1. 戦争に紛れ込んだ少年
戦場というのは、思ったよりも静かなものだった。
まだ戦いが始まっていないというのもあるが、周囲の兵士は予想以上に落ち着いている。
軍学校を卒業したばかりのジャン・ヴェベールにとって、今回が初めての戦いだった。
聞いた話では隣国との小競り合いのようで、規模はそこまで大きくない。
気さくに話しかけてくれる先輩達も、とてもリラックスしていた。
「お前が羨ましいよ、ジャン。
俺の初戦はあの大国、グエッラとの衝突だったからな。
あん時はマジで死ぬかと思ったよ」
「へぇ、そうだったんですか」
「ま、最初は生き延びることだけ考えな!
戦績とかそういうもんは、生きててなんぼだからな!
がっはっはっは!」
先輩兵士のジェラールはヴェベールの肩に腕を回し、豪快に笑いだした。
悪い気はしないが、耳が壊れそうなほど声が大きい。
牽制するために、ヴェベールはにこにこしながら彼の鼻を摘んだ。
するとジェラールは「いてっ!」と反射的に距離を取り、冷ややかな眼差しを向けた。
「……可愛い顔つきのくせにおっかねぇなぁ。
お前、将来大物になるんじゃないか?」
「あははっ、よく言われますね」
ヴェベールは愛嬌のある顔で、小悪魔のような笑みを作った。
ジェラールの想像以上に、ヴェベールはとても落ち着いていた。
噂では彼は特待生として卒業し、最年少で指揮官になってもおかしくないとか。
実際人柄はすごくよくて、入隊してわずか数日で部隊に打ち解けてしまったほどだ。
時々今回みたいなお茶目な一面を見せるが、それも彼のアイデンティティとして受け入れられている。
「あーあ、心配して損した。
今回の戦い、お前の師匠のドラクロワ中将が指揮を執るだろ?
そんで緊張しているかと思ったぜ」
「ありがとうございます、先輩。
そりゃあ緊張していますよ。
でもおどおどしていると、先生の雷が落ちますからね」
ジェラールはヴェベールの言葉を肯定するように肩を竦めた。
その後も2人は雑談を続けていたが、別の兵士から仕事を頼まれて別れることになった。
ヴェベールは軽快に走り去る先輩の姿を見届け、自分の持ち場に向かった。
頼まれたのは、荷物整理だった。
一見ただの雑用にも見えるが、弾薬や食料などが入っていて1つ1つの重量がかなりある。
新人にはもってこいの仕事だ。
ヴェベールは文句言わず、ただ黙々と仕分けと運搬を行っていた。
そんな中、少しだけ違和感を感じた。
「ん? この荷物、ここに置いてたっけ?」
最初はただの気のせいだと思っていた。
だが仕事を続けていると、片づけたはずの荷物が別のところに置かれていることが増えた。
しかも決まって背中を向けたり少し場所を離れた時に限ってだ。
流石におかしいと思い、ヴェベールは体に刻んだ魔術刻印を起動させ刀を一本召喚した。
「……そこにいるのは誰だ? とっとと出てこい」
荷物の山に向かって、彼は低い声で威圧した。
しかし、何にも返ってこない。
仕方なく鞘から刀身を覗かせると、ガラガラと大きな音が鳴り響いた。
崩れた山の中からゆっくりと現れたのは、赤い髪だった。
髪型はすごくさっぱりとした感じで、かなり体格は小さようだ。
そのまま姿がどんどん顕になってくると、不貞腐れた1人の少年であることがわかった。
「――!? あ、アデル!?」
ヴェベールは思わず、刀を落としかけた。
少年アデル・ドラクロワは、ドラクロワ中将の一人息子だ。
ヴェベールが幼い頃から中将に刀を教わっている間柄、4歳年下のアデルの面倒を見ることは少なくない。
実際、血のつながらない兄弟のような関係だった。
だからこそ、兵役の年齢を満たしていない彼がいることに驚かざるを得なかった。
ヴェベールの糸目が見開き、ルビー色の瞳がはっきりと見えるほど。
荷物が動いていたのは、じっとしていられなかったアデルのせいのようだ。
「お前、何でここに!?」
「…………」
アデルは目線を泳がせながら、必死に言い訳を考えているようだった。
だがどんなに待っても口を開く気配はない。
仕方なくヴェベールは、少し荒くなった口調でアデルの考えそうなことを言ってみた。
「当ててやろうか?
戦いたくて仕方なかったんだろ?」
「……っ」
図星だ。
更に目の動きが慌ただしくなった。
ヴェベールは思わず大きな溜息を吐き出し、頭を抱えた。
「おいおい……そのためだけに軍学校を抜け出したのか?
王女の護衛任務はどうしたんだ?
まさか、国王の命令をすっぽかしたわけじゃないよな?」
「……書き置き……した」
ヴェベールは呆れて上を見上げた。
そして一旦頭を整理する。
やがて彼は正面を向き、満面の笑みでアデルに歩み寄った。
そしてヴェベールの怒りを感じて肩を跳ねさせた彼の耳を掴み、そのまま全力で引っ張り始める。
「いだだだだ!? やめろ、ヴェル兄!
いいだろ! 俺は強い! 参戦させろ!」
「んー? ごめーん、よく聞こえないなぁ?
『剣聖の息子』とかちやほやされて、気が強くなっちゃったぁ?
それともぉ、王女様が優しいから自分の甘えがどこでも通用すると思ったぁ?
お子ちゃまだねぇ、アデルちゃんは。
だから今でも身長が伸びないんじゃなーい?」
「誰がチビだ!? それとこれとは話が違うだろうが!」
「ありゃ、かわいいねぇ。
小さいのに口調だけ父親の真似をしちゃってぇ。
まるで仔犬みたいだなぁ、よしよし」
「――っ! 頭撫でるな!」
アデルは顔を真っ赤にして抵抗しようとした。
しかしジヴェベールはがっしりと彼の体を抱きしめ、身動きすら許してくれなかった。
そのため、アデルはただ頭を擦られるのを受け入れるしかなかった。
「あっ、そうだ! 折角だし、師匠に自慢の弟が来ていることを伝えちゃおうっと。
もちろん、一緒に来るよね?」
「っ!? やめろ、それだけは……!
父上にバレたら、こってり絞られる!」
アデルの顔は一気に青色に変化した。
それが面白かったのか、ヴェベールは見たことのない恐ろしい笑みを頭上から覗かせた。
確実に、本気で怒っている。
「……来るよね?」
「…………はい、すみませんでした」
ヴェベールはアデルをしっかり拘束して、ドラクロワ中将のいる拠点の中心部へと向かった。
その間ヴェベールはいつも以上に爽やかな笑顔で、萎んだアデルを引きずっていた。




