9 アローザの街
今回文字数が多くなっております。
携帯読者様には申し訳ありません。
喉を通らない朝食を、それでもコックに申し訳ないと半分ほど押し込んだ後、ティティーリアは庭へと続くテラスへ出た。
――なんて無駄に広いのかしら。
目の前に広がる景色を一望し、途方もない気分になってティティーリアは溜め息をついた。
屋敷を囲むように広がる庭園は、まるで美しいレリーフを並べたようにきれいに整備され、花々を散りばめている。その向うには林や泉といった自然風景が続いている。
先日のヘルヴォル卿の邸宅も目を瞠る広さであったが、こちらも街中とは到底思えない息を呑む規模である。
――これを全部畑にしたら、人々の暮らしも少しは潤うのに。
果てしなさに散策する気分も萎え、ティティーリアは屋敷の前庭へ向かった。厩舎がそこにあると執事に聞いたのだ。
門に向かう並木道の手前に右へ入る道があった。清涼な香りを振りまく蔓薔薇のアーチをくぐった先に、赤レンガ造りの厩舎が現れた。
開いた扉の向うから、馬の鳴く声が聞こえる。ティティーリアはそっと入り口から中を覗き込んだ。
「こらこら。そう鼻息を荒くするなよ。イイ女ってのは、感情を静かに笑顔で包み込むモンだぜ」
乾いた草のにおいが鼻をついた。
中には天井につくほど高く干草や藁が積み上げられ、その奥には馬を繋ぐ囲いが並んでいる。その一つの柵の前で見たことのある青年が一頭の黒馬をどうどう、と宥めていた。
あ、と思わず声を上げたティティーリアを青年が振り向いた。
「よう、あんたか。おはようさん」
後ろで一つに束ねた黒髪にわすかに笑んだ黒い瞳。少年の幼気なさを脱皮し始めた精悍な顔立ち。それはティティーリアがこの屋敷に来た時に御者をしていた青年だった。
「……おはよう。それ、あなたの馬?」
確かローグという名だった。
知った顔に会いなんとなくほっとした気分になって、ティティーリアは中に足を踏み入れた。
柵に近付いていくと、毛艶のいい美しい黒馬はブルル、と唸って身体を大きく震わせた。鼻頭を撫で、ローグがそれを落ち着かせる。
「侯爵の馬さ。名前はアニエス、きれいだろ。ホライン種っていうんだ。スピードと持久力にかけちゃ最高の馬種さ。狩や馬術競技会で侯爵が愛用してる。気が強いのが玉にキズ、だが侯爵の言うことだけは聞くんだよな」
前足を踏み鳴らし、アニエスは反抗するようにふいっと首を逸らす。どうやら気位の高い雌馬らしい。
手をはねのけられて、ローグは肩をすくめた。その光景にティティーリアは思わず笑う。
「あなた、ここの厩舎番だったの?」
「いいや。時々様子は見に来るけどね。本職は一応はしくれだが軍吏さ」
「じゃあ騎士団に所属しているっていうこと? でも」
ティティーリアは青年の着ている深緑色のロングコートを見た。
双翼騎士団の礼服は、確か左翼が黒、右翼が白だったはずだ。この色はどちらにも属さない。
「はは、ロジスティでは軍人といえば騎士団なんだな。残念ながらオレはしがない地方官吏さ。州にはそれぞれ、治安警吏の役割を負う騎兵団がある。ロジスティの場合は右翼騎士団がその役割を担ってるんだが――他州ではその監視取締役として、地方行政官がいる。オレはその一人さ。普段はサンジャック州の詰所にいる」
まあ実のところ領主の小間使いみたいなもんだ、と苦笑まじりに言ってローグは足元の桶の中からブラシを取り出し、アニエスのたてがみに当てた。
それを聞いてティティーリアは半ば呆れて言った。
「それでちょくちょく雑用にここへ呼ばれているの? おかしな仕事」
「まあね。別にオレは馬の世話は嫌いじゃないけどな。――ところで、どうした? こんなところで。贅沢三昧して屋敷にこもるのも飽きてきたか?」
ローグの唇の端が悪戯っぽく持ち上がる。
――おそらくローグは、ティティーリアをゲオルグの愛人だとでも思っているのであろう。言い返したくはあったが、とりあえず先に用件を伝えることにした。
「馬を……借りようと思って。アローザに行きたいの」
「アローザ?」ブラシをかける手を止めて、ローグが剣呑な眼差しをティティーリアに向けた。
「あんなところに何の用だ? ごろつきどもの巣窟だぞ。女が一人歩き出来るような場所じゃない」
「人に……会うのよ。お願い、夕刻までには戻るから。大事な用なの」
焦り出す気持ちに押されるように、ティティーリアは一歩ローグへ近付いた。
「……いいけど、あんた乗馬の経験は?」
不満げに鼻で突付いてくるアニエスを一睨みして、ローグが尋ねる。視線を土床に落してティティーリアは小さく首を振った。
「――ないわ」
ローグがフッと吹き出した。
「それでどうやって行こうって言うんだよ。道もわからないんじゃないのか?」
「大丈夫よ! 馬なんて跨いで手綱を引けばいいだけでしょう、すぐ出来るわ。私はどうしても行きたいの!」
強い口調でローグを睨み上げ、ずいともう一歩迫る。アニエスが足踏みをしながら鋭く一声鳴いた。
ティティーリアの剣幕に驚いて、ローグが目を瞬く。そしてブラシを桶に放り込み、溜め息を一つついた。
「……なんか理由ありみたいだな。しょうがない――オレが馬車で連れてってやるよ」
「言っておくけど、私は侯爵の愛人じゃないわよ」
両側に木立の立ち並ぶ緩やかな勾配を下りていく馬車の上から、ティティーリアは御者を務める青年の背に声を投げかけた。
「はは、わかってるよ。あんたどう見たって十五、六だろ? 子供は侯爵の趣味じゃない」
手綱を預かる青年が、前を向いたまま笑みを含んだ声を響かせる。
「子供じゃないわ!」
思わずティティーリアは立ち上がりかけた。だが、馬車が揺れて不本意にも腰が引き戻されてしまった。風で膨らみかけたスカートの裾を慌てて引き止める。
家紋入りの馬車は目立つということで、ローグが用意したのは庇がついた小さな簡易馬車だった。少し古いものらしく、車輪が石を弾いただけで結構揺れる。
「子供だよ、どんなに無理して大人ぶったってな」
決め付けるようなローグの言い方に唇をきゅっと引き結び、ティティーリアは流れていく景色に目をやった。
「年ではそうかもしれない、でも。……子供でいられない時だってあるのよ」
娼館での生活をティティーリアは思い浮かべた。
情報のため、生きるため、と男達に取り入るには、「純粋さ」を偽ることを覚えねばならなかった。邪魔な感情は押し殺し、自分を操れるようにしなければならなかった。
「まあ、そんなに気張るなよ」
規則正しい馬蹄の音の合間から、のんびりとした口調でローグが言った。
「ここではもうあんたは「娼婦」じゃないんだ。もっと肩の力、抜いていいんじゃないの?」
ティティーリアは深緑色の礼服の背中を見つめた。
――この人、心でも読めるのかしら。
気持ちを見透かされたような気がして、ティティーリアは目を瞬いた。吹き付ける柔らかい風が、蜂蜜色の髪をふわりと撫でた。
「……確かに私は侯爵に買われたわ。でもそれには理由があるの」
「ほう、そうかい」
「……訊かないの?」
「婦人にあれこれと質問するのは無礼とされてる。我が国の騎士道精神は、婦人の擁護に実に熱心でね」
後ろへ一瞥を投げたついでに、ローグは片目を瞑ってみせた。
「でもあなた、騎士じゃないんでしょう?」
「地方士官だって身分は従騎士だ。まあ、中央の士官たちに比べればはしくれだけどな。双翼騎士団は七州の騎兵団の総元締めなんだ。だがあちらさんは総督のお膝元、オレらとは禄も家柄も雲泥の差。巷間では、“お貴族様の社交場”なんて言われたりもしてる」
昨日の華やかな晩餐会をティティーリアは思い起こした。取り巻く音楽と喧騒、笑い声。まるで享楽を溶かした酒をあおったような熱気。
「実力よりも、家柄や身分なのね」
「一概にそうとも言えないけどな。双翼騎士団でも右翼と左翼じゃ随分方針も性質も違う。左翼は貴族階級が中心だが、右翼の面々は実力重視で選抜され、非貴族も多い。クレイヴランス卿が総帥に就任してから城下での慈善活動や治安警護の強化も積極的に改善されて、市民の人気も高い」
マラウク・ヴィト・クレイヴランス。
葬るはずだった名――なのに今も耳に、脳裏に謎めいた響きとなって残っている。
「……どんな人なの? クレイヴランス卿って」
殺すだけの相手、それだけだったはずなのに猜疑の蔓は思わぬ方向に伸びていく。
なぜ兄のことを口にしたのか――あのわずかに見開かれた青い双眸は何を知っているというのか。
「右翼騎士団の若き総帥で、名門貴族クレイヴランス家の当主。温厚篤実、廉潔にして有能、とにかく軍府ではもてはやされてるらしい。加えて容姿端麗とくればもう、理想が服着て歩いてるようなもんだ。なんだ、あんたも熱をあげてる一人?」
左手からやってきた馬車の御者と、すれ違いざまローグは軽く会釈を交わした。少しばかりティティーリアは視線を下げた。
「……そんなんじゃ」
「まあ、仕方ないよな。前に爵授与式で見かけたが、あれだけの色男はなかなかいない」
「違うってば。耳にしたことある名前だから気になっただけ」
「へえ」
尻上がりの声には、明らかに疑うような響きがある。勝手な解釈で話を進めていかれるのは癪で、一言言っておこうとティティーリアは唇を開きかけたが。
「見えてきたぜ、あれがアローザの門だ」
手綱を振りながら、ローグが前方を指差した。
木立を抜けると日差しの煌めきが目に飛び込んでくる。眩しさに紺碧の目を細め、ティティーリアは目的の場所を示す指の先を追った。
緩やかな波を描く道の先に、古びた黒い門が見えてきた。
「きゃっ!」
丸々と太ったねずみが数匹足元を過ぎったのに、短く悲鳴をあげてティティーリアは思わず立ち止まった。
「腕を貸そうか? お嬢さん。――離れずについて来いよ」
軽快な足取りで先を行くローグが振り返る。こういう場所は慣れているようで、警戒して気を張っている様子もない。
羽織ってきたローブのフードを目深に引きおろし、息を詰めてティティーリアは再び歩き出した。
迷路のように入り組んだ路地の多いアローザには馬車では入ることが出来ず、歩いていくことになった。
門番だという薄汚れたなりの少年に銅貨を握らせて馬車を預け、二人は門をくぐった。
不浄地帯だと道中ローグに聞いたが、その様子はティティーリアの予想以上だった。
一歩門の中に踏み入れば、湿気を含んだ饐えた空気がまとわりついてきた。
上を見上げれば青い空が広がっているのに、目の前には夕暮れのように薄暗く汚染された街が続いている。
緑という緑はすべて枯れていた。どこの街でも初夏のこの時期青薔薇が満開になるというのに、建物の壁や石畳を這う蔓は茶色く変色していた。
狭い路地では、ひび割れた壁からちろちろと水が漏れ出して石畳を濡らしている。その上にはごみが散乱し辺りにはひどい悪臭が漂っていた。まるで街ごと汚水に浸けたかのようだ。
「さて」
歩調を緩めティティーリアの隣に並ぶと、ローグが声を低める。
「これから酒場に行ってそのマリードとかいう男ことを聞いてみようと思うが、一つ聞きたい。そいつは一体何者だ?」
ローグが纏う制服に威嚇されたか、街人たちは逃げるように通り過ぎていく。寂しい森の中のように路地から人気が無くなった。二人分の足音だけが、濡れて黒光る路地に響く。
「州が違えばもちろん管轄外だが、オレも治安警吏だ。もし指名手配犯なんてことになれば、対処せにゃならん。殊にここは他州にも知られた危険区域だからな」
ティティーリアは小さく首を振った。
「知らないの、名前しか。ただ」
その先を言い淀む。
話すべきか。だが一人で対処できる問題ではないかもしれない。それに足がすくみかけているこの状況では、頼れる協力者が必要だ。
「……その人が、兄のことを知っているかもしれないって聞いて」
「兄? あんたの兄さんはこんな場所の連中と関わりがあるのか?」
「……兄さんは、ラジエラ派の一員だったらしいの」
ああ、と納得した様子でローグが小刻みに頷く。
「二年前に殺人の罪に問われてそれっきり……でも兄さんは人を殺してなんかいない。罪を着せられたに違いないの」
ひそめた声に、力がこもる。
「冤罪、ってわけか。……まあ、よくあることだな」
今でも昨日のことのように思い出せる。独りぼっちになった日のことを。
「なるほど、それで侯爵の人脈を頼ってきたわけか。――ああ、ここだ」
路地の奥、物置小屋のような建物の前でローグは立ち止まった。
“頼って”というのにはずいぶん語弊がある気がした。
だが、軒下に吊るされたランタンに浮かび上がる酒場の看板をみとめて、ティティーリアはとりあえず溜飲を下げた。
表とは打って変わって、店の中は賑わっていた。
質素なテーブルを挟んで男たちが低く下卑た笑い声を交わしている。
カウンターの中にいる店の主人にローグはマリードのことを尋ねた。死んだ魚のような濁った目をした店主はそんな奴は知らないと突っぱねたが、ローグが銀貨をカウンターに滑らせると、あそこだと奥を指し示した。
「あんたがマリード?」
店の奥、壁際のテーブルの前に立つなり、そこにうな垂れて座っている男に向かってローグが言った。
「……だったら何だってんだ。誰だ、てめえ」
どすの利いた声を聞かせて、男が顔を上げた。
フードを被った格好のまま、ティティーリアはローグの後ろから男を覗き見た。
無精ひげを生やし多少やつれてはいるが、まだ若い男のようだった。
ウエーブがかった赤い髪はぼさぼさで、着ている三つ揃いの服も銀糸の刺繍が入ったいい仕立てだが薄汚れて粗末だ。
「こちらのお嬢さんが聞きたいことがあるってんでね、少々相席させてもらいたいんだが」
ローグが振り返り、目で促す。唾を飲み、ティティーリアは前に進み出た。
「――誰だ、あんた。俺になんの用だ?」
怪訝な様子で男がティティーリアを眺める。
テーブルには何杯もの空いたカップが並んでいるのにも関わらず、男の口調はしっかりしていた。
「知っているなら教えて欲しいの。……セイクリッド・フロスの行方を」
単刀直入にティティーリアは切り出した。それを聞いた男の表情が明らかに変わった。
「……なんだって?」
怪しむ口振りの男に、フードをわずかに持ち上げティティーリアは自分の顔を示した。
「セイクリッドは私の兄よ」
ティティーリアの顔を見て、男ははっとした顔になった。
「――驚いたな……よく似てる」
「知ってるのね、兄さんを! じゃあ今どこに――」
「しっ」
辺りを気にして、男が素早く指を口元に当てた。そして胡乱な目付きでローグを見遣る。「……そいつは役人か?」
「そうだ。でも今日は非番でな。物騒なところだから、彼女の護衛と思ってくれればいい」
両手を顔の横に上げてローグが丸腰だと示せば、男・マリードは雨の降る前の空のような青灰色の目でじっとローグを見、
「座れよ」
と言ってテーブルの上の空いた木のカップを腕でずいと端に寄せた。
マリードの向かいにティティーリアは座ると、ローグはその後ろのテーブルについた。
「……あなた、ラジエラ派の幹部なの? 兄さんはやはり」
「――声を抑えてくれ。胸を張れるような立場じゃねえんでな。国民の代表として貴族の専横を阻止し議会の本質を喝破しようってのに、煙たがられるようになるたあ滑稽だよな」
へっと笑い、マリードはほつれた上着の懐から、銀色のボタンのような物を取り出してティティーリアの前に置いた。
「これは?」
「平民議員のバッジさ。こう見えても、ちょっと前までは元老院の一員として議会で弁舌を振るってたんだ。――今じゃ謹慎の身、だがよ」
ちょっと派手に高等院とやりあってな、とマリードは卑屈っぽく鼻で笑ってバッジをまた懐にしまった。
「あんたの兄さんと知り合ったのは確か三年ほど前、まだマリオンの中心街に支部があった頃だ。粛清の目を逃れて今じゃ方々に散ったがな。ある時仲間の一人がセイクを連れてきた。やけにきれいなツラしてたんで、最初は舞台俳優かなんかかと思ったが、政情に詳しい上に頭もキレた」
「それで派閥の活動に?」
「表立って参加してたわけじゃねえ。裏方的な手助けは頼んでたがな。オレらとしては戦力に欲しかったが、家族にばれたくねえからと――なんだか他に目的があるようだったな」
「他の、目的? 兄さんは何かをしようとしてたってこと?」
思わず身を乗り出したティティーリアに、マリードは肩を竦めてみせた。
「さあ。でも熱心に議会図書館に通い詰めて調べ物をしてたぜ。あそこは承認がないと入れねえから、オレが口を利いてやった。女神の伝説やら聖地のことやら本を積み上げて……よほど信心深いのかと思ってな」
――信心深い?
ティティーリアは己の記憶を振り返る。
祖母と暮らしていた時は朝晩にお祈りをさせられていたが、街での生活では神殿に行くなど日曜礼拝や豊穣祭の時くらいだった。街の人間はみんなそうだ。
教師という職業柄子供たちに教えることはあっただろうが、州都に来てまで調べるほど信仰に執心していたとは思えない。
「だが」口髭をさすりながら、マリードがわずかに眉間を寄せた。
「ある時妙なことを言い出した。閲覧禁止区域の書物はどうやったら見られるんだ、と。もちろんそんな方法はねえ。上級官吏にだって権限のない場所だ。そう言ったらセイクも納得はしたようだったが――その後すぐに事件の報せを聞いて」
眉間の皺をそのままに、マリードが細く息を吐いた。
――場所はマリオンに近いカーツという商業街だった。兄のセイクリッドは子供たちの教本を見に行くと、出かけたのだ。だが戻ることはなかった。
「悪いがその後の行方は知らねえ。事件を聞いてすぐに議会に掛け合ったが、異端諮問会に依嘱された後で手がつけられなかった。おそらく永久牢獄に」
一際大きく上がった客の笑い声に、マリードの言葉の語尾が消された。
ティティーリアは膝の上で合わせていた手をぎゅっと握り締めた。
近付くと思ったのに、また遠ざかっていく。謎というリボンはどんどん絡まって――
「……兄さんは、嵌められたの?」
「――おそらく」
トン、トン、とマリードの指が木製のテーブルを叩き始める。
「あいつは、セイクは何かを知っちまったんだ――きっと、何か重大なことを」
「え?」
トトン、とマリードの指が素早く木製のテーブルの表面を打った。その音に弾かれるように、ティティーリアが顔を上げたその時だった。
――カーン、カーン、カーン!!
けたたましい鐘の音が辺りに響き渡った。