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Re:海辺の君と青に溶けるような恋をする  作者: 葉南子@アンソロ発売中!
最終章 まだ見ぬ未来へ

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第14話 その先は私のもの


 色濃い日々の夏休みも終わり、暦は九月に入った。

 久しぶりに袖を通した制服は少しだけ窮屈に感じる。「いってきます」と眠い目を擦って、学校に向かった。


 ♬⋆.˚♬⋆.˚♬⋆.˚


 うとうとと始業式をやり過ごし、午後の授業にそれっぽく耳を傾けて、ようやく待ちに待った放課後がやってきた。

 教室を抜け出して、はやる気持ちを抑えきれず足早に屋上へ向かう。

 階段を駆け上って屋上のドアを開けた瞬間、夏の名残を感じる海風が頬を撫でた。少し涼しさを帯びた風の中には、ギターを抱えていつもの場所に座る彼の姿。


「ここで会うの久々だな」

「ほんと。なんか懐かしいくらい」


 私たちの出会いのきっかけになった屋上。どれも色褪せることなく、私の記憶にしっかりと刻まれている。

 そして夏休みを経た今、記憶の中よりもずっと亮くんとの距離が近くなった気がした。

 

「そういえば、曲できたってほんと?」

「ほんと。星野先生にアドバイスもらったりして、なんとかって感じだけど」

「それでも、もう曲が作れるなんてすごいよ」


 たしか「オリジナルとか作らないの?」と聞いたのは、八月が始まってすぐのことだったはず。何気なく訊ねたつもりなのに、たった一ヶ月足らずで完成させてしまうなんて、さすが亮くんだなと感心する。


「文化祭には間に合わせたくて。残りは練習とか、莉緒と合わせる期間にしたかったから」

「……聞いてみたい」


 亮くんは私と過ごす時間のことまで考えてくれている。嬉しくて、ぽつりと呟くよう言葉が出た。

 微笑んだ彼が小さく頷く。すうと息を吸って、弦に指を這わせはじめた。

 ロックっぽい曲調。だけど、口ずさむメロディはちょっと切なげ。コード進行とかオクターブ奏法とか、以前亮くんが言っていたことは今でもよくわからないけれど──なんとなく、アジカンっぽいなと思った。


「……こんな?」

「すごい……かっこいい。それに、弾きながら歌えるなんて、やっぱりすごいよ」

「歌うっていうより、こんなイメージかなってメロディ口ずさんでただけだよ。でも、早く莉緒に歌ってほしいって頑張った」


 そう言って、無邪気に笑う。

 彼の笑顔にきゅんとするのは、これで何度目だろう。

 そんなのもう、数えきれない。きっとこれからも、私はこの笑顔にときめいて、そのたびに彼をもっと好きになっていくんだ。


「実は……歌詞もできてたり」

「え、見たい!」

「これがさあ、めっちゃ恥ずいんだよな。感性バレるっていうか」

「でも歌詞って、そういうものでしょ」

「まあ、そうだけど。……笑わない?」

「笑わない笑わない!」


 彼は「じゃあ」と気恥ずかしそうにスマホを取り出し、メモアプリを開いて見せてくれた。


 書かれていたのは──純文学的で叙情的みたいな、現代文の偏差値が上がりそうなもの。


「これ、亮くんが考えたの?」

「まあ」

「亮くんっぽい」

「……さんきゅ」


 わずかに頬を赤らめる亮くん。彼の髪をなびかせる海風の中に、甘い香りが混じっている気がした。

 この曲はきっと、彼の“好き“がぎゅっと濃縮された曲。その中に、少しでも私が入っていたのなら──こんなに幸せなことはない。


 スマホの画面を見つめながら、ふと気づく。

 紡がれる言葉は、途中で終わっていた。


「これ……、一番の歌詞しかない?」

「うん。二番は、莉緒に書いてほしくて」

「……私?」


 聞き返せずにはいられない。まさか自分がそんな大役を頼まれるなんて、思ってもみなかった。

 

「そ、共同作業っていうか。莉緒の想いもメロディに乗せてみたいなって」

「でも私、亮くんみたいな詩的センスないよ」


 言いながら、心臓の音が少しだけ速くなる。

 私の想い──そんなの書いたら、亮くんに気持ちがバレてしまいそうだ。

 

「俺だってないし。だけど、莉緒の言葉で莉緒が歌う。それを俺が弾けるって、なんか……最高の贅沢かなって」


 ふっと笑った顔は、いつも以上に子どもっぽく見えた。

 私たちの間を通り抜ける潮の香りがたまらなくなって、胸が騒ぎだす。


 ──やっぱり、好き……。


 どうしようもないほどに、私は彼のことが好き。

 視線を逸らして息をひとつ呑み込む。そしてこの気持ちをごまかすように、ゆっくりと口を開いた。


「……書いてみる、二番」


 言葉にした瞬間、亮くんの顔がぱっと明るくなる。その笑顔に心臓がまた早鐘を打った。

 せめて彼が私のことを見てくれている間だけは、彼の期待に応えたい。それにもう、気持ちなんて隠しきれないのかもしれない。


「ありがとな、莉緒」


 やさしく笑う声。

 名前を呼ばれただけでこんなにも心が震える人なんて──この地球上に、亮くんしかいない。


「……ね、動画撮ってもいい?」

「動画?」

「うん、ギター弾いてるところ。たくさん練習したいから」


 彼の作った曲を早く覚えたい。隣で歌ってみたい。

 カラオケじゃなくて、ステージに立って観客の前で歌う。それがとれほど緊張することなのか、まだ全然実感すら湧かないけれど。

 亮くんが言っていた通り、最高の思い出にしたい。

 

「こっちも音源送りたいって思ってから大丈夫だけど、かなり恥ずいから後ろ姿な」

「……横からもダメ?」

「ダメ。それは目に焼き付けておいて」


 叱るようで、甘く囁くような口調。

 他の人から聞いたら「キザだな」としか思わないセリフも、亮くんというフィルターを通すだけで魔法の言葉みたいに聞こえてしまった。

 亮くんは、くるりと私に背を向けた。後ろ姿なのに、胸はどんどん高鳴っていく。大きくて、ちょっと丸まった背中が愛おしい。手元ではスマホを構えながらも、目は彼から離せない。


「準備できた?」

「できた。失敗したら撮り直しな」


 顔は見えないけれど、声色でどんな顔をしているのかはすぐにわかった。


 ──やっぱり、亮くんって子どもみたい。


 そんなことを考えながら、私は録画ボタンを押した。

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