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朝の光

目が覚めると、カーテンの隙間から朝の光が差し込んでいた。


枕元のスマートフォンを見る。

七時十二分。


少し寝坊だ。


急いで起き上がり、クローゼットからスーツを取り出す。

ネクタイを締めると、不思議と気持ちが整う。


鏡の中の自分は、どこにでもいそうな会社員だった。


悪くない。


 


リビングに行くと、母がトーストを焼いていた。


「おはよう」


「おはよう。今日は早いの?」


「ちょっと仕事が立て込んでてさ」


そう言うと、母は小さくうなずいた。


何も聞かない。

昔からそうだ。


テーブルに座り、コーヒーを一口飲む。


静かな朝だった。


 


「いってきます」


「いってらっしゃい」


玄関のドアを閉めると、少しひんやりした空気が頬に触れた。


 


隣の家の塀の向こうに、視線をやる。


「おはよう」


小さく声をかける。


少し間があって、顔がのぞく。


細身で、どこか警戒心の強い目をした少年。


「今日は学校だろ?」


彼はうなずいたように見えた。


「ちゃんと朝飯食えよ」


ポケットから小さな菓子パンを差し出す。


彼は近づいて受け取り、すぐに距離を取る。


「相変わらず人見知りだな」


思わず笑う。


でも、最近は少しだけ距離が縮まった気がする。


 


駅前のコンビニに入る。


自動ドアの音はいつも同じだ。


若い店員がレジに立っている。


「……おはようございます」


今日はちゃんと言った。


少しだけ嬉しくなる。


コーヒーとサンドイッチを持っていく。


「袋いりますか」


「大丈夫です」


短いやり取り。


それだけで十分だ。


 


駅とは反対方向に歩き、古い雑居ビルの前で足を止める。


外壁は少し色あせているが、嫌いじゃない。


静かな場所だ。


階段を上がり、三階のドアを開ける。


 


「おはよう」


フロアには新人が一人いる。


まだ入ったばかりで、落ち着きがない。


席を立ったり座ったり、資料を触ったり。


「慣れたか?」


声をかけると、軽く会釈する。


無口だけど、真面目だ。


「焦らなくていいよ」


デスクにパンを置く。


「差し入れ」


彼は少し驚いた顔をしてから、小さくうなずいた。


 


奥の席には経理の女性。


いつも静かに座っている。


「昨日の数字、まとめておきました」


ファイルを机に置く。


彼女は微笑む。


声は出さないけれど、ちゃんと聞いてくれているのがわかる。


この人の前だと、不思議と落ち着く。


 


午前中は資料整理。

昼は一人でコンビニのパンを食べる。


新人はまだ緊張しているみたいだった。


「午後は俺が説明するから」


そう言うと、彼は少し安心したようだった。


 


夕方、上司が顔を出す。


背が高く、目つきが鋭い。


「進捗はどうだ」


低い声。


「問題ありません」


そう答えると、しばらくこちらを見てから言った。


「……しっかり頼むぞ」


短い言葉。


でも、それで十分だ。


期待されている。


そう思うと、少しだけ胸が熱くなる。


 


帰り道、住宅街で制服姿の女の子とすれ違う。


ふわりと風が吹く。


彼女は立ち止まり、軽く頭を下げた。


「こんにちは」


声は小さい。


「こんにちは」


返すと、彼女はほっとしたように笑った。


その笑顔が、妙にまぶしく見えた。


夕日が強かったからかもしれない。


 


家の前に戻ると、塀の向こうから視線を感じる。


「ただいま」


少年はじっとこちらを見ている。


「今日もちゃんとやったよ」


そう言うと、彼は少しだけ目を細めた。


たぶん。


 


玄関を開けると、母の声がする。


「おかえり」


「ただいま」


普通の一日だった。


悪くない一日。


明日もきっと、同じように始まる。

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