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いつも通りの朝

朝。


ネクタイを締める。


曲がっていない。


鏡の中の自分は、少しだけ穏やかだ。


 


家を出ると、門のそばにたけるが立っている。


細身の青年。


寝癖のついた髪。


左耳の上に、小さな古い傷跡。


 


「今日も来たのか」


 


たけるは何も言わない。


ただ視線を合わせて、少しだけうなずく。


 


逃げない。


 


「ついてくるなよ」


 


そう言うと、半歩遅れて後ろを歩く。


 


距離は保っている。


でも離れない。


 


「しょうがないな」


 


小さく笑う。


 


会社の前で足を止めると、たけるも止まる。


 


「外で待ってろ」


 


素直にうなずく。


 


安心して扉を押す。


 


軋む音。


いつも通り。


 


「おはようございます」


 


中には同僚がいる。


若い男。


落ち着きはないが、今日はきちんと立っている。


 


「今日も早いですね」


 


そう言って笑う。


 


「仕事だからな」


 


軽く返す。


 


窓際には上司が立っている。


腕を組み、こちらを見る。


 


「遅れるなよ」


 


低い声。


 


「はい」


 


素直にうなずく。


 


事務机の横。


白いブラウスの女の子が座っている。


経理担当。


 


「昨日の報告、完璧でした」


 


柔らかく微笑む。


 


「当然だろ」


 


照れ隠しに視線を逸らす。


 


空気は落ち着いている。


 


奥の部屋の扉は閉まっている。


 


昼休み。


 


人の動きが少なくなる。


 


静かな時間。


 


扉を開ける。


 


そこに彼女がいる。


 


制服姿のまま、横になっている。


 


眠っているみたいだ。


 


「今日も来た」


 


小さく言う。


 


返事はない。


 


でも怒っていない。


 


怖いとも言わない。


 


ここは静かだ。


 


外より、ずっといい。


 


「会社の中だけな」


 


誰にも聞こえない声で言う。


 


内緒の関係だ。


 


手に触れる。


 


冷たい。


 


でも落ち着く。


 


「守ってる」


 


それだけで十分だ。


 


夕方。


 


「お疲れ様です」


 


同僚が帰る。


 


上司が一瞥して外へ出る。


 


経理の子は最後まで微笑んでいる。


 


ビルを出ると、たけるが立ち上がる。


 


「帰るぞ」


 


並んで歩く。


 


振り返る。


 


奥の部屋に向かって小さく言う。


 


「また明日」


 


全部、ここにある。


 


会社も。


 


仲間も。


 


彼女も。


 


何も失っていない。


 


明日もきっと、同じ朝が来る。


 


静かで。


 


やさしい朝が。

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