再会
その日は、会社を早く出た。
上司は来なかった。
新人は無言。
経理はいつも通り微笑んでいる。
静かすぎる。
駅前のコンビニに寄る。
いつもの店員が無表情でレジを打つ。
「お疲れさまです」
俺が言う。
店員は軽く会釈するだけ。
常連だから、余計な言葉はいらない。
外に出たとき。
「……三上?」
背後から声がした。
振り向く。
高校の同級生だった。
少し太った。
スーツ姿。
名札がついている。
「ああ」
名前がすぐ出てこない。
でも顔は覚えている。
「久しぶりじゃん。何年ぶり?」
「そうだな」
適当に笑う。
「今なにしてんの?」
自然な質問。
「会社員」
即答。
「へえ、どこ?」
一瞬、間が空く。
「……市内」
嘘じゃない。
市内だ。
「俺はさ、商社入ったんだよ。転勤ばっかでさ」
饒舌だ。
自信がある声。
「忙しそうだな」
「まあな。でも給料いいし」
笑う。
視線が俺のネクタイに落ちる。
少しよれている。
「帰り?」
「ああ」
「この辺、会社あったっけ?」
軽い調子。
でも言葉が刺さる。
「あるよ」
短く言う。
「どのビル?」
「……言っても分からないと思う」
同級生が少し首をかしげる。
「そういやお前、昔から一人でいるの好きだったよな」
笑う。
悪意はない。
「今もあんまり変わってないだろ」
その言葉が、少しだけ胸を刺す。
「いや、部下いるよ」
口が勝手に動いた。
「へえ、上司?」
「いや、指導してる」
「すごいじゃん」
軽い拍手。
本気じゃない。
そのとき、同級生の視線が俺の腕に止まる。
引っかき傷。
昨日、たけるにつけられた跡。
「どうしたそれ」
「仕事」
即答。
「大変なんだな」
笑う。
同情半分。
スマホが鳴る。
同級生のだ。
「悪い、彼女からだ」
画面をちらっと見せる。
女性の名前。
「じゃあな、また」
去っていく。
迷いのない足取り。
その背中を見送る。
彼女。
部下。
会社。
普通の言葉が頭の中で反響する。
俺は間違っていない。
ちゃんと働いている。
ちゃんと守っている。
でも、さっきの「どのビル?」が離れない。
夜道を歩く。
足音がやけに響く。
向かいの家の前を通る。
灯りは消えている。
カーテンが閉じている。
俺は立ち止まらない。
立ち止まらないほうがいい。
でも、視線は自然と向いてしまう。
胸がざわつく。
母親の言葉。
同級生の笑い。
“関わるな”
俺は何も間違っていない。
……よな?
塀の向こうで、何かが動く音。
振り向く。
暗闇。
今日、たけるの姿は見えない。
妙に静かだ。




