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016 崩壊の跡地

 アリスはグランベル市の市壁を大きく迂回し、丁度魔法学園の入り口となっている門柱を壁一枚向こうに挟む位置に来ていた。

「ここからなら……」

 呟き、壁に手を当てる。


 沈む。


 同調により、壁向こうにある術式に介入し、学園への魔術的経路を辿る。その際、一度体そのものが魔素に分解されるが、この程度で崩壊するような軟な精霊ではない。


 “視界”が戻れば、そこはすでに学園の中だ。目指す場所はわかっている。旧第二鐘楼区。審議官が事を起こした場所だ。


 アリスは疑問を感じていた。知っていると言えるほどに詳しい訳ではないが、あの審議官の行動としては妙がある。以前感じた印象から言えば、緻密。そう表わすのが妥当な魔法使いだ。

 だが、それに対して先日の襲撃は杜撰に感じた。その違和に関する答えを得ようとして、アリスは再びこの場へ来たのだ。


「とはいえ……」

 市長からの命で空間の要を設置している研究者たち一向がその場所には集っていた。正直、誤算だ。

 正直な話、面識はない。音からわかるのは、彼らの内、現場を指揮している女性がカロンと親しい関係にあること。そして――


「あら」


 腰まで届く金色の髪の女性がアリスに気づいて声をあげる。知らない振りをすれば、この場から去ることは出来たが、そうはしなかった。

 逆に自分から近づいて行き、

「なんとも珍しいことじゃの、(いかずち)の」

「アナタこそ、こんな所で何をしているのかしら?」

 アリスの呼称に取り合わず、理由を問うてくる。

「昨日の出来事について、じゃ」


 迂遠な言い回しは彼女に対して意味はない。かといって、詳細な事情を聞かされているかわからない研究員たちの前で断言してしまうのも憚られる。

 しかし、金髪の研究員ラナフェリアには誤解なく伝わったようで、

「検分ならしたけど、不足かしら? それとも、アナタだからこそ知れる何かが知りたいの?」

「使用魔法についてわかれば良い」

 あの場で調べることも出来たはずだが、なにぶん余裕がなかった。


 ラナフェリアは首を少し傾け、

「知ってどうしたいのかしら?」

「質問ばかりじゃな」

「当然じゃない。アナタは自分の立場を明かしていないじゃない。例え、私がわかっていたとしても、それに甘えるものじゃないわ」

「……それもそうじゃの」

 得心した。立場を知っていたとしても、それはただの知識であり、関係ではない。つまり、自分と彼女は『他人』だ。


「失礼した」

 アリスはラナフェリアにまっすぐ向き、

「アリシエル。精霊名はアフィニターテじゃ」

 名乗る。その名乗りに、ラナフェリアとそのそばに控える灰色の髪の青年以外の者たちはざわめき、ある者は狼狽えもした。


 だが、その反応に取り合わず、

「問う。そこな要を砕いたのは如何なる魔法か?」

 ただ問う。


 そんなアリスにラナフェリアは薄く笑い、

「馬鹿ね。そこまで明かせと言ったと覚えはないわ。でも、アナタがそこまで明かすなら、私も真剣に応えなければならないわ」

 その顔から笑みが消え、重苦しい一つの事実を吐き出した。


 アリスは違和感の正体に答えが得られたことに満足すると同時、彼女の立場として大いに歓迎できぬ事態になっていることを思い知らされた。


 そんな彼女の内情を知ってか知らずか、

「そこまで思い詰めるものではないと思うわよ。私が思うに、事態は複雑に動いているけど、向いている方角は単純なはず」

「なぜそう言い切れる?」


 再び薄い笑みを浮かべるラナフェリア。

「明かさなかった事実があるわ。でも、それはアナタには教えない。いえ、アナタだけじゃない、この場にいる誰もが知らないわ。私を除いてね」


 真剣に応えると言っておいて、事実を隠していると公言する女。確かに、彼女の立場からすれば、腹に一物あってもおかしくはないが、だからと言って、

「まったく、あきれ果てた奴じゃ。カロンが一目置くのもわかるがな」

 音は嘘を吐かない。それはアリスにだけ聞こえるが故に、誰も干渉することが出来ないから。

「だが、感謝する。思い詰めるわけではなく、立場のためにわしは行動するよ」

 背を向け、この場に現れた時のように同調で壁の外へと出る。


 目指す場所は決まった。アリスは市壁超しに空を見上げ、呟く。

「させるものか」

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