窓の向こう
カーテンの隙間から、下を見る。
あの人がいる。
細い路地。
ゴミ袋の影の前。
しゃがんでいる。
その腕の中で、灰色の猫が暴れている。
ぎゅっと、抱きしめている。
「落ち着け」
声は低い。
優しいつもりの声。
猫の体が反る。
逃げようとする。
爪が腕に食い込む。
でも離さない。
「怖くない」
その言葉が、はっきり聞こえた。
怖いのは、猫だ。
呼吸が荒い。
体が小さい。
逃げたいのに、押さえつけられている。
撫でている。
何度も。
暴れなくなるまで。
動きが弱くなる。
「ほら、大丈夫だ」
何が?
喉の奥が冷たくなる。
昨日、言った言葉を思い出す。
“怖いです”
あのときの顔。
少し笑っていた。
今も笑っている。
猫の首元を支える指が、少し強い。
逃げないようにしている。
「守ってるだけだ」
守る?
猫は目を大きく開いている。
助けを求めるみたいに。
思わずカーテンを強く握る。
布が擦れる音がする。
あの人が一瞬、こちらを見る。
目が合った気がした。
息が止まる。
すぐにカーテンを閉める。
背中を壁につける。
心臓が早い。
あの人は、気づいていない。
猫が怖がっていることも。
自分が怖いことも。
「また来る」
小さく聞こえる。
足音が遠ざかる。
もう一度、そっとカーテンを開ける。
路地は空。
でも、地面にはまだ猫の毛が落ちている。
さっきまで、そこにいた証拠。
腕を抱く。
あの人の目を思い出す。
怒っていない。
悪意もない。
だから余計に。
怖い。




