表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Re:海辺の君と青に溶けるような恋をする  作者: 葉南子@アンソロ発売中!
最終章 まだ見ぬ未来へ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

21/21

最終話 君じゃないとさ


 歌い終えたとき、目の奥が熱くなった。

 拍手が波のように押し寄せてくる。誰かが「よかったよ!」と叫んでくれた声が遠くから聞こえた。

 泣かないように、ぐっと唇を噛んで頭下げる。

 

「……っ、ありがとうございました!」


 顔を上げた、視線の先。

 亮くんの姿を見た瞬間、胸がいっぱいになって涙がこぼれそうになる。

 だけど、ちゃんと最後まで笑ったままステージを降りられた。


 舞台袖に入ると、急激に意識と感覚が現実に戻ってきた。ライトの熱も、手の震えも、拍手の音も、全部がまだ身体の中に残っている。

 鼓動が速い。息が浅い。それでも、心は満たされていた。

 

 ──私の歌、亮くんに届いたかな……。


 痺れるような手で、ポケットの中にしまった屋上の鍵を握る。

 

 ──行こう……。


 気づいたら足が動いていた。

 体育館を出て、お祭り騒ぎのように賑やかな廊下を小走りで駆け抜ける。壁に貼られたたくさんの装飾品が風に揺れて、模擬店の食べ物の匂いが漂っている。

 でも、もう何も目に入らない。


 ただ、あの場所へ──。

 屋上に残された想いが、私を呼んでいる気がした。


 ♬⋆.˚♬⋆.˚♬⋆.˚


 ポケットの中の鍵を取り出し、震える手で鍵穴に差し込む。金属が擦れる音がして、ガチャリと軽い音が響いた。

 ドアノブを回すと、眩しいくらいの光と秋の色を帯びた風が一気に流れ込んでくる。

 文化祭の喧噪が遠くに霞んで、ここだけ時間が止まっているみたいだった。


 ──懐かしい……。

 

 潮の香りが風に混ざって届いた。

 秋の気配をまとった海風は、夏の出来事を連れ去るように通り過ぎていく。

 

 誰もいない屋上は、なによりも自由だと思った。

 手が届きそうなほど近くに感じる、海を反転させたような澄み切った空。世界中に私一人だけみたいだと錯覚するような開放感と孤独感。

 初めて亮くんと出会った日の屋上は、世界が輝いて見えたのに──今は、海と空の青だけしか残っていない。

 頬を撫でていく風は、あの頃とは違う風だった。

 

 泣きそうになるのを堪えて、そっと目を閉じる。まぶたの裏に浮かんだのは、会ったばかりのころの記憶。

 それをなぞっていくうちに、唇から自然にメロディがこぼれ出た。歌うつもりなんてなかったのに、胸に残っていたフレーズが勝手にあふれてくる。


 ──亮くんの好きな曲、だから。

 

 口ずさんでいたのは、アジカンの「Re:Re:」だった。

 亮くんのギターと合わせるために、何度も歌って覚えた歌詞。そのひとつ一つが、息に乗って流れていく。


 これほどまでに、歌に自分を重ねたことがあっただろうか。同じ曲なのに、あの頃とはまるで違って聴こえる。

 今の私のために書かれた歌だと思えてしまうくらい、痛いほどに心と重なっていた。

 

 ──ねえ。あなたにこの声は、届いていますか?


 私の歌声は風と一緒に、波音の彼方へと溶け込んでいった。

 一人きりの屋上で歌い終わったとき、堪えていた涙がついにこぼれ落ちる。


 ──私には、亮くんじゃないとダメなんだよ……。


 花火大会の日に「好きです」と告白できていたら。

 事故に遭った日、少しでも別れる時間をずらせていたら。

 亮くんと一緒に文化祭に出られていたら。


 後悔ばかりが波のように打ち寄せて、痛みに変わっていく。どうして、あのときの自分は何もできなかったんだろう。

 大粒の涙が地面についた──その瞬間。


「綾瀬……」


 聞き慣れた声に、心臓が跳ねる。涙を拭って振り向けば、屋上のドアのところに彼が立っていた。


「亮、くん……」

「ライブ見させてもらった。綾瀬って、歌上手いんだな」


 亮くんは、少し照れたようにぽつりと呟いた。

 歌が上手い──懐かしいセリフだった。初めて一緒に歌った日の、あの笑顔がよみがえる。

 

「……ありがと」

「泣いてる?」

「あ、うん。なんか緊張が解けたせいか、涙が……。ライブ大丈夫だったかなって」


 苦しい言い訳だったけれど、それ以外に弁解のしようがない。そんな私の心情など露知らず、亮くんは「大丈夫、すごくかっこよかった」と満面の笑みで言ってくれた。


「綾瀬は、なんで屋上に?」

「ここは……私の大切な場所だなら、かな」

「俺もさ、綾瀬の出番が終わったあと、自然に足がここに向かってた。理由はわかんないけど……ここに行かなきゃって」

「うん……」


 はっきり言ってしまえば──少しショックだった。

 亮くんは記憶を取り戻したわけではないのだから。

 それでも、こうして屋上へ来てくれたことが嬉しくてたまらない。恋心より複雑な感情は言葉では言い表せず、自然に涙となって流れていった。


「また泣いてる?」

「あ、ごめんね。なんか、ほんとすごく緊張してたから……つい?」


 涙を拭って、冗談めかして笑ってみせる。

 本当の理由なんて言えるわけなかった。

 

「綾瀬さ……」


 亮くんの低い声が落ちて、風が私たちの間をすり抜けていく。

 彼は少し迷ったように視線を泳がせたあと、真剣な顔で私を見つめた。

 

「右腕が治ったら……俺と一緒に、歌ってくれない?」


 その言葉が身体中に染み込んでいく。亮くんのまっすぐな瞳が、私を捉えて離さない。


 ───あの日と、同じ……。


 屋上で初めて歌ったときも、こんなふうに真剣な目をしていた。懐かしさと嬉しさと、どうしようもない切なさが胸を満たしていく。

 

「……私で、いいの?」

「綾瀬がいい」


 短く、迷いのない声。

 そして私の歌声をたくさん褒めてくれた、あの優しい笑顔。


 ──ほんとに、ぜんぶ一緒……。


 胸がいっぱいになって、息が詰まりそうになる。喉元のすぐそこまで言葉がこみ上げてくるのに、声にならなかった。

 必死に涙を堪えて何も言えずにいると、沈黙が気まずくなったのか、亮くんは慌てた口調で場を和ませるように口を開いた。

 

「あ、ほら。なんか聞き惚れたっていうか。俺ギター下手だから、上手い人に歌ってもらったほうが雰囲気出るかなって」


 それから頬をかいて、照れくさそうに苦く笑う。

 

「ごめん……。一人でテンション上がってたかも」


 少し申し訳なさそうな言葉尻に、頬をかく仕草。それがまた懐かしくて、涙があふれそうになる。


「ううん……私、やるよ。亮くんとまた歌いたい」

「さんきゅ」


 亮くんの声と笑顔は、あの日の記憶をそのまま連れてきたみたいだった。


 ──そうだよ。

 

 音楽がある限り、私たちは何度だってやり直せる。

 歌が私たちを繋いでくれる。

 

 だから、ここからまた私たちは始めればいい。

 手を伸ばせば、目の前には彼がいるから。


「なあ……」


 亮くんは視線を少し下に落とし、言葉を選ぶようにゆっくり口を開いた。


「綾瀬の下の名前、なんだっけ?」


 とくん、と胸が鳴った。

 その音を合図に、景色が全部塗り替わっていく。止まっていた時間が動き出すように、脈打つ鼓動が新しい世界の始まりを告げてくれる。

 私は小さく息を吸って、笑顔で答えた。

 

「……莉緒。私の名前、莉緒だよ」


 その瞬間、風が頬を撫でて──あの日と同じ、夏の匂いがした。




 はじめまして、葉南子はなこと申します。

 このたびは『Re:海辺の君と青に溶けるような恋をする』をお読みいただき、誠にありがとうございました。


 各話タイトルは、すべてアジカンの曲からもじってます。それとロキノン厨らしく、至る所にあの頃に聞いていたであろう名曲の歌詞のオマージュがあったりしております。


 最後に、ロキノン厨の方も、そうでなかった方も、ブクマや評価を入れていただくと大変励みになりますので、ぜひよろしくお願いいたします★★★★★

 またいつか、別の物語でお会いできましたら幸いです。本当にありがとうございました。

 

 葉南子


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ