けがある。通常、学院で配布されるのは第九か第八等級。

 余程成績がよくて将来を期待されたとしても、第七等級がもらえるかどうか。そして、金に任せて高位の媒介を手に入れたような貴族でもせいぜい第四等級ぐらいが関の山。それは金銭面の問題ではなく、才能の問題。いくら金を積もうとも、使えない媒介は無用の長物ということだ。すなわち、上位三等級は扱える人の存在そのものが幻と言われるほどの媒介だ。

 ユウは心を落ち着かせようと、緑茶を呷って、しばらく顔を手で覆って俯いた。

「なあ、月乃。そんなに驚くようなことか?」

「お前の価値観のズレは相変わらずだな。普通の魔法使いなら第三等級だと聞いただけで失神する程だろう?」

「そうねぇ……ユウちゃんはまだ魔法使いではないけど、媒介、それも精霊石の価値だけは一般人でも常識だものね」

 三人の会話を右から左に聞き流し、しばらく頭の中を空っぽにした。

 数分経った頃だろうか、ようやく落ち着いてきたので、もう一度冷めかけた緑茶を口に含んで潤してから、

「わかった。これが第二等級なのはわかったよ。でも、これは受け取れない」

 カロンの目をしっかりと見据えながらそう告げると、彼は肩を竦め、ツキノに視線を遣る。それを受けてツキノが頷き、ユウの顔を無理やりツキノの方へと向ける。

「ちょっとこっち向きなさい」

「もう向いてる。というか、それ以上捻ると首が……」

 首が変なことにならないうちに体ごと彼女の方を向いた方が良さそうだ。慌ててツキノに向き直ると、彼女はじっとユウの目を覗き込んで、

「実はこの精霊石ってもともとカロンのものなのよ。でも、カロンはすでに第一等級のを持ってたから、条件付きで人に貸してたのよ。それを今朝がた返してもらった訳。で、それを貴女に託したいって言ってるの」

 彼女はそこで言葉を切り、

「そもそも、この精霊石はとある理由で精霊からカロンに渡されたものなの。渡された理由はただ一つ。この石に相応しい人物にこれを渡すため。わかった? カロンは貴女がこれに相応しいを思ってる」

「精霊……から?」

「ええ、四年ほど前にね」

 ユウは視線を箱に収まったままの精霊石に向けた。四色の光に心が吸い込まれそうだ。

「じつを言うと、その光は媒介の共鳴光だ。つまり、この場にそれに相応しい人物がいるということだ。ちなみに、私は共鳴光は出なかった」

 ツキノが言ったことを鵜呑みにすれば、これはユウのためにあるということだ。

「さらに言えば、私にも反応しなかった。ミリアは知らないがな」

「多分、わたしも違うよ。共鳴は媒介側だけの反応じゃないもの」

 ユウは唾を飲み込もうとして、口の中が乾いていることに気が付いた。

 震える指で光を明滅させ続ける精霊石に手を伸ばし、そして、触れた。

 自分の中で何かが弾ける感覚があった。そして、世界の見え方が急速に変化していった。今まで見えなかったものが見える。それは、淡く色づいた靄のようなもので、部屋のあちこちを漂っている。そして、靄よりも濃密なものがツキノやミリアの体を薄く覆っている。カロンはと目を向けると、靄のようなレベルではなく、もっとはっきりした形をしたものが彼の背中にあった。

「翼……?」

「見えたか」

 カロンが困ったように笑い、それから、ユウの触れてる精霊石に手を伸ばし、

“――気高き龍の魂よ。彼の者を使い手と任じるならば、其の力を与えよ”

 そう唱えると、精霊石から何かが流れ込んできて、ユウの全身を駆け巡った。それは熱く全身を満たして、それから潮が引くように感覚が薄くなっていく。だが、完全にはなくならず、全身に何かがあるのがはっきりと感じられる。

「大丈夫か、ユウ?」

「へ? あ、うん」

 未知の感覚にぼうっとしてしまい、カロンに声を掛けられて意識がはっきりとした。

「おめでとう、ユウ。これでお前も魔法使いの仲間入りだな」

「おめでとう」

 ツキノに抱き締められ、ユウは曖昧に頷いた。おそらく、今全身を満たしているのが魔法の力。

 ツキノの肩越しに見える世界はそう大きく変わった訳ではないが、少し意識すれば、さっきと同じように薄く靄のようなものが見える。

「ああ、魔素を視ているのか。どうだ、世界の見え方は?」

「不思議。今まで何もないとしか感じなかったのに、今は世界に存在が満ちているのを感じる」

「魔法というのは存在に対して働き掛ける力だ。使い方を誤れば世界が揺らぐ。そのことを覚えておけ。だが、お前に世界を思う気持ちがあるなら、そんな心配は要らないがな」

 カロンの忠告を胸に刻んで、ユウはツキノの抱擁から逃れた。

 ユウはカロンの方に向き直り、頭を下げた。

「こんなにすごいものをありがとう。大切にするから」

「私は約束を果たしただけだ。だが、絶対になくすなよ。そのためにこれに入れておけ」

 そう言って差し出されたのは、撫子の彫金がなされたペンダント。ヘッドの部分は蓋が開くようになっており、中に宝石を固定できるように爪が付いている。

「これとその精霊石があれば、それだけでかなりの加護になる。肌身離さず持っておけ」

「これは?」

 すごく用意がいい。ペンダントの出所を訊くと、ツキノが後ろから抱きついて来て、耳元で囁く。

「カロンのお手製だ」

「へっ……」

 間の抜けた声が漏れた。器用な人間だとは思ったが、ここまで出来るとは思わなかった。

 ユウはペンダントを胸に抱き、カロンの顔を見ないまま、

「ありがとう」

と、それだけを言う。

「ああ。これでお前も晴れて魔法使いの仲間入りだな。これから魔術師、そして魔導師になれるかはお前の研鑚次第だ。頑張れよ」

 頭を撫でられてユウは余計に彼の顔を見れなくなってしまった。


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