帰り道
帰り道、少し遠回りをする。
理由は特にない。
ただ、昨日すれ違った女の子の家の前を通ると、
安心できる気がする。
偶然だ。
たまたまだ。
電柱のそばに、その子が立っている。
今日は制服のまま。
俺に気づいた瞬間、体が固まる。
でも、逃げない。
昨日より、ちゃんと立っている。
「こんにちは」
声をやわらかくする。
驚かせないように。
彼女の唇が動く。
「……こんにちは」
聞こえた。
ちゃんと。
小さいけれど、はっきり。
胸の奥が少しだけ熱くなる。
距離は三歩分。
近づくと、彼女は半歩下がる。
完全には離れない。
昨日より、少しだけ近い。
「今日は部活?」
「……ない、です」
言葉が途切れ途切れ。
声が震えている。
寒いのかもしれない。
「そうか。じゃあ早く帰ったほうがいいな」
うなずく。
目は合わない。
でもちゃんと聞いている。
「昨日、ちゃんと帰れた?」
彼女は一瞬、顔を上げる。
目が合う。
すぐに逸らす。
「……はい」
短い。
でも拒絶じゃない。
会話だ。
二階の窓が、静かに開く音。
母親がこちらを見ている。
目が鋭い。
まるで監視だ。
「お母さん、心配性なんだな」
俺が言うと、
彼女は小さく首を振る。
「ちが……」
消えそうな声。
否定した?
母親をかばったのか、
それとも俺を否定したのか。
きっと前者だ。
優しい子だから。
「俺、怖くないよ」
口に出してから、少しだけ間が空く。
彼女の肩が揺れる。
視線が完全に地面に落ちる。
「……」
唇が震えている。
何か言いかけて、やめる。
玄関が勢いよく開く。
母親が出てくる。
「何か御用ですか」
丁寧だが、冷たい。
彼女の腕を強く引く。
娘を後ろに隠す。
彼女が、ほんの少しだけ顔を出す。
そして、小さく言う。
「……だいじょうぶ」
誰に向けてか分からない。
母親か、俺か。
でも“だいじょうぶ”と言った。
俺は間違っていない。
「この子は一人で帰れますので」
母親がはっきり言う。
拒絶。
「送るだけです」
自然に出た言葉だった。
必要だから言った。
守るのは当然だ。
母親の目が細くなる。
「結構です」
即答。
扉が閉まる。
鍵の音。
その音が、少しだけ胸に刺さる。
でも問題ない。
時間が必要なだけだ。
帰り際、窓を見上げる。
カーテンの隙間。
影が動く。
見ている。
ちゃんと、見ている。
家に戻ると、母が言う。
「あの子のお母さん、心配してたわよ」
「誤解だよ」
即答だった。
「俺は何もしてない」
本当に、何も。
ただ気にかけているだけだ。
それだけだ。
布団に入る。
今日の“こんにちは”が頭の中で何度も再生される。
小さかった。
でも確かだった。
距離は縮んでいる。
母親さえいなければ、もっと自然に話せる。
彼女は分かっている。
俺が怖くないってこと。
まだ、大丈夫。




