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019 急ぐ者、見下ろす者

 フォルの話を聞き終えた二人は、旅装を整えると早速市外へと旅立った。


 足の速さを考えれば、断然馬に直接乗った方が早いのだが、如何せん荷物がかさばるものとなったため、仕方なく馬車でと相成った。

 その荷物を積み込んだのはフォルであり、カロンは不要と言ったが、荷物を用立ててもらったのを理由に、無理やり詰め込まれた次第である。


「とはいえ、これのせいで余計足が遅くなってないかね?」

 リックは冗談交じりに荷台を占拠するそれを評したが、カロンとしてはなくても構わないが、あればことさら便利であるのを否定できないので、答えに窮した。

 その正体は結界を作り出すための核。それも、ただの結界ではなく、精霊をとらえ、弱らせ、そして、殺すためのもの。フォルがどういう意図でこれを寄こしたのかの真意は不明だが、先ほどの話を聞く限りでは、確かに必要なのは確かだ。


「さて、時間は有限だ。できる限り急ぐとするか……」


 呟き、カロンは馬が牽く荷台びかかる荷重を軽減するための魔法を発動させる。魔法を使えるものだけが認知可能な薄い光が一瞬荷台を覆い、効力はすぐさま発揮された。


「ほんじゃ、急ぐとしますか……」


 馬に鞭を入れると、速度が上がる。荷台にかかる荷重は搭乗者二人のものも含まれる。完全に荷重をなくした場合、地面の凹凸で浮き上がって悲惨な目にあうのは目に見えていたので、さすがにそれはしていないが、馬にかかる負担は限りなく少なくなっている。

 そのため、馬は馬車では到底出ない速度で北を目指しひた走った。




 その様子を市内、ひと際高い建物の窓から見下ろし、口の端に笑みを浮かべる男が一人。

 市壁よりも高い建物というのは市内では限られており、そのいずれもが「議会」すなわち市政にかかわるものだ。

 つまり、出入りの業者でなければ、その男は政治に関わる一員であることは疑いようもないのだが、浮かべる笑みの種類が些か酷薄、もしくは嘲笑とも取れるものであった。


「あいつらが出たか。ならば、私も私の計画を進めよう」


 窓から目を離し、室内に目を向ける。

 広い部屋だ。

 それもその筈で、市壁を超す建造物であり、市内で最も大きな建造物でもあるそこの、一つの階丸々使用した部屋。


 そして、その中でも最も目を引くのは、窓際に設えた重厚な執務用の机、ではなく、


 ――円卓


 そう表現した差支えのない、十数人が同席できるような円形の机。


 執務机と比べれば重厚感はないし、所々を端材で継ぎ足し、統一感のない色合いではあるが、部屋の中央を陣取るそれは異質の一言に尽きた。


 そして、その異質さは円卓の周囲を思い思いの恰好で囲む人々も含まれている。

 男もいる。女もいる。少年と言って差し支えない年齢の者もいる。かと思えば、老齢に差し掛かっているように見える者もおり、肌の色からして統一感は全くない。グランベル市、ひいてはフロイスの成り立ちからして人種差別の観念は限りなくないが、それを差し引いても同じ部屋にこれだけ多様な面子が揃うのは稀とも言える。


「さて」


 壁際で笑みを浮かべていた男が前置きのように呟く。さして大きな声ではなかったが、雑多に話を交わしていた円卓の周囲の人々は会話をやめ、男の方へ一様に目を向けた。それにひるむ様子もなく、逆にぐるりと面々を見回し、今度ははっきりとわかる笑みを浮かべた。


「邪魔者はいなくなった」


 それは独善的な笑みだった。


「であれば、我々は我々の利益の為に一仕事しようではないか」


 それは、野心家の笑みだった。


「つまり」



 それは、



「叛逆の時だ」



 叛逆者の顔だった。

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