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Re:海辺の君と青に溶けるような恋をする  作者: 葉南子@アンソロ発売中!
第2章 夏の日、陽炎

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第12話 嗚呼、青天の霹靂


 花火が打ち上げるまで、あと一時間を切っていた。

 その間、私たちは一年生のときの思い出話、二年生になってからの出来事、それから音楽の話をして過ごしていた。


「一年のときって、あんまり莉緒と接点なかったよな」

「そうだね、席が近くなったときに同じグループになったくらいかな」

「ほんと、わかんないもんだよな」

「だね」


 本当は、そのころにはもう私は亮くんのことが好きだった。

 進級してクラスが別れた瞬間、この恋は叶わないものだと諦めていたのに──今はこれ以上を夢見てしまうくらい、亮くんの隣にいる。

 あの日、スマホを引き出しに忘れた自分に、これほど感謝するとは思わなかった。


「あのとき、屋上に鍵かけてたら……莉緒はドアをくぐれなかったんだもんな」

「うん」

「だから……開けといてよかった」


 亮くんは少し目を逸らして、でもすぐにまた私の方を見て、小さく笑った。その笑顔には、ちょっとの照れくささと真剣な温度が混ざっていて──。


 ──そんなこと言われたら……。


 期待してしまう。

 それとも──期待して、いいの?

 

 少しの間、言葉が途切れる。彼と視線を合わせる勇気も、想いを言葉にする勇気も──私には、まだ足りなかった。

 夕暮れの朱に染まった空は、次第に夜の帳を下ろしていく。静まり返ったような空気の中、亮くんが視線をこちらに寄せて、ふっと小さく笑って訊ねた。


「莉緒、花火好き?」

「えっ、うん、好きだよ」

「俺も好き。……綺麗だよな」

「……うん、綺麗だよね」


 会話の内容に、深い意味なんてないのかもしれない。

 それでも、胸は火が灯ったように熱くて、どきどきと音を立てる鼓動に、甘く息が詰まる。

 まだ花火は上がっていないのに、空気だけはすでに特別に感じられた。


 ──この雰囲気なら、言えるかもしれない……。


 足りなかった勇気を後押しするように、夜風が淡く背中を撫でた。

 ぎゅっと唇を噛み締める。浴衣の袖も、力いっぱい握りしめた。

 口から飛び出そうな心臓を押さえるように息を止め、そして、覚悟を決めて口を開いた。


「あのね……亮くん、私……」


 息を呑んだ瞬間。

 空に咲いた大きな花が、私たち姿を夏の夜に浮かび上がらせた。

 それから少し遅れて、始まりの合図を告げる重低音が響き渡る。


「……っ、始まったみたいだね!」

「だな」


 言葉の続きを誤魔化すように、私は必死に笑顔を作った。亮くんも、その続きを求めてこない。聞こえなかったのか、それとも聞こえないふりをしてくれているのか。

 彼はごく自然に微笑んでいて、私にはその判断がつかなかった。


「やっぱ、綺麗だよな」

「うん。ほんと、綺麗……」


 次々と打ち上がる光の花が、夜空いっぱいに咲き続ける。


 ──言えなかったな……。


 消えゆく花びらを見つめては、胸の中で小さく呟く。

 きっともう、こんなに勇気を振り絞ることはないのかもしれない。それでも、不思議と後悔はなかった。

 隣にいる彼の横顔が、花火よりもずっと綺麗で──だから今は、それだけで十分だと思えた。


 ♬⋆.˚♬⋆.˚♬⋆.˚


「すごかったね! 感動しちゃった!」

「だな」

 

 最初こそ、緊張と告白できなかったどきまぎ感で集中できなかったけれど、それすらも全部塗り替えるような花火の迫力と美しさに圧倒されていた。

 

「俺、実は花火ちゃんと見たの初めてなんだよね」

「そうなの!?」

「興味なかったっていうか。昔は屋台とかのほうに夢中だったから」

「花火、すごいでしょ」

「うん、感動した。で、莉緒と見れてよかったって思う」


 薄暗くなった夜の中で、彼の笑顔だけが無邪気に輝いて見えた。


 ──ねぇ。私たちって、両思いなの……?


 そんなの怖くて確かめられない。うぬぼれだったら、勘違いだったら、フラれてしまったら──私はもう、亮くんの前で歌えない。それどころか、一緒にだっていられない。

 この関係が崩れてしまうくらいなら、触れずにいよう。


 ──ああ。嬉しいのに、つらいなあ……。

 

 さっきまで「隣にいれるだけで幸せ」と思っていたのに、彼に触れたくてたまらなかった。


「そっ、そろそろ帰ろうか」


 少し強がるように笑って立ち上がり、浴衣の裾を払う。

 そのとき、一緒に立ち上がった亮くんの言葉が、私の動きを止めた。


「莉緒、ちょっと待って」


 振り向いた先の彼は、さっきまでとは違う顔をしていた。真剣で、肩にはわずかに力が入っている。


「話があるんだ」


 ──え……まさか……。


 そんなことあるはずない、でも、もしかして、もしかしたら──思考も鼓動もぐちゃぐちゃになって、呼吸の仕方さえ忘れそうだった。


「あのさ、莉緒……」


 一拍の沈黙。

 彼のまっずくな視線が私を射抜いた。


「文化祭……一緒に出ない?」

「……え?」


 何を言われたのか、瞬時に理解できなかった。

 

「……ぶんか、さい?」

「十月、文化祭あるだろ」

「……あっ、ああ! うん、あるね、文化祭!」


 頭の中から”告白”の二文字が消えていく。期待、緊張、願い──打ち上がった想いは、夜空に落ちていく残火のように霧散していった。


「曲を作ろうと思っててさ。それで、莉緒と一緒にステージに立ちたいんだ」

「ステージ……?」

「俺も上手くなってきたし、そろそろ演ってみてもいいかなって。それに……莉緒の歌、みんなに聴かせたい」


 亮くんの瞳は、ずっとまっすぐだった。それこそ、本当に告白されていると錯覚してしまうほどに。

 いや、これもきっと、彼にとってはひとつの告白なのかもしれない。

 だから、そんな真剣な眼差し前にして、首を横に振るなんてできるはずかなかった。

 

「……うん。出よう、一緒に」

「さんきゅ。俺、頑張るから。最高の思い出にしような」


 その笑顔は、夏の夜空に咲いた向日葵みたい眩しくて、泡沫(うたかた)の陽炎みたいに揺れていた。

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