輝きを失った「曇り硝子の令嬢」と捨てられた私、実は世界を満たす奇跡の宝石姫でした
王宮の晩餐会、色とりどりの宝石が煌めくまばゆい光の下で、私の世界は静かに、しかし決定的にその光彩を失った。
「アイリス、お前との婚約を破棄する。僕の隣にふさわしいのは、お前のような輝きのない『曇り硝子の女』じゃない。彼女のように、世界を美しく照らす本物の至宝だ」
婚約者であるギルバート公爵令息の声が、広い大広間に冷たく響き渡る。
彼の腕に絡みついているのは、派手で安価な模造宝石をこれでもかと身に纏った男爵令嬢。
周囲の貴族たちは、私を憐れむように、あるいは冷笑を浮かべて見つめていた。
彼らは何も知らなかった。
私が毎日、ギルバートの領地である鉱山を守るため、そしてこの国の結界を維持するために、夜通し魔力を削って純度の高い「光の結晶」を紡ぎ、大地に捧げていたことを。
私の髪や瞳から輝きが消え、曇った硝子のようになっていたのは、すべての生命力を彼らの富のために注ぎ尽くしていたからだということに。
「分かりました、ギルバート様。あなたの望む通りに」
私はただ、静かに一礼した。
泣き叫ぶことも、言い訳をすることもない。私の心は、叩き割られた極光の破片のように、ただ冷たく、静まり返っていた。
「私の光は、すべて引き上げます。どうぞ、お幸せに」
パリン、と。
胸の奥で、何かが完全に割れる音がした。
彼らが私の「輝き」を失ったとき、その足元がどれほどの闇に包まれるか。教えてあげる義理は、もうどこにもなかった。
それから2年。
ギルバートの領地は、文字通り「闇の底」に沈んでいた。
唯一無二の結晶の紡ぎ手であったアイリスを失ったことで、公爵領の鉱山からはまたたく間に宝石が枯渇。大地はひび割れ、魔獣を退けていた結界は消滅した。
かつて富を誇った公爵家は莫大な違約金と損害で財政破綻。
贅沢の限りを尽くしていた模造宝石の令嬢は、借金を抱えたギルバートをあっさりと捨てて、別の男の元へ夜逃げした。
「どうして……どこで狂ったんだ……!」
すっかりやつれ、泥のついた衣服をまとったギルバートは、隣国の美しい帝都の街道を這うように歩いていた。
飢えと寒さをしのぐため、この地で「世界を癒やす奇跡の宝石姫」として大陸全土の富を集める高貴な方に、一粒の恵みを乞うためだ。
目的の宮殿へと続く、白磁の並木道。
そこでギルバートは、息をのむような光景を目にした。
「アイリス……?」
掠れた声が、彼の喉から漏れる。
そこにいたのは、かつて彼が「曇り硝子の女」と蔑んだ、元婚約者だった。
しかし、いまの彼女は違った。
身に纏うのは、最高級の天蚕糸で織られた、夜天の星々を散りばめたような深い藍色のドレス。
その肌は抜けるように白く、かつて曇っていたはずの瞳は、今や大陸最高峰のサファイアとダイヤモンドを溶かし込んだかのような、圧倒的な光彩を放っている。
彼女の隣には、この国の若き最高権力者である皇帝・カイルが寄り添っていた。
カイルは、アイリスを見る目をこれ以上ないほど甘く細め、彼女の細い指先にそっと口づけを落とした。
「アイリス、今日も君の紡ぐ結晶は美しい。だが、私にとって最大の至宝は、君自身だ」
「ふふ、カイル様。あなたがそう言ってくださるから、私はいくらでも輝けるのですわ」
隣国は彼女を国の至宝として熱烈に迎え入れ、彼女もまた、自分を心から愛し、尊重してくれる本物の太陽を見つけたのだ。
「アイリス! アイリス、僕だ! ギルバートだ!」
ギルバートはなりふり構わず、光に満ちた庭園へと駆け出そうとした。
もう一度彼女の手を掴めば、あの輝かしい栄光の日々に戻れるかもしれない。その卑しい希望だけが彼を動かしていた。
しかし、彼の身体は、近衛兵たちの冷酷な槍によって冷たい地面にねじ伏せられた。
「離せ! 彼女は僕の婚約者だ! アイリス、僕が悪かった! 戻ってきてくれ、君の光がないと、僕の領地は……!」
泥にまみれた顔を上げ、救いを求めるように彼女を見つめるギルバート。
騒ぎに気づいたアイリスが、静かに視線を巡らせた。
だが、その澄んだ、星々を宿した瞳に映ったのは、怒りでも拒絶でもなかった。
それは、道端に落ちている、ただの砕け散った泥の破片を見るような、完全なる無関心。
「……カイル様、あちらにいらっしゃるのは、どなたかしら? 私の記憶には、あのような見覚えのない薄汚れた硝子片はいないのですが」
彼女は鈴を転がすような声で、隣の皇帝に微笑みかけた。
ギルバートという存在が、彼女の過去から完全に消去されている。その事実が、どんな罵詈雑言よりも深く、ギルバートの胸を抉った。
「気にするな、我が愛しい人。君の美しい目を、あのような不浄なもので汚す必要はない。……兵士よ、その目障りな不審者を、二度と我が国の土を踏めぬよう叩き出せ」
「はっ!」
「嘘だ、アイリス! 嘘だと言ってくれぇーーーッ!」
絶望の悲鳴を上げるギルバートを引きずりながら、兵士たちは去っていく。
アイリスはもう二度と振り返ることはなかった。
彼女はもう、彼の手の届かない、無限の光に満ちた優美な世界へ行ってしまった。
残されたギルバートの頭上には、いつの間にか、彼の心を映したような冷たい灰色の雨が、音もなく降り始めていた。
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