6. 過ちを繰り返さないために
今回の戦いは、とてもあっけなく終わった。
相手が油断している夜に一斉に奇襲を仕掛け、僅か1時間でセルジュは敵のトップを討ち取った。
その後はただの掃討戦となり、夜が明ける前には全て片付いていた。
早朝に撤収作業が始まり、怪我人も含め皆拠点へと帰還した。
戻ってから早速、セルジュは後始末に追われた。
彼は部下と一緒に状況整理しながら、拠点の様子を見回っていた。
「被害規模は?」
「一割未満です。
短期決戦に持ち込んだおかげで、かなり小さく済んでおります。
物資や食料も余裕があり、このあと別の戦いに参戦しても問題ないレベルです」
「しかし上からは『速やかに帰還』としか命令が下りていないだろう?
ならばこのまま帰るぞ。
無論、勝利を上に伝えるために伝書鳩は飛ばしておけ」
「はっ!」
部下は敬礼すると、セルジュの指示を他の兵士へ伝達しに行った。
周りの兵士達は圧倒的な勝利で意気揚々としていた。
中には祝杯をあげる代わりに、水の入ったコップを軽くぶつけ合っている者だっている。
本来なら浮かれすぎだと注意をするべきなのだろうが、そんな気は起きなかった。
死闘の末得られる勝利を喜ぶ権利を抑え込むなんて、人として考えられなかった。
それに一応仕事に支障をきたさないはしゃぎ方で、誰もお酒は飲んでいない。
ならば猶更水を差すのはよくない。
セルジュは医療班のテントの前で一瞬立ち止まった。
中では軍医が忙しなく働いているのが、雰囲気でなんとなくわかる。
被害がとても小さくても、個人の傷は深くなる時だってある。
ふと外に出てきた看護師と目が合った。
「ちゅ、中将!? どうかされたのですか?」
「ここにジャン・ヴェベールが運び込まれたと聞いた。
今の容態は?」
看護師は動揺しながらも、「少々お待ちを」と言ってテントの中に戻っていた。
そうして少しだけ待っていると、ジャンの担当医と思われる人物が出てきた。
彼の目にはクマができていて、あまり休めていないようだった。
「ドラクロワ中将、お待たせいたしました。
彼はまだ眠っていますが、現場で適切な処置が施されたため命に別状はありません。
恐らく後遺症も残らないかと。
ですが出血がひどく、目を覚ますまではまだ時間がかかると思います」
「……そうか。ならいい」
「お会いになられますか?」
セルジュは首を振って拒否した。
自分が中に入れば、おそらく医師達は一瞬手を止めてしまうだろう。
疲弊した兵士達にも気を使わせてしまうことは明白だ。
それに担当医がそういうのであれば、目を覚ました後に見舞いに行っても問題ない。
彼はそう判断した。
「中にアデルはいるか?」
「ご子息ですか?
ヴェベールさんが運び込まれた時はいましたが、今はおりませんね。
あの様子ですと相当参っているようでしたから……
どこかで休まれているのかと」
「……」
セルジュはお礼を言うと、医師を置いてどこかへと向かっていった。
だが方向はセルジュのテントではない。
アデルがいそうな、人気のない拠点の隅だった。
予想通り、彼は誰も来ないテントの裏に蹲っていた。
いつもの熱はどこにもなく、膝に顔を埋めてじっとしている。
セルジュが来たことはなんとなく察したようだが、頭を上げる素振りはない。
セルジュはそんなアデルの横に立ち、テントの骨組みに背中を預けた。
「どうだ? 本物の死闘を目にした気分は?」
「…………最悪」
アデルは体を動かさず、声を曇らせて返事をした。
ジャンの容態から彼が何を見てきたものは何となく察する。
それでもセルジュは、アデルの話を遮ることはしなかった。
「人を斬るのが……反吐が出るほど、こんなに気持ち悪い事だとは……
もう助からないと分かっていても、戦おうとするなんて……
それに、俺のせいでヴェル兄が怪我して……死地を彷徨わせて……挙げ句の果てに、殺しかけて……
俺は……こんなにも、無知で……弱かったのか……?」
「……」
セルジュはわざと何も言わなかった。
確かに14歳のアデルにとっては、あまりにも重たすぎるかもしれない。
でも兵士であれば、このような挫折は何度も味わうことになる。
だからこそ、正面から自力で向き合うしかないのだ。
セルジュは更にアデルに現実を突きつけた。
「戦争で仲間が死ぬのは当たり前だ。
そして兵士は絶命するまで戦う義務がある。
慣れろ」
「――!?」
アデルは思わず立ち上がった。
睨むようにセルジュの顔を見ると、彼は真顔だった。
「ふざけるな!
そんなことが日常茶飯事であってたまるか!
父上はヴェル兄が戦死するかもしれないと、とっくに割り切っているとでも言うのか!?」
「当然だ」
アデルは頭に血が上った勢いで、セルジュの胸倉を掴んだ。
セルジュはしばらく無言で何もしなかった。
しかしアデルは唇を震わせながら、鋭い目で見てくるだけだった。
このままでは埒が明かないと判断したのか、セルジュはアデルの手を振りほどいた。
「どんなに拒絶しようと、それが現実だ。
受け入れられないのであれば、軍学校を辞めろ」
「……っ」
セルジュは言い淀むアデルに背を向けて、立ち去ろうとした。
冷酷だと言われたって構わない。
アデルが強い兵士を志すのであれば、これくらい言われても言い返さなければダメだ。
たかが大切な人を失いかけて心を折られそうになるほど弱ければ、必ず死ぬ。
今すぐ言い返せと言わなかったのが、セルジュの唯一の良心だった。
だが、そんな猶予は必要なかった。
アデルはすぐに、父親に向かって大きな声で叫んだ。
「――だったら失わないようにすればいい!
ヴェル兄も……他のやつも、俺が全員守ってやる!
そのためにもっと強くなって、必要な知識も全部身に着けてみせる!
俺は絶対、そんな地獄のような現実を全面否定してやるからな!!」
セルジュが振り返ると、アデルはこぶしを握り締めて立っていた。
その顔は今までのあどけなさが少し抜け、覚悟が決まった兵士の顔つきになっていた。
まるで一枚皮がむけたように。
セルジュは鼻で笑った。
だが決して馬鹿にしているわけではない。
少しだけ、口角が緩んだような気がしたからだ。
それを証明するように、彼は短い言葉だけ残して立ち去った。
「いつでも力試しの相手をしてやる。
弱くなったら容赦しないぞ」
アデルはこの時初めて、父親に向かって敬礼した。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
本作品は連載小説「黄金が再び輝く時」のサブストーリーとなります。
本編では18歳になったアデルが、主人公の仲間として大活躍します。
もちろんヴェベールなどの他の登場キャラも関わってきます。
この物語が面白いと感じた方は、ぜひシリーズのリンクから本編も読んでいただけると嬉しいです。




