006 昼休み
午前の授業を消化し、今は昼時。生徒は思い思いの場所でそれぞれ昼食をとっている。カロン達もそんな生徒の例に漏れることなく、校舎と校舎の間に広がる無駄にも思える草原に腰を下ろしていた。
「そういえばさ」
昼食のパンをよく咀嚼してから飲み込んだユウがそう切り出した。カロンは冷えて硬くなったパンにかぶりつきながら視線だけを彼女に投げかけて先を促す。
「さっき、ツキノ先生の授業でさ、カロンは2つの魔法を同時に使ってなかった?」
「……どういうことだ?」
カロンにはその覚えがなく、眉を寄せて問い返す。ユウはうーんと唸ってから、
「ほら、あの時。カロンとアリスさんが組み合ってる時に、炎が周りから迫ってたでしょ? その時にカロンは相手の炎を抑えつつ、同じ魔法で凍らせたじゃない。その時のやつ」
「ああ、あれか。というよりも、お前は自分で半ば答えを言っているのに、どうして気づかないんだ? 私にはそっちの方がよほど疑問だ」
「へ? あたし答え、言ってる?」
「言ってると思いますよ」
カエデも穏やかな口調で同意する。ユウよりは魔法に触れている期間が長いせいか、すぐにからくりに気づいたらしい。まあ、からくりというほどのことでもなく、魔法武技においては基礎ではある。
「えー……なんだろ。2つの魔法を同時使えないのは常識だけども。同じ魔法?」
ユウはユウでなにやら考え込み始めた。
「事象を難しく捉えるなよ。思い出せ。私がしたことは何か、一つ一つ上げてみるといい」
「んー……アリスさんが火炎弾を撃って、それをカロンの魔法が凍らせた。そこまではいいよね?」
「ああ、間違いない。で、それからどうした?」
「カロンとアリスさんが接近して、至近から炎に包まれた。炎を凍らす魔法は右手で発動してるから、その他に魔法は発動できない。でも、右肩から……」
そこまで言ってから、カクンと首を曲げ、
「別に発動したと思ったけど、実は違ったオチ?」
「そういうこと。魔法武技では基礎的な技術だ。例えば、同じ炎を灯す魔法でも、その後に形や範囲を変えられる方が便利だろ? さっきやったのも、魔法が違うだけで同じことだ。重要なのは――」
「目先の現象にとらわれず、本質を見抜くこと?」
台詞の先を横取りして得意げに笑うユウ。カロンは軽くため息を吐く。春先の少し冷えた風はなりを潜め、五月のうららかな日差しは眠気を誘う。透明に見える空によく目を凝らせば、そこには薄くも強力な結界が張られているのを目にすることができ、ここが一種の箱庭なのだということを思い出させる。
「来週の実技は的当てやるって言ってたけどさ」
脈絡がないわけではないが、唐突に言葉を発するユウ。カロンは視線だけを彼女に投げかけると、そのことを気にした風もなく、
「コツって何かあるの?」
「コツ以前に」
カロンは風に舞う木の葉に指先を向け、
“――acus de vento”
薄い紙が破けるような小さな破裂音が鳴り、木の葉の中心に小さな穴が空く。
「どの系統の魔法を使うかによってだいぶ変わってくる。さらに言えば、同じ系統でも方策が違えば、コツも違う」
「そういうもの?」
「学年主席が聞いて呆れるよ、まったく。理論ばかり教えすぎて、頭でっかちになったか?」
「む、そうだとしたらカロンのせいだと思うよ」
クスクスと笑う声。カエデが口元を抑えながらも、堪えきれないというように笑みを漏らしている。
「そんなに笑わなくても……」
「いえ、そういうことではなくてですね」
笑いを収め、しかし、口元に微笑を湛えながら、
「本当に仲がいいな、と思って」
「心外だと言っておこう。不甲斐ない弟子に私は心底呆れている」
「不甲斐ないって! そりゃ、あたしはカロンの足元にも及んでないのはわかってるけどさ……」
尻すぼみになるユウ。カロンは咳払いをし、それから彼女の頭を軽く撫でる。
「将来性は認めてるんだ。そうでなければ精霊石の媒介など渡すものか」
「カロン……」
感銘を受けた風の彼女だったが、
「まあ、それはあくまでも魔法の才能であって、発育の方は期待できそうもないな……」
続くカロンの言葉に、額へ青筋が浮かんだ。
「うっさい、余計なお世話! そりゃ、カエデちゃんには及ばないかもしれないけど、このままじゃ終わらないんだからねっ」
「はいはい、期待しないで待ってるよ」
耳元でなおも言い募るユウという少女。
正直、カロンは彼女に救われたと思っている。幼馴染の作り出した作為的な出会いだとしても、あの朽ち果てた過去の残滓の中に漫然と身を委ねるよりは、この先、この世界の未来に何かを残したいと思わせてくれた。
だから、ユウには感謝している。今は、言葉にはしないだろう。する時があるとすれば、それはカロンのすべてを伝え終えたとき。その時世界がどんな形になっているかはわからない。一部の精霊の動きに不安は募るが、心配ばかりでは前に進めない。
ユウはふと見上げた空に浮かぶ穏やかな日差しに目を細める。カロンはそんな彼女を見やり、手の中の力を強く意識した。




