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いつも通りの朝  作者: えみり


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19/22

待つ

その日は早く帰った。


会社は静かだった。


もう急ぐ仕事はない。


 


住宅街に、まだ夕方の光が残っている。


 


向かいの家の前を通り過ぎる。


止まらない。


 


少し先の角。


電柱の影に立つ。


 


待つ。


 


理由はある。


ちゃんと話せばいい。


誤解を解けばいい。


 


守るためだ。


 


足音が聞こえる。


 


制服。


小さな鞄。


 


彼女だ。


 


こちらに気づく。


一瞬で顔色が変わる。


 


足が止まる。


 


「話したい」


 


できるだけ穏やかに言う。


 


彼女は後ずさる。


 


「来ないでください」


 


はっきりした声。


 


胸が少し痛む。


 


「誤解なんだ」


 


一歩近づく。


 


彼女は角の壁に背中をつける。


 


「猫のことも、全部」


 


「触らないでください」


 


言葉が重なる。


 


その目。


 


もう隠していない。


 


恐怖。


 


「怖いです」


 


二度目。


 


はっきり。


 


逃げ場を探すように視線が揺れる。


 


「なんで」


 


思わず出る。


 


「守ってるだけだろ」


 


「守ってない」


 


即答。


 


「怖いです。やめてください」


 


頭の中で何かが軋む。


 


違う。


 


違う。


 


外が悪い。


近所が悪い。


母親が悪い。


 


俺じゃない。


 


彼女の呼吸が早い。


 


涙が浮かぶ。


 


「帰ります」


 


横をすり抜けようとする。


 


反射的に腕を掴む。


 


細い。


 


びくっと震える。


 


「離して」


 


小さい声。


 


でも強い。


 


その声が、たけると重なる。


 


暴れて。


逃げて。


怖がって。


 


だから。


 


「落ち着け」


 


もう片方の手も伸びる。


 


「怖くない」


 


自分の声が、少し遠い。


 


彼女が泣く。


 


「やめて」


 


その言葉が、最後に刺さる。


 


やめたら。


 


このまま外に出たら。


 


また怖がる。


 


また震える。


 


また奪われる。


 


だったら。


 


怖くない場所にすればいい。


 


外が届かない場所に。


 


腕に力が入る。


 


「大丈夫だ」


 


耳元で言う。


 


「もう怖くない」


 


彼女の体が抵抗する。


 


でも細い。


 


守れる。


 


守れるはずだ。


 


夕方の光が、少しずつ落ちていく。


 


周囲は静かだ。


 


とても静かだ。


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