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第十九章 ガラリア

 ガラリアはポセイドニアの最北端で東西に広がるトリトニアの隣国である。点在する海底火山を避けるようにして線引きがされているので、国境が複雑に切れ込んでいる。二国間の国境はほとんど山脈にあると言ってよかった。

 ガラリア―トリトニア間を行き来するには、この山脈を越えなければならない。山脈が普通の山で形成されていればどこを越えてもよいのだが、生憎とこの山脈は海底火山ばかりだ。いつ噴火が始まるかわからないので、敢えて危険な経路を選ぶものはいない。少しでも危険の少ない平地帯を求めて、旅の商人達は移動する。

 それが可能な場所は一箇所しかない。比較的平坦で火山が火を噴いてもすぐには災難が降りかからない距離にある場所、トリーニの最北端に、ペニーノは派遣された。

 公式な検閲機関は既に敷設されていたが、それだけでは不十分だという認識がオスカーにはあったのだ。その背景にはそもそもの国の環境に由来する確執がある。

 ガラリアはトリトニアよりも北にある。つまりトリトニアよりも寒い。環境は厳しく、資源的にも満ち足りているとは言えないのだ。ガラリアの国土のほとんどは痩せた土地であり、海藻の育ちが悪く、当然それを餌とする生き物の数も種類も少ない。そのためガラリアは、物資の調達を気候が温暖で産物の多いトリトニアに頼ることが多い。逆に輸出国のトリトニアにはかなりの金が流れてくるのだ。僅かな緯度の違いで国民の暮らし向きが大きく変わっている。ガラリアの国民が裕福な暮らしをしようと思ったら、他国からの品物を当てにするか、国外へ出るしかない状況にある。

 だがガラリアは国民の国外移住を認めていなかった。

 国民が減れば国を賄う税を納める者が減るので、政府は転住を禁じている。

 それゆえ、他国―特にすぐ南のトリトニア―への憧れは強く、同じポセイドニア十国のひとつなのに、と妬ましい気持ちを抱く者さえいる。


 その最たる者が実はガラリアの国王であった。

 名をガラティスと言う。

 歳は三十六。平均寿命まであと何年もない。

 小柄な方だが、太っている。食物に恵まれない環境ではあるが、ガラリアの人民は総じて小太りだ。寒さに対抗するために、脂肪を蓄えやすい体質へと長年の間に変化したのだ。また、自給自足で賄えないために、生活費全般における食物費の割合が他の国に比べると高い。

 だが、国王ともなれば食べ物に窮することはない。ガラティスも二十人以上いる娘や息子たちも、皆肉付きはよかった。

 二十人とはまたずいぶん子沢山で頑張ったと思いきや、実はこの王子王女たちを産んだのは一人の女性ではない。死別などのため妃を何度も取り替えたわけでもない。ガラティス王は正妃の他にも妾妃を五人も持っているのだ。

 海人は一般的に子沢山を望む傾向にあるが、ガラリアは元々が一夫多妻制から成り立っている。近年はせいぜい一夫三妻止まりだが、権力もあり女性好きでもあるガラティスは後宮を増築までして愛人の数を増やしていた。そりが合わなくなったり飽きたりすれば情け容赦なく別れ、また新たに若く美しい娘を半ば強引に引き入れる。

 今現在は五人で落ち着いているが、この年までの二十二年間に関係を持った女性の数は三十人を下らなかった。

 女性関係に満ち足りていても、ガラティス王には不満がたくさんあった。それゆえ女性に走ってしまうのかと思われないこともなかったが、一国の王という立場にある以上、ガラティスの悩みはそれ相応のものだったろう。国土の貧弱さをどう向上させていったらいいか。国を富ませるにはどのような手段があるのか…。

 物質的な素地は決してよくはないが、ガラリアには他の国にない独自の産業がある。

『魔術』である。

 占いの類は、トリトニアでもごく普通に行われている。王宮でも毎月占いで政の是非を問うくらいだ。

 ガラリアの『魔術』は『占い』の発展したもので、それなりの修行が必要となる。会得するのにも実際に使うのにも時間がかかる。寒さを避けて家の中に籠ることの多いガラリアの気候と習慣があればこそ発展し、実用化に至ったのだ。

 トリトニアで信じられ、第一とされているのは『トリトン神』信仰だが、ガラリアでは『ガラ神』が信仰の対象だ。別名、『魔王ガラ』とも言う。

 没薬を焚き、呪文を唱えて魔王配下の諸々(もろもろ)の精を呼び出し、望みの術を代行してもらう。簡単に言えばそういう仕組みだ。大掛かりなものになると、魔王本人と契約を結び、呼び出した者の大事なものと引き換えで叶えてもらうことになるという。ことによっては本人の命で贖うこともあるらしい。

 この特異な技を一大産業として栄えさせているからこそ、資源の乏しい国であっても、ガラリアは他国との釣り合いを保つことができている。

 トリトニアの民はどちらかと言えば現実的で倹約家。魔術などというどこか怪しげで不安定なものに頼って何かを成し遂げるという考えは肌に合わない。

 トリトニアでは北部のトリーニと呼ばれる地域でこそ時折魔術の世話になることがあるものの、基本的にはお呼びでない。従って、トリトニアからガラリアに流れる金はごく僅かであり、このこともガラリアにしてみれば面白くなかった。

 何とか少しでも南に領土を広げ、資源をもっと確保したいと思うのも、トリトニアに一泡吹かせてやりたいと思うのも、心情的にはわからぬものでもない。

 だが正当性には欠ける。これは否めない。だからガラリアは面と向かってはトリトニアに敵対するようなことは何も言ってこない。

 だがこういうことは言われずともある程度は自然と伝わるものだ。ガラリアによい感情を持たれていないことを、トリトニアの主立った者たちは重々承知の上で外交に気を遣ってきた。

 今までは何事もなく平穏であった。

 現在のガラティス王の代になるまでは。


 ガラティスは即位してかれこれ十五年になる。オスカー王の治世と長さはそう変わらないが、即位した年齢はかなり上だ。若くして即位し、しかも王位継承権が上の者を何人も飛び越し、容貌も才能も溢れんばかりに優れていると評判のオスカー王を妬ましい思いで見続けている。ガラティスは決して見目がいいわけでもなく、また性格も僻みっぽい。あれだけの権力がなければ女性にはとんと縁がなかったかもしれないと、彼を知る誰もが思うほどだ。ガラリアが世襲制であるところに悲劇の種が宿っていた。

 そんなこんなが重なって、ガラティスはトリトニアに打撃を与えるチャンスを窺っていた。

 そんな折に国境近くに物見処を建設され、ガラティスは憤慨した。表向きは気象観測所であったが、何のためかは言わずと知れた。

 小競り合いは時折起こっていた。ガラリアからの脱出を試みる者と追いかけて連れ戻そうとする者、それを手助けしようとする者と逆に拒む者。前二者はガラリア、後二者はトリトニアの民だ。四者四つ巴のいざこざは、ガラティス王の治世になってからその頻度を増すようになっていた。

 それらを監視する役目も、物見処には課せられていた。

 だがベニーノでは些か役不足だ。建設にこそ、彼の力は発揮された。

 竣工が相成ったところで、所長には他の者が任命された。ピアソラと言うその指揮官は、王よりの辞令を意味する短刀を持って現れ、ベニーノに告げた。

「本日より当物見処の所長を任ぜられたピアソラと申す。わが主オスカー三世陛下よりのお達しだ。『ペニーノどの、皆が敬遠する困難な大役、自ら願い出て見事達成されたこと、心より評価し、感謝する。さすがは先先代に功ありし家系。今後はモノリス方面の物見処の建設に備えてもらいたい』と。また、準備の為マアムに邸宅を構えること、二年後に切れる禄を十年延長することを通達する」

 体のいい左遷だった。マアムは、トリトニア北西部、モノリスに隣接する土地だ。トリーニにも近い。王はペニーノにトリリトンに帰ってきて欲しくないのだ。そう察したペニーノは、胸に一物を秘めながら、二つ返事でこれを了承した。


 ガラティスは、なかなかの勉強家でもある。元々の専攻は史学だ。ガラリアの王位を継ぐために力を入れた学問だったが、性には合っていた。ガラリアにも文献というものは存在しないので、得た知識は全て頭の中に収まっている。若い頃はあちらの語り部、こちらの年寄り、と諸国を巡って昔語りを集めたものだ。即位してからはそうもいかなくなったが、逆に興味を引かれた者を呼び寄せて話を聞くことができるようになった。彼の興味は必ずしも高名な者に限らない。新しく移住してきた遠来の隣人であっても同じであった。

 そして先般、ガラティスはベニーノのことを呼び寄せていた。

 ガラリアの不興を買ってはまずいと、オスカーは事前にガラリアへ出向き、建設の説明をするようにとペニーノに指示を与えていた。その面識を利用し、ガラティスは度々ペニーノを城へ招いた。ペニーノも一応トリトニアの民であり、物見処のことはあくまで気象観測所で通していたが、ガラティスの方は疑いを捨て切れない。何とか尻尾を掴んでやろうと気の合うふりをして何度もペニーノに会うことを試みた。

 話を聞くのが好きなガラティスとおしゃべりなペニーノとは基本的には馬が合う。利害関係がなければ一緒にいて心地好い相手ではあるようだった。それが証拠に、回を重ねるうちにペニーノは息子のシェリトリまで随行するようになり、家族ぐるみの付き合いにまで発展している。

 また、ベニーノは魔術に興味がある方だった。ガラリアの民は病気の時にお医師ではなく魔術師に治療を頼むことが多い。これもトリトニアとは大きな違いだ。そのことについてペニーノはいろいろ質問をしていた。


 ガラティスの方は最近耳にするようになった噂の真偽をペニーノに問い質す。

「ペニーノどのは先立ってまでトリリトンにおられたのだったな。確かオスカー王御一家とも、親交があったと聞いているが」

「御意にございます。私が今回の役目を仰せつかったのも、そもそも王によく尽くし、信を置かれたればこそ。そして寒さの厳しいこちらの地域にはなかなか志願者が出ないことを憂えたからでございます。少しでも王のお役に…トリトニアの発展のために尽くせればと…」

 自分に都合のいいように話を作り替えるのは、ペニーノはお手のものであった。

「その上、拙息のシェリトリはオスカー王のご息女パールティア姫と歳も近く、病弱な姫の数少ない友人として友好を深めておりました。幾度となく姫の病床に通い、無聊をお慰めして、姫よりご厚情を賜っております」

「ほう…」

 まんざら嘘ではないが、真実ではない。シェリトリはこの地に飛ばされる発端となった一件を思い起こして眉間に皺を寄せた。それをガラティス王に見られまいと頭を垂れる。

「そのパールティア姫だが…」ガラティスはついと身を乗り出して問うた。「何やら世間の噂では珍しい力の持ち主であるとか。百年に一人出るか出ないかと言われる『癒しの力』の主だと言うのは本当なのかね?」

「もう、ガラリアまで届いておりますか…。さすがは、情報収集能力のお高いガラティス王、お耳が早い」

 ペニーノは尤もらしく答える。

「では、事実なのだな?」

「事実です。と申し上げてよろしいかと存じます。私自身は実際にその力を体験してはおりませんが、トリリトンの市中では癒しの力のお世話になった者が結構いると聞いております。そもそもパールティア姫の成人の式の折りに参列した者たちより広まった話であり、かなり信憑性は高いと…。

 パールティア姫とは私も面識がございますが、幼い頃は病弱でほとんど人前に姿を現すこともできませんでした。確か九歳の頃、突然行方不明になられ、放浪の末、勇者に守られてトリトニアに戻ってこられたのです。王にもご記憶に新しいことと存じます」

「ふむ。数奇な話よの。その『勇者』の話も聞きたいが、まずは姫の方から窺おうか」

「はい。帰国されてからの姫はまるで別人であるが如くお丈夫になられておりました。といっても、以前と比べて…ですが。相変わらずお身体は小さく痩せておりますので、抵抗力がふんだんについたというようには見えませんので。それでもあれほど何度もお見舞いに行った拙息の方が逆に見舞われることもありましたくらいで…」


 ペニーノの話で嫌なことを思い出し、シェリトリはますます苦い顔になる。

「その時も姫自ら『自分には癒しの力がある』『歌を歌ってあげようか』と申されたそうでございます」

 補足説明を促すかのように、ペニーノは息子の方に顔を受けた。

「その時にはもう回復に向かっておりましたので、息子はご辞退申し上げたようですが、姫の歌には確かに癒しの効力があるようです」

「パールティア姫は歌で他者を癒すと?」

「左様でございます。童女姫と呼ばれているのも尤もなくらい、成人しても幼い方ですが、一度(ひとたび)歌い出すと別人だそうです。一体どの口からあのような清らかで洗練された美しい声が紡ぎ出されるのかと、皆不思議に思うらしゅうございます。

 どこか悪いところがあれば快方に向かい、別段異常がなければ単に心地好い眠りに誘われるというお力のようです。

 このことは姫の成人の式以来少しずつ国内に広がり、今ではかかりつけのお医師を差し置いてまで、姫に治療を頼みに行かれる者もいるとか。

 さすがに王女であられますので、下々の者には恐れ多くてできかねましょうが、豪族の中では密かなブームとなっておりますようです」

「ふむ…。わがガラリアの『魔術』とはやはり手法が違うようだの」

「姫ご自身は力の仕組みなど心得てはおらぬようですよ。やり方を教えろと言われても教えられないらしい。ただ自分の心の赴くままに、癒す相手のことを思うことだけが姫にできることなのだそうです」

「…なんとも不思議な話よの」

「まことに…。トリトン神が憑依した、としか思われません」

「あいつ、変なことできるしな」

 ぼそりとシェリトリが呟いた。

「これ…」

 他国の王の前で自国の王女を『あいつ』呼ばわりするのはいくら何でも行き過ぎだが、シェリトリはそういう節操に欠けていた。ベニーノに嗜められて不服そうにそっぽを向く。

「何かね?気になるではないか」

 すかさず聞き咎めたのはガラティス王であった。

「いや、これは…。息子の言うのは勘違いでして…。何分、病の床の上、意識もはっきりせず、夢でも見たのでありましょう」

 下手に口を滑らせたら、折角シルヴィア王妃が不問に付してくれた事実が明るみに出てしまう。ペニーノは冷や汗ものだった。

「夢なんかじゃないさ。現に僕は暫くひっくり返ってたんだから。すごい衝撃だったんだよ⁉︎」

「よさんか、この、ばか者」

 シェリトリは父親に食ってかかるがペニーノは息子を黙らせたい。

「差し支えなければ聞かせてもらいたいが…。ペニーノどの、そうご子息を制してばかりでは気の毒だ。言いたいことは言わせてあげた方が精神のためぞ。…シェリトリどの、このガラティスが窺おうか」


 シェリトリはずっと不満だった。

 自分が引き起こしたこととは言え、そもそもの始まりは父が彼を唆したからだ。パールに取り入って気に入られ、婿に入れ、と。そうすることによって得られる条件を幾つも(あげつら)い、彼を先導したのはペニーノだ。父の言うことに従ってろくに好きでもない、風采が上がらない王女のご機嫌をとっていたのに、ひとつの失態でボコボコにけなされた。貴様のせいで俺は王妃に左遷されたと、幾度となく詰られ続けていたのだったから。

 父はもちろん、この人事を実行した国王夫妻にも、何も知らないパールにも、恨みがましい気持ちを抱いている。

 そして、このガラティスの優しげな誘い水だ。シェリトリは遭難中に差し伸べられた救助の手に縋るように、ガラティスに心の内をぶちまけ始めた。

「あいつは…ホントにガキなんだよ。僕がいくら甘い言葉で誘ったって全然靡きやしない。いや、そもそも靡くなんていう意味がわからないんだ。男と女が友達以上の関係になり得るってことを、全く予想もしてないんだ」

「姫は先般成人されたと聞いたが⁉︎」

「そうなんだよ。だから少しはその気になるかと思ってさ。キスしたりしてみたんだけど、なんだか反応が変でさ」

「ほほう…」

「シェリトリ。ガラティス陛下に対してなんだそのタメ口は。慎みなさい」

「いや。よいよい。あまりごてごてと飾られると真実がどこかへ隠れてしまうからな。今日は公務ではないことだし」

 話が色事へと進んできたためか、ガラティスは身を乗り出すようにしてシェリトリの話に耳を傾けている。

「抵抗しないからいいのかと思って触ってみても感じないみたいだし。そのくせ好きな奴がいるから、自分は強くないからどうのこうのって、わけのわかんないこと言うし。しまいにゃ不思議な力を使って僕を突き飛ばして昏倒させたんだ」

 思い出すのも口惜しい、とでも言いたげに、シェリトリは己が拳を握り締めた。

「ただ突き飛ばしたのではないと⁉︎」

「違うよ。何か、眩い光が走った。痺れるような衝撃だったよ。目の前が真っ白になって、正気を保っていられなくなったんだ」

「それは…間違っても『癒しの力』ではないな。『癒し』とは正反対の力だ」

「だろ?だから僕は今でも不審に思ってる。パールの持つのは、癒しの力だけじゃない。破壊の力も合わせ持ってるんじゃないかって」

「それは面白い…」


 ガラティスは面白そうに何度も頷いた。今の話に共鳴する伝説(いいつたえ)をひとつふたつ思い出したのである。だがこの場で敢えて口にする事はせず、こう言った。

「ぜひとも…一度お目にかかって実際にその力を目にしてみたいものですな。怪しまれぬように、会えるよう取り計らってはもらえますまいか。できればオスカー王を通さずに」

「ご招待してもよろしいのですが、おそらく私どもの元へは応じてもらえますまい。辺境の地でもありますし、今更隠し立てするいわれもありませんので申し上げますが、このシェリトリは先程の件でパールティア姫にもシルヴィア王妃にもよく思われておりませんから」

「王様が呼べばいいじゃないか」

「これ、また…」

 シェリトリの提案はもっともだが、そうできない理由がガラティスにはある。

「そうしたいのは山々だが、わしの方にも事情があってな。それこそオスカーどのは姫君をひとり寄越したりはしないであろうよ」

 トリトニアで密かに囁かれているように、ガラリアの王はトリトニアに対し胸に一物あるのだ、とペニーノは実感した。そうと気づくと、急に胸が晴れやかになった。なんだ、自分と同じ穴のムジナじゃないかと。

 ペニーノは提案する。

「配下の者に、させましょう。慣れない北の土地で体調を崩し、お医師も当てにならずに困っている、ぜひとも王女殿下のお力をお借りしたいと申し出れば、ご足労いただけるかもしれません」

「そのようなことで一国の王女が辺境へ出向くであろうか?」

「王宮を通さなければ大丈夫でしょう。姫は修練所の医科に通っております。医科の教授には私も知り合いがおりますから、正式な要請なら窓口に立っていただけると思います」

 いかに国王であっても、専門分野に口出しはしない、というのがトリトニアの姿勢であり、信頼して任されている、という自負が誇りとなって人々の心を奮起させているのだ。

 医科の制度(システム)の中に組み込まれている学生は、たとえ王女であってもシステムに従わなければならない。医師の派遣や研修などに学生がついていくことも多い。ましてや、学生本人に依頼が、ということであれば拒むいわれはない。

 その制度を逆手にとって、要請は仕組まれた。

 ガラティスとペニーノの会談があってから二週間後、パールは一人の助教授と共にトリーニの地を訪れていた。

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