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Re:海辺の君と青に溶けるような恋をする  作者: 葉南子@アンソロ発売中!
最終章 まだ見ぬ未来へ

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第19話 名も無き歌の正体

《side B》


「俺の推しが出るんだ。佐久間も一緒に見ような」


 そう星野先生から声をかけられたのは、文化祭の三日前だった。


「推し、ですか?」

「ああ、綺麗な歌声なんだ。きっと、佐久間も好きになる」

「先生がそんなこというの初めてですね。軽音部に推しがいたなんて」

「いや、部員じゃないんだ」

「はあ……?」

「当日になればわかる。約束な」


 半ば強引ともいえるような約束。

 けれど、妙に胸がざわついたのを覚えている。期待と、不安と、どちらともつかない感覚だった。


 そして文化祭当日──。


「お待たせ、佐久間」


 体育館の入り口で待っていた俺に、先生は軽やかに声をかけた。


「いえ、そんなに待ってないので」

「さつそく中、入るか」


 体育館の中は人がまばらだった。シークレットアクトのために集まった観客というよりは、出番を控えた軽音部のメンバーが数人、あとはその友人たちがステージに目を向けている程度。

 それでも、ステージ上に置かれたアンプやドラムセットを見ると、胸が高鳴る。右腕が完治したら、俺もあそこに立ってみたい──そんな気持ちがふと湧いた。


「オープニングアクトが推しなんですよね? シークレットってすごくないですか?」

「すごいというか、子どもみたいな好奇心、かな……本人の希望だったから」


 先生はふっと目を細める。何か言いたげだったけれど、すぐに口を閉じた。

 最近の先生は少し様子がおかしい。うまく言えないけれど、普段の穏やかさの奥に、どこか張り詰めたものを感じていた。


 しばらくして暗幕が上がる。

 ステージの裾から出てきたのは──ぎこきなく歩く綾瀬だった。


「綾瀬が……先生の推し、ですか?」


 少し驚きならが訊ねると、先生は黙ったまま頷いた。見守るような、でも少し緊張を含んだ視線だ。

 その瞬間、スピーカーからハウリングの音が響いた。慌ててマイクに向かって謝る綾瀬を見て、自然と笑みがこぼれる。


 ──あれ……なんで笑ってるんだろう。


 よくわからない。


「えと、本当は二人でステージに立つ予定だったんですけど……いろいろあって、私一人で歌うことになりました


 そう言った綾瀬の声は震えていた。緊張しているのだろう。

 それでも、次の言葉は確かで、芯の通った響きを持っていた。

 

「この歌が、あなたに届きますように……。そう願いを込めて、歌います」


 彼女と目が合ったような気がして、思わず息を呑んだ。


 スピーカーから流れてきたのはアコギの音。少し(つたな)くて、だけど荒々しいイントロ。コード進行は、なんとなくアジカンに似ていた。


 ──変だ……。


 何かがくすぶっていく。触れたいのに、どこに何があるのかわからなくて触れられない。

 

 彼女が歌い出したとき、そのくすぶりはさらに大きく広がった。

 音に乗せて、言葉が、想いが、目の前に現れる。俺は綾瀬の歌う一語一語に耳を澄ませた。


《錆びたフェンス 僕らの影が伸びていく

 海風だけが知っている 歪なメロディの居場所

 迷路のような日々 僕らの足跡を刻んでいく

 夕凪だけに語っている 割れて破片(かけら)になる前に


 繰り返す日常に 君を繋ぎ止めるアンカーを

 夜空を照らした光のように 感情の高まりを

 僕が無力だとしても 君との始まりの合図になるなら

 呼吸(いき)をするように 六弦から解放させよう》


 ──この曲、聞いたことあるような……。


 メロディも歌詞も、どこで聞いたのかははっきりとは思い出せない。

 だけど綾瀬の歌声は確かに綺麗で、それでいて感情に訴えかけるような繊細さがあった。

 間奏が終わり、二番に入る。

 胸に込み上げてくる思いは、なんて名前を付ければいいのか、わからなかった。


《閉じられたドア あなたの新しい日々を

 笑い合う仕草の先に 過ぎていった夏の音

 迷子のような日々 あなたの過去を祈り続けて

 語り合う笑顔のそばで どうか破片(かけら)にならないで


 繰り返す日常で 私をどうか見つけてほしい

 夜空を照らした光のように 消えない輝きを

 私は臆病者だけど あなたと出会えた奇跡になるなら

 呼吸(いき)をするように 歌にして届けよう


 海風が運んでくれる思い出

 君が僕を 私があなたを

 

 僕が無力だとしても 君との始まりの合図になるなら

 呼吸(いき)をするように 六弦から解放させよう

 私は臆病者だけど あなたと出会えた奇跡になるなら

 呼吸(いき)をするように 歌にして届けよう


 忘れられない音が ここにあるから》


 アウトロが終わって、ぺこりと綾瀬が頭を下げた。

 盛大な拍手が体育館を包む。先生も手を叩いていた。

 けれど、俺の手は動かなかった。怪我のせいじゃない。


 ──どうしてだ……?


 気づけば、頬に一筋の涙が流れていた。

 拍手の音も照明の光も遠のいていくようで、ただ綾瀬の姿だけが鮮明に焼きつく。


「……っ、ありがとうございました!」


 顔を上げた綾瀬は笑っていた。でもその瞳には──いまにもこぼれ落ちそうな涙が煌めいていた。

 拍手に包まれながら、彼女はステージの袖へと消えていく。姿が消えた瞬間、胸のざわめきが身体中を支配した。


「先生……俺、いまの曲、知ってる」

「……そうか」

「なんでだろ。なんかのバンドの新譜、じゃなくて、もっと前に……」


 記憶の奥底に沈んでいた何かが、ゆっくりと浮かび上がってくる。

 誰かと過ごした午後の光、風の匂い、笑い声──断片が繋がりそうで繋がらない。

 それでも──。


「俺……行かなきゃいけない場所がある気がする」


 立ち上がった俺を見て、星野先生はやさしく目を細めた。

 

「先生の役目はここまでだな。きっと、見つかるさ」


 その言葉に背中を押されるように、俺は体育館をあとにした。

 音の残響が遠ざかっていく。

 屋上へ向かう階段が、やけに懐かしく感じた。

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