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第六章 修錬所

 一般教養部門の学生は総じて若かった。

 というか、幼かった。学生のほとんどは幼魚である。

 基礎を勉強するので、他の専門科目に比べ指向性が低いが、まず子どもはこの科で学んだ後、自己の関心や適性の下、専門科目の授業を増やしていくのが一般的だった。

 六歳から入れると言うから、日本の小中学校に当たると考えられる。上限がなく何歳からでも入れるとはいっても、病気などにより年齢がいってから入ってくる者は二割ほどだ。ほとんどの学生は六年も通えば大抵課程を終了してしまうので、成人して一般教養部門に残っている生徒は一割にも満たない。

 一平は現在十六歳。出遅れること甚だしい。

 加えて一平の体格は並以上である。どう見ても同じ級の生徒には見えず、教授と見るには若すぎた。小学校に紛れ込んだ教育実習生というのが一番ぴったりした表現ではないだろうか。

 これだけ体格が違えば嫌でも目立つ。しかも一平の噂は既にかなり広範囲にまで広まっている。行方不明の王女を守って連れ戻した勇者一平は、一躍有名人となっていたのだ。

 王女の帰還は大人たちにとっても感激の出来事だったし、子どもたちにとっては華々しい英雄譚だ。大剣を扱い、叡智に長けた勇者たる者は憧れと羨望の的であり、まさか当の勇者が自分らと机を並べて―海人の学校に机はないが―勉学に励むことになろうとは、夢にも思っていなかったはずである。

 一般教養部門に所属する男児も女児も、皆勇者の入所に目を丸くし、おっかなびっくり歓迎した。そしてすぐにアイドル扱いし、一平はのべつまくなしに騒がれることとなった。


 特に喜んだのは同じように入所したての男の子たちである。年齢で言うと六、七歳が多い。初めて会った頃のパールくらいの体長とあどけなさがあり、なんだか懐かしかった。

 彼らにとって、一平はヒーローだ。

 そのヒーローと一緒に学べる誇らしさと共に、少なくともそのヒーローより自分は一日は先輩なのだという優越感、そしてそのヒーローが思った以上に人当たりのソフトな普通の青年だという親近感を得て、ますます好感を持った。

 授業があることでもあり、はじめは遠巻きにしていた彼らも、思い切って一人が声をかけると我も我もとやってくる。一平はいきなりの質問攻めに目を白黒させられっぱなしだった。

 はじめに声をかけてきた勇敢な少年は能弁だった。

 根っから明るく、純粋で好奇心が強く、頭も良く回るタイプだと一平は思った。インタビューのリーダーシップをとり、一歩でも二歩でも一平の身辺に近づこうと躍起になっている。

「勇者は地上でお生まれだって本当ですか?」

「お父上は槍将だったんですよね。勇者は槍の方は嗜まないんですか?」

「パールティア姫って、どんな方です?僕ら、小さい時にいなくなられたんで、あまり知らないんですけど」

「まだ成人していらっしゃらないんでしょ?それなのにプロポーズしたんですか?」

 などなど、かなり細かいことまで知っていて質問してくる。

 さすがにプロポーズの話が出た時には気恥ずかしくて、自分が裸にされているような居心地悪さを味わった。

 だが、答える時には素直になれた。

 相手が物のわかった頭の硬い大人たちではなく、年端もゆかぬ子どもたちだったからかもしれない。変に包み隠して少年たちの夢を壊してもいけないと思ったし、何より、否定することでパールの良さを捻じ曲げて伝えてしまうことを恐れたのだ。

「ボクが、守りたいと思ったから。他の誰にもその役を任せたくなくて…。たとえ幼魚でも、パールの汚れのない美しさは万人が愛して当たり前だと思うよ」

 大層なのろけだが、少年たちは感動をもって聞き入った。大人たちなら、わっと騒いでピーピー囃し立てるところだが、それがなかったので却って言った本人の方が驚いた。

「僕もそんな人に巡り会いたいなぁ」

 質問した主―名をレネといった―は、うっとりと呟いた。

「でも、勇者のように強く正しく優しくじゃないと、女の子にも好きになってもらえないよね。好きになってもらえないと結婚もできないし、子どもも残せないし…」

 七歳かそこらの少年の発言とは思えない言葉が口から出てくる。そう言えば、パールもそうだった。 十歳の頃には既に、赤ちゃんをいっぱい生みたいと口癖のように言っていた。

 寿命の短いトリトニアの人々にとっては、自分の血を残すことがとても重要なことなのだ。


 一平には、少年たちの発言の中でもう一つ引っかかることがあった。

 彼らが一平のことを『勇者は…』『勇者の…』『勇者に…』と、当然のように『勇者』呼ばわりすることだ。

 いつの間にかそういうふうに呼ばれていることを知らなかったわけではない。だが、巷で言われているだけなのと実際に名前の代わりに目の前で使われるのとは全然印象が違う。初めて会った少年たちに『勇者』と呼ばれることに、抗したい気持ちが膨れ上がってきた。

 一平は言ってみる。

「その『勇者』っていうの、やめてくれないかな」

「どうして?」

 ヒーローをヒーロー扱いすることのどこがいけないのか、少年たちにはわからない。

「…自分が呼ばれてる気がしないんだ。ボクにも一応親のつけてくれた名前があるからね」

「でも、せっかく勇者と同じ級になれて、友達になれるのに…」

「ほら、また。友達だと思ってくれるのなら、ますます名前で呼んで欲しいよ。ボクの名は…」

「知ってます。『一平』でしょ?」

 レネは勢い込んで遮った。他の誰よりも一番に言ってやる、との思いが、身体中から滲み出ている。

「何でも知ってるんだな。ボクが喋る必要なんてどこにもない」

「勇者は今、話題の人だもの」

 言ってから、あっ、とレネは口を押さえた。

「もう、癖になっちゃってるみたいだな…」

 半ば諦め口調で、一平は嘆いた。パールが自分のことを『一平ちゃん』と呼ぶようになって久しいが、当初は彼女とて、慣れない言い回しで『イッペイ』と呼んでくれていたのだ。学がパールのことを赤ちゃん扱いして『一平ちゃん』などと教えてくれるから、いつの間にかそう呼ぶのが当たり前になってしまったのだ。

 パールがそう呼ぶのは今では全く違和感などないが、他の人間にも呼ばれたいわけではない。とは言え、この少年たちからも本来の名で呼んでもらえないとなると、つくづくそういう星の下に生まれたのかなと思ってしまう。

「…すみません。でも…どうお呼びすれば?いくらなんでも呼び捨てにはできないし…」

「すればいいさ。ボクは構わない」

「そういうわけにはいきませんよ!年下だってだけでも差があるのに」

「じゃあ、『一平さま』かなぁ」

 他の少年が呟く。

「『勇者どの』じゃいけないの?」

「勇者は『勇者』は嫌だって言ってるじゃないか」

「おまえまた言った!」

「わ…」

 思い思いの呼び名を言い合って賑やかになってきた。

「姫さまは?パールティアさまはなんて呼ぶんですか?」

「え…それは…」

 思わず一平は口ごもった。言いたくなかった。

「国王陛下は?王妃陛下とか、王宮の方々は何と?」

 それらの人々は、感謝と親しみと節度を込めて『一平どの』と呼ぶ。


 トリトニアの『どの』は、日本の『殿』とは微妙に意味合いが異なる。日本では宛名につける『殿』は目下の者に付ける詞だし、『殿(との)』と呼べば、城主と言う国の最高位にいる人の呼称である。

 一平は国王夫妻から見れば確かに目下であり、身分も地位も低いが、王女の恩人である点から言えば、恩賞としてどんな地位でも望めるのだ。トリトニアで頂点に立つオスカー王は、一平に対し深い恩と重い借りがある。一般の民たちと同等に扱える事情ではない。

 一平は、極めて微妙で特異な立場にいるのだ。

 従って、王宮にいるその他大勢の家臣たちも、側仕えの者たちも、出入りの者どもも、一平のことを軽んずるわけにはいかない。

 明らかに上位の者に対しては。『さま』と付けるのが常識だ。但し、国王、王妃は陛下。王子王女は殿下である。少し砕けると王さま王子さま王女さまとなる。『姫さま』は、もう少し気安い。この呼び名が可愛らしいので、オスカーは生まれた我が子の呼称を『王女さま』から『姫さま』へと自ら推奨したのである。

 新参者の一平には地位などあるわけもなく、父のラサールにしても、身分的には王族でもその係累でもない。

 一平はパールを送り届けたことで生ずる報奨金を足蹴にした。では代わりにどうかと差し出されたパール本人を、娘に値段をつけるのかと憤って拒んだのも彼自身である。心の底からパールを欲しているのにもかかわらず、他でもない一平本人が自ら地位と身分の受け取りを拒否したのである。

 その時点で、彼にはそんなものは必要ではなかった。全く重要ではなかったのだ。

 だから、人々は彼を呼ぶのに『さま』をつけられない。

 まさか呼び捨てにするわけにもいかず、地位や身分ある人たちが同等の者に対してつける『どの』を採用するしかない。

「それじゃあ、僕たちも、『一平どの』とお呼びしようよ」

 一平の答えを聞いて、レネが提案する。

「僕らは同級生だもの。僭越ながら」

 この年にしてそんな言葉が使えるのか、と一平はちょっと驚いた。

 確かにレネは利発で頭の回転が良さそうだ。きっとこの中にいる誰よりも早く一般教養部門の課程を終了するのに違いない、と一平は思った。

「そうしてくれるかい⁉︎嬉しいな」

 心から喜んだ一平だったが、皆が皆そういうわけにはいかなかった。翌日になっても、その後何週間が経っても、『勇者』と呼ばれる事は増えこそすれ減りはしなかった。

 そのほとんどが新しく知り合いになった者だったが、毎度毎度このやりとりをするのに疲れ果て、そのうち一平は自分の呼び名を訂正することをやめてしまった。


 一平の進歩は目覚ましい。

 もともと飲み込みが早く、いろいろなことに応用の効く柔軟な頭を持っていた。一を聞いて十を知るというほどではないが、パールがあの洞窟で日本語をぐんぐんと覚えていったように、知識のスポンジはみるみる水を吸って重さを増していったのだ。

 年齢がいっていたので、その分理解力に長けていたのかもしれないが、入所した時に同級だった少年たちをあっという間に引き離し、ずんずん課程をこなしていくような傑出した者は滅多にいなかった。

 賢そうだったあのレネでさえ―彼は一平を除けば少年たちの中で一番優秀だった―一平の進路に追いつく事は敵わなかったのである。

 レネの名誉のために言っておくなら、一平の進度の方こそが異常だった。

 一般教養部門では、生きていくのに最低限必要な知識と常識を教える。すでに三年の歳月を広い大海原で生き抜いてきた一平にとって、この部門で見聞きする事は、ほとんど旅の間に自然と身に付いてしまっていたのだから、卑下するには当たらない。

 知っていた現象や事物にそれぞれ明確な名前と説明がつき、一平自身は納得のいく毎日で気持ちが良いほとだったのだ。

 ただ、トリトニアの国の成り立ちや仕組み、人々の生活様式や日常の細々とした些事といった、この国で育っていれば当たり前のことが身に付いていないので、他の者が疑問に思わない点までが不可解で、度々教授を質問攻めにしていた。学生の意気込みとしては素晴らしいが、時に他の生徒への迷惑となることもあると気づいてからは、なるべくそういう質問は授業の終了後に個人的にするようになった。

 従って、教授の研究室へ足を運ぶことも多くなり、より一層学習内容も師弟関係も深まることとなる。

 こうして培った関係は、知らずにとは言え、後々の一平の人生において貴重な財産となっていくのであった。


 思いもかけずトリトニアの人々に好意的に受け入れられた一平だったが、もう一方のパールの方は、意外なことに全面的に受け入れられたとは言えなかった。

 一般教養部門に加えてパールが選んだ講義のひとつは芸術科だった。

 その唇から、天性のものとも言える響きを醸し出すことのできるパール。 

 そんな才能を抜きにしても、歌うことの好きなパールはこの科を選んでいただろう。修練所で学びたくても学べなかった彼女にとって、この入所は待ちに待った、憧れと希望に胸膨らむ出来事だった。

 トリトニアの修練所の芸術科は、音楽部と美術部に分けられていた。もちろんパールの所属したのは音楽部である。その音楽部の教授の下で、パールは自己紹介をさせられていた。

 音楽部の教授は、各専門ごとに五人、生徒は百人を下らない。小さなグループに分かれて学ぶため、今パールの目の前には二十人ほどが居並んでいるだけだ。 大勢の人前で見られるのは慣れているが、受け答えだけではなく、自ら発問や考えを述べる事はあまり体験してこなかった。パールは緊張に身体を強張らせながら一生懸命言葉を探していた。

「…パールティアと申します。パールとお呼びください。来月十三歳になります。体が弱かったのでまだ修練所に通ったことがありません。自宅で勉強してはいましたが、わからないことがたくさんあるのでいろいろ教えてください。歌っていられれば幸せです。私の歌を聞いて喜んでくれる人が、一人でも増えればいいなと思っています」

「質問!」

 パールが話し終わるや否や、一人の少女が勢いよく手を挙げた。

「なんだね。エスメラルダ君」

「今挨拶されたのはパールティア姫ですよね⁉︎王女の。姫さまとお呼びしなくていいんですか?」

 ハキハキとしたもの言いは意志が強いことを匂わせている。その顔つきを見ても窺える。長くうねった髪は濃い紫で、目は大きく少々釣り上がっている。鼻筋は通り、ふっくらと赤い唇は艶やかで、かなり美人の部類に入る娘だ。

「修練所では学生は皆平等だ。君も知っているはずだ」

「でも、『姫さま』ですよ⁉︎後で、陛下からお咎めでもあったらたまりませんわ」

「その心配はない。陛下からは『決して分け隔てをせず平等に接してほしい』との申し入れが来ている。教授陣も皆『パール君』と呼ぶことに意思を統一しているが、不満かね⁉︎」

「それでは、結構ですわ」

 エスメラルダと呼ばれた少女は、そう言って着席した。

 進行を務めていたサックス教授はパールに向き直り、歳相応の落ち着きを含んだ声で言った。

「そういうことだ。パール君。私も他の尊師(せんせい)方も、王女だからといって特別扱いはしない。そのつもりで心して勉学に励んでほしい」

「はい」

 元よりそう望んでいるパールは、ためらいもなく頷いた。


 授業自体は面白く、珍しくもあり、パールにとっては不満など何もない充実したものだった。素直な性格は飲み込みの早さに相通じるものがあり、それでなくても記憶力の優れたパールは優秀な成績を残すだろうと教授たちに予感させた。

 問題は、まず級友(クラスメイト)たちの中で起こった。授業中ではなく、講義と講義の間の休み時間のことである。

 件のいきなり切り込んだ質問をした少女、エスメラルダが、これまたいきなり話しかけてきたのである。

「あなたって、本当に王女様?」

 何を言われたのだろうと、パールは一瞬訳がわからず答えられなかった。

「全然、らしくないのね。まだ子どもみたいだから仕方ないけど、それほど気品があるわけでもないし、特に綺麗って言うんでもないし、どっちかって言ったらとろい方みたいだし…」

 よくもまあずけずけと本人を目の前にして言いたい放題言えるものだ。それも身分的には目上の者、しかもまだ会ったばかりでよく相手のことを知りもしないはずなのに。百歩譲ってそれが全て事実だったとしても、なかなか普通はそういう失礼な事は言えないものである。

 普通なら少なからずむっとして言い返すか、頬を引き攣らせながらも顔では笑って聞き流し、後で悪態をつくなり親しい者に愚痴をこぼすなりしただろうが、パールは違った。

 パールにはこんな攻撃は免疫がなかった。

 幼い頃から閉じ込められて友達もいず、遊び相手といっては、二歳年下のキンタ王子かパール付きの侍女くらいのものだった。行方不明になってからも、よく接したのは一平をはじめとして学や翼、健太やパドなど。出会った海人たちもほとんどが男性で、唯一接した女性のミラは男よりも男らしいと言えるほどの剛毅な女性だった。

 一般的に女の子は男の子よりも早く大人になる。幼くても、同性が集まれば、仲間外れや陰口や意地悪な言動などをしてしまうのが、女の特性であり、悪い傾向だ。だが、その女の集団にパールはまだ所属したことがない。従って、このように身に覚えのない不本意な攻められ方は初めて経験するのだ。

「うん、そうなの…」パールはただ寂しそうに頷いた。「パールもママみたいに綺麗で賢くなりたいんだ。でも、それでもパールはパパとママの子どもだから」

 パールの答えを聞いて、エスメラルダは眉間に皺を寄せた。彼女の聞きたかったのはこんな手応えのない反応ではなかったのだ。

「そうよね。子どもは親を選べないし、親もまた子どもを選んで産むわけじゃないから、王女に相応しくない器量の子が生まれてしまうのは防げないことだわ」

「エスメラルダ…」

 エスメラルダの斜め後ろから、今一人の少女が袖を引いた。あまり目立たない顔立ちではあるが、穏やかな目とまっすぐな薄水色の髪の綺麗な細身の少女だった。エスメラルダのあまりの言い草に、この暴走を止めようとしてくれているらしい。

 なぜ少女―メリーアという―が自分をかまうのか、エスメラルダは承知しているようだ。返事もせずに引かれた袖をぐいと自分の方に引き戻した。

「だからパール、頑張ってお勉強するの。やっと修錬所に入れるようになったから。一生懸命勉強して、早く一平ちゃんのお嫁さんになれるように、恥ずかしくないように頑張るの」

「一平ちゃんって誰よ」

 これにはまた別の少女アイナが答えた。

「知らないの?パールティア姫を連れ戻した『勇者一平』のことよ。なんと、このパールにプロポーズしているんですって」


 ―信じられない。なんて生意気な―

 明らかにそういう敵意を持った目で、エスメラルダはパールを見た。

「ふうぅーん…」

 まるで値踏みをするように、上から下までパールを()め回した。

 その横でアイナが得意満面で話し出した。

「すっごく素敵なんですって。その一平さまっていうのが。背も高くて大柄なんだけど、お顔はとても優しげでハンサムで、もちろん剣の腕は抜群で、偉ぶらなくて最高にいい人だって、うちの弟が言ってたわ」

 アイナの弟が、ちょうど一平の級友らしい。

「私、ちらっとお姿見たわ。多分あの人だと思う。短い黒髪で、目も黒くって、背中に大剣を背負ってる人でしょう⁉︎」

「そうそう。私も見たいと思ってるのよ。で、どうだった?」

「アイナの弟の言うのは正しいと思うわ。性格まではわからないけど、見た感じは悪くない…っていうか、すごくいい感じよ」

 その時の状況を思い出しながらメリーアが答えた。

「そうなの。一平ちゃんはすごくかっこいいよ。すごく強いし怒ると怖いんだけど、優しいの。パールはいっぱい助けてもらったの」

 のろけに聞こえたのか、それともあまりに幼い言い回しに気に障るところがあったのか、黙って級友の話を聞いていたエスメラルダが再び毒舌を吐き始めた。

「どうしてそんなすごい人があなたなんかに求婚したのかしら?」

「え…」

「大体あなた、もうすぐ十三歳になるって言ってたけど、本当なの?勇者が幼魚に求婚するなんて、私には信じられないわ。あなたの自惚れか勘違いか、いずれにしろ、何かの間違いよ、きっと」

「エスメラルダったら…」

「間違いではないらしいわよ。かなりの噂になっているし、うちの弟も本人から直に聞いたって言ってるもの」

 それはあまりな言い種だと、メリーアが眉を顰め、アイナが反論を口にする。

「そんなはずないわ。勇者ともあろう者が幼魚にプロポーズだなんて。私の方がよっぽど綺麗で相応しいわ。足だってあるし、いつだって子どもを産んであげられるのよ」

 エスメラルダはそう言って、蔑むような目でパールを見た。

 それはパールには辛い一言だった。まだ足がないこと。幼魚であること。それは即ち、そのままでは一平はおろか、誰のお嫁さんになることも赤ちゃんを産むこともできないと言うことだったから。

「いいわ。この目と耳で確かめるから。勇者は私と結婚するのよ。そう占に出てるんだから」

「……」

 パールは不思議な面持ちでエスメラルダを見つめ、残りの二人は困ったわね、とでも言いたげに互いに目配せし合った。

「この勇者じゃないかもしれないじゃない⁉︎」

 おずおずとメリーアが言った。

「私は適齢期よ。大人の女性よ。勇者と名のつく者が、そうほいほい出てくるわけないじゃないの!」

 そう言われればその通りだと、メリーアは口を噤んでしまった。

 早速翌日、勇者の為人(ひととなり)を確かめて、エスメラルダが一平に夢中になった事は言うまでもない。

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