クトゥルー奇譚② -夢に現れたものー
第2作です。
前作では旧支配者の名前は出さなかったのですが、今回は「名前だけ」登場します。
奇妙な夢を見た。
いつもは色彩の欠片も無い夢を見ている僕が――いや、そもそも夢を覚えている事すら稀なハズだ――こんな色鮮やかな夢を見るなんて珍しい。それ自体が奇妙だと言った方がいいかも知れない。
内容は取り留めもないもので、こんなカンジだ。夢の中で僕は空を見上げている。綺麗な青空だ。そこへ突然 赤・青・黄の3つの光の筋と言うか帯と言うか……そんなものが現れる。
光を透かして上空の雲の形までハッキリと分かる。決して眩しい光ではなく、むしろ鮮やかな色彩と言うか……ただそれだけの夢だ。普段はどんな夢を見たのか思い出せないのに、いや思い出そうとする事さえないのに妙にハッキリと具体的に覚えている。それが不思議だった。
母に急かされながら身支度を整え学校に行く。この4月に高校2年生になったばかりの毎日。O県S市にある県立S高校に通っている。一応は進学校と呼ばれる学校の生徒だが、特筆すべき事件も特技も無い日々。学校には内緒でS市内の中華料理店でアルバイトをしていると言うだけの毎日。正直退屈だ。
駅へ向かう途中で同級生に会う。
「オッス! 智之」
「おう祥宏」
僕は長田智之。コイツは小学校からの付き合いである土方祥宏。言っちゃ悪いが、武士みたいな名前とは裏腹に、細面でスラっとした体形で女にも人気がある奴だ。チクショウ。
「あれ?お前少し痩せた?」
「いや別に。つーか痩せたか?俺」
「ん~気のせいっちゃ気のせいか」
そんな話をしながら改札を抜け、ラッシュアワーの通学電車を待っていると
「おっはよー!! 」
と元気な女の声が聞こえて来た。倉科京子。同い年で彼女もまた小学校時代からの付き合いだ。イイ女じゃあるんだが、オカルト好きの度が少々過ぎるのが欠点だ。それさえ無けりゃ……と思った事も何度かある。
「あれ?智之君少し痩せた? 」
「あ、やっぱりそう思う? 」
「うん。なんか痩せた気がする。内緒のバイトなんかしてるからじゃない? 」
「ああソレありそう。つーかソレしか無さそうだし」
「だよね~。恋の悩みとかって柄じゃ無いし。アハハハ!」
「なんだよ二人して。心配してくれてるのかと思ったらすぐさまネタにしやがって……」
結局たわいもない話で通学時間を潰し、教室に入る。京子も祥宏も同じ学校だがクラスは別々だ。いつも通りの科目をこなし、いつも通りに帰りいつも通りにバイトに行く。卒業したらバイクを買うつもりなので今から金を貯めておかないといけない。遠からず受験でバイトどころじゃ無くなるのは目に見えているんだから。不景気なご時世だし、このぐらいは親に負担をかけずにやるつもりだ。
今日のバイトも無事に終え、店の残りメニューで遅い晩飯を食べる。これが結構美味い。店のメニューをタダで食えるのはささやかな利権と言うか役得と言うか。
店の掃除から何からやってると、帰りは午後10時近くになる。夜空を見上げながら自転車で帰るのは割とイイ気分転換だ。まだ冬の星座が残る星空を眺めながら自転車をこいでいると、南の空の中央辺り(建物も何も無い辺り)に強烈な光が見えた。ギラギラと輝いている。飛行機の前照灯なんかじゃない。丸っきり違う輝きだ。白銀色の、例えて言えば明るい星の輝き――シリウスとかだ――を数百倍も強くしたような感じの光。それが瞬きながら徐々に弱くなって消えていった。きっと時間にして数秒ぐらいだったろう。
少しの間呆然としていたが、急に怖くなってきた。一体あれはなんだったんだ? UFO? それとも何か別の物か? まさか人魂? 色んな考えや感情が一気に溢れてきて背筋が凍えて来る。
ペダルを踏む足にも力が入る。田舎町とは言え、車の通りもいくらかはある時間帯だが関係無い。全力疾走だ。何度か車とぶつかりそうになりながらも何とか家に辿り付き、ほっとする。
さっさと風呂に入って寝てしまおう。そう決めて風呂に入る。だが思わぬ所でまた「怖い」という感情を味わってしまった。
頭を洗っている時だ。完全な無防備。視界は閉ざされている。もしこの瞬間にあの輝きが、或いは輝きを出していた奴が後ろにいたら? そんな不安が急に頭をもたげて来たのだ。杞憂もいいところだが、ワケの分からない恐怖を味わった直後と言うのはこんなものなのかも知れない。
さっさと風呂を出て布団に潜り込む。そうだ、明日京子に聞いてみよう。あんなUFOがあるのか? あったら偶然見てしまっただけだ。宇宙人も目撃者をいちいち誘拐するほど暇じゃあるまい。
翌朝また夢を見た。昨日の続きとも思える内容だった。今度は赤・青・黄の光がくるっと輪になり、3色の光が地面に突き刺さるというものだった。よほど昨日の夢が印象に残っていたんだろ。そう結論つけた。これ以上妙な事を抱え切れるもんか。
いつも通り京子と駅で会ったので早速昨夜の輝きについて聞いてみたが収穫は無かった。いや、京子が目を輝かせて食いついて来たのは収穫と言えるかも知れないが、ただそれだけ。今日も痩せたの何のと言われたが、妙な夢だの発光体目撃だの重なれば当たり前かもしれない。
それ以外はいつも通りの毎日……のハズだった。バイトの帰りにまたあの輝きを目撃したのだ。さらにまた夢の続きを見た。空に3色の光の帯が幾つも走り、空を覆い尽くしていく。それに加え何か得体の知れない叫び声の様なものまで聞こえて来るのだ。
ただの夢とも思えなかったので、また朝の駅で京子に話してみた。確か以前京子に見せてもらったオカルト雑誌は「夢判断」なんかも取り扱っていたはずだ。僕よりはそう言った事に詳しいだろうと思ったのだ。
「で、その叫び声ってどんなのだったの?」
「確か……イェイ……じゃないな,なんかこう,いあ! いあ! って」
「なんだよそれ? 」
「祥宏君はちょっと待って。他には? 」
「何か名前みたいな……よ、よぐ?よーぐると? みたいな……」
「まさか……ヨグ=ソトース? 」
「そう! それだ! 」
「……」
「何なんだよその沈黙は? ちょっと怖いぞ」
「二人とも放課後になったら図書室に来てくれる? 」
深刻な顔で言われると僕たちは断れなかった。と言うか当事者たる僕は断るつもりはさらさらなかったのだが。
放課後図書室に行くと京子と祥宏はすでに来ていた。
「来たわね。じゃ、コレを見て欲しいの」
「なんだこりゃ? えらく古い本だな……えっと『無名祭祀書』か? 」
「そう。19世紀にフォン・ユンツトによって書かれた本の写し。それがこの学校には何故かあるの。他にも同様の写本が色々とね。理由かは分からないけど」
「で、その凄そうな本が僕の夢と関係あるのか? 」
「ええ、曖昧な表現だけどヨグ=ソトースについて書かれているのよ」
「本当か!? 」
僕と祥宏は同時に大声で叫んでいた。周りに睨まれようが気にしていられる状況じゃ無い。京子の説明によると、このヨグ=ソトースとは<旧支配者>と呼ばれる超古代の邪神群の一柱で、あらゆる次元と時空を超越し全ての存在と隣接していて、外見は『輝く虹の集合体』のような物だと言う。正直無茶苦茶だ。
「まぁその話が仮に本当だとして……何故そんな凄い奴が僕の夢に出て来たんだ? 」
「それはこっちが聞きたいぐらいよ。何かきっかけになりそうな出来事とか無かったの? 」
「全然」
首を振るしかなかった。当然だ。僕は現実主義だし、理系人間だ。オカルトにハマる趣味は無い。結局様子を見ようと言う無難な結論になり解散した。やはり偶然の一致に過ぎないだろうし、万が一本当にそのヨグ=ソトースとやらだったとしても、僕達に出来る事などあろうハズも無いんだし。
意外と僕の中では割り切れた感があり、その意味では有意義だったのかもしれなかった。バイト先でも「痩せた」の何のと言われたが、もう適当に受け流す余裕も出て来たぐらいだ。その夜も例の輝きを目撃したが、もう恐怖は無かった。どんなに不思議な現象でも3日続けば人間は慣れてしまうのだろう。
そしてその夜もまた例の夢をみた。今度は空一面だけではなく、足元から広がる地面も一面3色の光に包まれ、まるで虹に包まれているかの様だった。不思議と恐怖は無く、むしろ暖かくて安らぎさえ感じていたのだ。京子に聞かされた「無名祭祀書」の内容をハッキリと思い出していたにもかかわらず。それに加えて例の奇妙な叫び声もハッキリと聞こえていた。「ヨグ=ソトース」の名もハッキリと。
翌朝はけたたましい目覚ましの音と、なかなか起きて来ない僕に業を煮やした母がドアを叩く音でやっと目を覚ました。精神的には余裕が出て来たのに何故夢だけがエスカレートしていくのか疑問だったが、考え込んでいる暇は無い。身支度を整えて学校に行かなければならない。だが、鏡の中の自分を見た瞬間愕然とした。すっかり痩せこけ目は落ち窪み、目の周りにはどす黒いクマがハッキリと出ていた。正直「腐っていないだけゾンビよりマシ」といった状態だ。
その日は学校を休み病院に行ったが過労と診断され、栄養剤を点滴しただけだった。入院は拒否した。何故かは分からないが、無性に自分の部屋に居たかったのだ。
さすがにココまで来ると、明らかに夢と自分の状態との関係を疑う事は出来なかった。何処にも悪い所は見当たらないし、普通の生活を送っていて僅か数日でこんなになるなんて考えられない。だが夢のせいだとしてどうしたらいい? 夢をコントロールするなんて出来ない。眠らないというのも不可能だ。
正直眠る事に対して恐怖と期待が入り混じっているのも事実だ。眠る度に変わり果てていく自分への恐怖。夢の中で虹に包まれている間だけ味わう安らぎ。その二つが僕の中でせめぎ合っていた。
自室のベッドの上でそんな事を考えているうちにウトウトして来た。自覚症状はないが酷く衰弱しているのは間違いないのだ。
程無く夢を見た。
僕は虹色の光に包まれている。なんと美しいのだろう。なんと暖かく静かなんだろう。きっと母胎の中で眠っている胎児もこんな気分なんじゃなかろうか。ずっとこの中にいたい。ずっとここで眠っていたい。あの叫び声も聞こえない。だが眠りの中で僕は確信していた。この虹は本当にヨグ=ソトースなのだと。「あらゆる存在と隣接している」のだから、「僕とも隣接していた」のだと。僕はたまたま夢を通してヨグ=ソトースに触れたのだ。そして僕の精神は徐々にヨグ=ソトースに取り込まれていっているのだろう。眠る度に。
だがもう、そんな事はどうでもいい。ただココで眠っていたい。さぁヨグ=ソトースよ、僕をこのまま虹色の眠りにつかせてくれ。目覚めた後の事はどうでもいい。
次の衰弱に僕の体が耐えられるかどうかなど、もうどうでもいいのだ……。
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コレは僕が実際に見た怪光現象と夢を元にして書いた作品です。僕自身は夢を覚えている方で。
虹を思わせる色彩がヨグ=ソトースを連想させてこの作品になった次第です。




