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Re:海辺の君と青に溶けるような恋をする  作者: 葉南子@アンソロ発売中!
最終章 まだ見ぬ未来へ

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19/21

第18話 それでも私は愛と呼んで


 夏の名残もすっかりなくなった十月。

 目まぐるしいくらい、あっという間に一ヶ月が過ぎていた。

 

 そして今日は文化祭当日──私は少し緊張しながら、賑やかに飾られた校門をくぐった。

 

 この一ヶ月、亮くんと直接会うことはなかった。

 屋上にも何度も足を運んだけれど、鍵が空いていたことは一度だってない。

 思い出に鍵をかけられてしまったみたいで、その度に胸が締め付けられていた。

 

 ──今日、亮くんが思い出してくれなかったら……。

 

 私は、この先どうしたらいいんだろう。

 純度百パーセントの恋心は、失恋なんて言葉で片づけられるほど単純なものじゃない。


 緊張、興奮、期待、不安──今までに感じたことのない重圧に押しつぶされそうだった。


 ♬⋆.˚♬⋆.˚♬⋆.˚


「いよいよだな」


 星野先生が腕時計をちらりと見やり、呟くように言った。

 体育館、ステージの舞台裏。

 暗幕の向こうからは、ざわめく生徒たちの声がかすかに聞こえてくる。


 開演は正午。私の出番まで、あと三十分を切っている。

 ステージにはすでにアンプやドラムセットが組まれていて、すぐにでもライブが始められそうだった。


 私はシークレットアクトとして名前を伏せられている。

 そんなの緊張が増すだけだと思ったけれど、どうやら亮くんが「みんなを驚かせたい」と、こっそり企んでいたものらしい。

 先生から聞いたとき、なんて彼らしいんだろうと思わず笑ってしまった。だから私も彼の意図を汲んで、このことは誰にも話さなかった。


「応援してる」

「……はい」

「そんなに緊張するな、綾瀬なら大丈夫だから」


 先生と何度か練習を重ねていた。

 亮くんがギターを弾いている動画を音源にして、メロディの細部を調整してくれたり、ステージの環境を整えてくれたり──本当に献身的なくらい支えてくれた。

「大丈夫」と言った先生の言葉の中には、“ライブがうまくいく“という励ましだけじゃなく、“きっと思い出す”という祈りのような願いが込められているんだろう。

 

「お守りってほどじゃないけど……」


 先生はポケットに手を入れて、私に手のひらを出すように促した。

 手の上に置かれたのは、家で使われるような銀色のシンプルな鍵。

 

「これって……」

「屋上の鍵。今日は、綾瀬が持っているべきだと思うんだ」


 小さな鉄の塊が乗っただけなのに、手のひらはどんどん熱を帯びていく。


 ──そうだ……。

 

 思い出の鍵を開けられるのは、私だけ。

 私から開いていかなければ、亮くんの記憶はずっと閉ざされたまま。

 だから、私から動かなくちゃいけないんだ。もう一度、あの扉を開けるために。


「ありがとうございます……」


 自然と涙腺が緩んだ。けれど、泣くわけにはいかない。

 ライブが終わるまでは絶対に泣かないって決めたから。

 私の気持ちと想いは、全部──歌詞と歌に乗せる。この想いは、涙なんかに変えたくなかった。


「じゃあ、俺は佐久間を連れてくる」


 先生の声もかすかに震えている気がした。緊張と覚悟を滲ませた先生の言葉は、私に願いを託しているかのように届く。


「客席から見てるから。頑張れ、綾瀬」


 そう言って、先生は舞台裏から離れていった。


 開演まで残り十分。胸が張り裂けそうなくらい緊張しだす。

 結末は、誰にもわからない。

 わからないから、わからないまま終わらせたくないから、私は歌う。


 鍵をぎゅっと握りしめて、スカートのポケットに押し込む。

 やがて暗幕がゆっくり上がり、そのときが訪れた。


 ──やるしかない……!


 もう迷わない。

 深く息を吸い込んで──私はステージに足を踏み出した。


 ♬⋆.˚♬⋆.˚♬⋆.˚


 目の前には、たくさんの見知らぬ顔。

 私が出ることは友だちにも内緒にしていたから、ここにいる生徒たちは、これから出演する軽音楽部の仲間なのだろう。前座だから客席はまばらだけど、それでも心臓は早鐘を打つ。

 そのざわめきの中、私は亮くんを探した。


 ──あ……。


 後ろのほう、星野先生の隣にいる彼の姿がすぐに目に入った。右腕に三角巾を巻いている──亮くんだ。

 心臓が跳ね上がって、息が止まりそうになる。マイクを握っている手が震えて、おまけに足も震え出す。喉は締まりきって、声が出せない。

 手に汗握った瞬間──スピーカーからキーンとハウリングが響いた。


「わっ……! ごめんなさい!」


 慌てて謝ると「だいじょぶ」「あるある」と笑い声や励ましの声が飛んできた。亮くんも、くすりと笑ってくれているのが見える。

 少しだけ、緊張の糸が解けた気がした。


「あの、こんにちは……二年の、綾瀬莉緒です」


 歓声と拍手が返ってくる。軽音楽部の人たちは、バンドをやるくらいだからやっぱり根も明るくて、あたたかい人が多いんだろう。

 ほっとするような空気が広がっていくのがわかった。


「えと、本当は二人でステージに立つ予定だったんですけど……いろいろあって、私一人で歌うことになりました」


 小さく息を整え、ポケットにしまった屋上の鍵をスカートの上から握りしめる。

 後悔はしたくない。今、この瞬間が、私にとっての運命の扉。

 

「この歌が、あなたに届きますように……。そう願いを込めて、歌います」


 そう告げたあと、体育館に亮くんが弾いたアコースティックギターの音が響き始めた。

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