007 失言と疑念
トライクロス魔法学院は広大な敷地を有しているが、その中でも一際幅をとっているのが魔法武技に関する施設だ。野外演習場然り、屋内演習場然り。合わせて全体の三分の一は占めていると言える。
休息日である闇の日――一週は闇、光、火、水、風、地の6つからなる――には、閑散とまではしないものの、授業のある平日よりは人通りが少なく、場所によっては完全に無人となる施設もある。ひと握りの物好きや熱心な研究者などでもない限り、一日しかない休息日にまで勉学に勤しむのは流石に嫌がる。それは勉学に限った話ではなく、魔法の実践にも言えることだ。
だが、足早に演習場へと向かう楓は休息日にだけ見られる特別な光景があることを知っていた。そこにいるのは酔狂な学生ではなく、宿題を出されて渋々魔法の実習をする生徒でもない。いるのは、修羅と見まごうばかりの覇気をまとい、腕のひとふりで土で出来た木偶人形を吹き飛ばす二人の姿。その二人とは、リックと月乃だ。
教員である彼らは、普段の授業で本気を出せる機会など皆無と言って差し支えない。無論、カロンやなぜか授業に同席しているアリスのような特殊すぎる人物が相手なら話は別だが、楓を含めた一般の生徒では、到底太刀打ちできるものではない。だから、彼らは誰もいない休日にこそ、己の腕を鈍らせないために全力を出す。本当の意味で全力を出してはいないかもしれないが、それでも、鍛錬に必要なだけの本気をぶつける。
演習場にたどり着いた楓が耳にするものはといえば、得物を振るう鋭い風切り音に続く陶器を割り砕く破砕音の連続。視界には、速すぎて逆に止まって見えるように錯覚してしまいそうになる武技の数々が木偶人形を叩き割る光景が映る。
木偶人形を産み出し、制御するのはこれまた教員であるミリア。彼女は小さな身に余るような大きな杖を地面に突き立て、魔法陣を展開している。生み出された人形の数はおよそ百。姿の均一性と淀みない動きは流石としか言い様がない。
だが、素人が見ればこう思うだろう。
『ミリア先生は月乃先生に押し負けている、と』
数を生み出してはいるが、どちらかというと砕かれる数の方が多い。そのせいで、全体的には数量が減る一方である人形であるが、
「段々と大きくなってるようですね」
そう、砕かれ、地面に散るたびに一回り大きな人形が生み出され、月乃とリックへと襲いかかる。しかも、生み出す総量は変わらずに、だ。つまり、月乃とリックにとってはいくら割り砕いて数を減らそうが、大きくなって、しかも変わらない数がひたすらに襲いかかるという状況なのだ。その対処に少なからぬ疲弊を要求されることは間違いない。
だが、疲弊を感じさせないばかりか、それこそ、“加速”する二人の攻防は半ば人間業を逸脱しているとしか言い様がない。
「まったく、キリがないわねッ!」
そう叫びながらも、月乃は好戦的な笑みを絶やさず、右手の鞭と左手の小刀による攻防一体、というよりは攻撃こそが防御であると言わんばかりの攻めの一手は留まるところを知らない。鞭による中距離の攻撃は一般的に必殺の威力は望むべくもないのだが、位置取りと鞭さばきの巧さ、そして、何よりも打ち下ろす速度によって、人形を一撃で、数体割り砕いている。
一方のリックは、一見防戦一方にも思えるほど、人形との距離が近いが、楓は思わず唸った。手にしている武器は両刃のロングソードを模した練習用の模造剣であろう。無言で周囲に目を走らせ、包囲による全方向からの攻撃を回避するための位置取りとそれを実現する無駄のない体捌き。滑るように移動する傍ら、柔らかな動作で振るわれる刃は的確に人形を切断する。長身を活かした間合いの取り方も絶妙と言わざるを得ない。
そんな攻防が続くこと実に三十分以上。鐘の音にも似た澄んだ金属音が学院全体に鳴り響くと、二人が同時に動きを止めた。周囲の人形も硬直し、その直後にひび割れを発生させて崩れ落ちる。
「ぷはぁ……」
リックが武器を投げ捨てて崩れ落ちる。極限状態からの開放からか、肩で大きく息をし、全身から汗が吹き出ている。
「ったく、だらしないわよ、若い女の子が見てる前で」
「そうは言ったてな。キツいもんはキツいんだよ」
呼吸が段々と落ち着いてきた彼は顔を上げ、窪地になっている演習場から外にいる楓へと手を振ってくる。楓は一礼してから彼らのそばへと駆け寄った。
「今日も見事でした」
「そう? まあ、あのくらいしないと流石に鈍るしね」
若干憂鬱そうにため息をつく。
「そうは言っても、今回はさすがにやりすぎた気もするけど……」
「まったくだぜ。ミリアは加減ってものをだな」
「はいはい、小言はいいでしょ。汗が気持ち悪いから、さっさと流したいわ」
激しい動作で崩れたポニーテールを結い直し、歩き出す月乃。
「せっかちだな、お前は」
「これでも女なのよ?」
「そりゃわかってるけどよ」
軽口を叩きながら、魔法武技の教員用施設に向かう背中をミリアとともに追いかける。
「それにしても、カエデさんは毎回来ますね? 何か理由でも?」
「理由……まあ、有り体に言えば、達人と呼ばれる人の技術を見たいといったところでしょうね。しかし……」
ミリアの見上げる視線からついと目をそらし、空を見上げる。
「…………」
「?」
言葉を続けなかった楓に訝しげな表情を浮かべる彼女だったが、さすがに引き際は心得ているのか、
「知りたいなら、本人たちに聞けばいいんですよ」
そう言って、にっこりと笑ってみせた。
「そうですね」
「何を知りたいって? 私の胸囲かしら」
「いえ、それは全然知らなくていいです」
「あら、自信あるのね」
何やら怪しい笑みを浮かべて、月乃が楓の胸を見る。楓は頬を染め、腕でその視線から庇う。
「そういうわけではなくてですね……ふぅ、もういいです」
言っても仕方ない。
「そ? 理由は察しがつくし、彼もそんな人間じゃないからね……ただまあ、彼が人間かと言うと微妙だけど」
聞き捨てならない台詞だった。前半ではなく、後半が、である。
「どう言う意味ですか? カロンさんが人間でないというのは」
「あら。やっぱり自分のことは話さないのね、彼。でも、私は彼としか言ってないのに、どうしてカロンのことだと思ったのかしらね?」
「ッ!」
失態といえば失態だ。しかし、そのことを気にかける余裕はない。
「教えていただけますか?」
視線も鋭く問うと、少し困った顔をしたリックが、
「野暮なことを言うようだが、そういうのは本人に聞くのがいいじゃないのか?」
正論ではあった。しかし、かく言う彼も、カロンのことについて知っているとみなせる言い方だ。
「じゃあ、呼んじゃいましょうか、折角だし。ユウちゃんも含めて、ね?」
いたずらっ子のような笑みを浮かべて、月乃はそう提案した。




