業務
朝。
廃墟ビルの扉を押す。
重い音。
鉄の匂い。
中は冷たい空気が流れている。
天井の梁に、灰色の影。
細い体がじっとしている。
片足に体重を乗せている。
もう片方は浮かせ気味だ。
羽が少し乱れている。
「出社してるな」
返事はない。
わずかに首が動く。
丸い目がこちらを見る。
すぐ逸らす。
床に昨日のパンくず。
いくつかはなくなっている。
灰色の影が小さく鳴く。
短い、乾いた声。
上の窓枠に黒い影。
大きい。
動かない。
じっと下を見ている。
鋭いくちばし。
光る目。
風が吹く。
羽が揺れる。
灰色の影が一歩動く。
黒い影が羽を広げる。
ばさ、と重い音。
灰色が跳ねる。
「落ち着け」
声が空間に吸われる。
黒い影が低く鳴く。
短く、鋭い。
灰色の影が羽ばたく。
しかし高くは飛べない。
梁にぶつかる。
粉塵が舞う。
「やめろ」
黒い影が一度だけ急降下する。
灰色の羽が舞う。
小さな鳴き声。
黒い影はすぐに窓枠へ戻る。
何事もなかったように。
灰色の影は床に降りる。
片足を引きずる。
呼吸が早い。
それでも、こちらを見る。
「仕事だ」
ゆっくり歩いて近づく。
灰色の体が硬直する。
それ以上は動かない。
壁際。
白い顔が椅子に座っている。
丸い目。
動かない口元。
風で髪が少し揺れる。
白い手は膝の上。
何も言わない。
何も変わらない。
ビルの奥で水滴の音。
黒い影がまた低く鳴く。
灰色が震える。
「教育だ」
誰に向けたのか分からない。
パンくずを拾い、床に撒く。
灰色の影が近づく。
警戒しながら。
黒い影は動かない。
ただ見ている。
静かな空間。
羽音。
風音。
軋む鉄。
人の声は、ほとんどない。
それでも。
ここは会社だ。
上下関係があって。
教育があって。
評価がある。
そういう場所だ。
ハトがパンをついばむ。
カラスが首を傾ける。
人形は、ただ見ている。
俺も、見ている。
それだけで、回っている。
回っているはずだ。




