クラシック・ウォー 後編
視界が晴れると、広い校庭が見えた。校庭とは言っても途中にはコンテナなど、いろいろな障害物が置かれていて異様な光景だ。
「ここは校庭か……ちょうど良いな」
空人はそう言ってメニューを呼び出し、愛用の短機関銃『P90』を選択した。選んだと同時に白い光に包まれたP90が姿を現した。空人がそれを掴むと同時に光は消え、ようやくシルバーの本体が見えた。
短機関銃とはその名の通り、短い機関銃のことだ。その中でもP90は特に小型で、銃身を本体に埋め込むことで小型化に成功している。小さく、動きやすいため接近戦では強いが、遠距離戦は弾の精度が期待できず、当てるのはとても厳しい。
空人は慎重に移動する。このゲームでは何回倒されてもゲームを続けられるが、一度倒されてしまえば二分間はゲームに復帰できないため、一回倒されるということはかなりの痛手になる。
突然後方で銃声が聞こえた。おそらく最初の戦闘が始まったのだろう。それに続き、いろいろなところで銃声が聞こえてくる。
空人はそんな雰囲気には流されず、自分のペースで慎重に障害物の間を縫って移動する。
しばらくするとコンテナの向こうから人の話し声が聞こえてきた。声の数から察するに敵は二人。常に視界の右上に表示されているレーダーが反応しないことから敵であることは間違いない。足音を立てないようコンテナの壁に近づき、タイミングをはかる。二つの足音は少しずつ近づいてくる。だがここで焦って出てはいけない。いくら上手い人でも二人を同時に相手にするのは至難の業だ。そのため片方を一瞬で倒して、すぐに一対一に持ち込むしか手はない。幸いなことに相手はこちらに気がついていない。
「よし」
空人は誰にも聞こえないような小さい声で自分に喝を入れると、手に持った銃を構え、コンテナの向こうから姿を現そうとする敵を待つ。
そして、敵の足が見えた瞬間、構えた銃の引き金を引く。連射される弾が体のど真ん中に命中すると、敵は光に包まれ姿を消した。このゲームではグロテスクな表現を避けるため、血は出ない仕様になっており、敵を倒しても光に包まれて消えるだけだ。
空人は早速一人目を倒すと二人目に取りかかる。だが相手はなれていないのか、突然出てきた敵に仲間を倒されたことで動揺して、あたふたしている。そのチャンスを逃がさないため、すぐにもう一人に照準を合わせ引き金を引く。間隔の短い発砲音が連続で続くと、二人目も一人目同様光に包まれて消えていった。
「ふぅ、うまくいったな」
今の発砲音で敵をおびき寄せてしまうため、すぐにその場から離れる。さすがに連続での戦闘は避けたい。
特に行く場所がないので校舎に入ることにした。そもそも接近戦の武器を得意とする空人は、校庭のような広い場所ではなく校舎のような狭い場所の方が向いているのである。
また障害物の間を縫うように移動し、すでに銃弾を何発か受けている校舎へたどり着く。それと同時に聖から連絡が入った。
「そろそろ、鋼鉄の雨を始めるから護衛と避難を頼む」
その連絡が入ったと同時にレーダーに映る味方のマークが一斉にこちらにやってくる。どうやら聖は全員に連絡を入れたらしい。
このゲームでは空人こと『クウ』と、聖こと『セイ』のコンビは有名である。後方支援である『セイ』が狙撃銃を使い敵を倒し、接近戦である『クウ』が短機関銃と日本刀を使い敵を倒す。そして極めつけが『セイ』による『鋼鉄の雨』だ。『鋼鉄の雨』とは、カチューシャという兵器が放つ大量のロケット弾のことで、敵を同時に十人以上倒すことが出来るとんでもない兵器だ。だが準備に早くても一分以上はかかるため、その間はどうしても無防備になってしまう。だから空人は聖を守る必要があるのだ。
味方が集まるのを校舎の玄関で下駄箱に身を隠しながら待っていると、一人の味方がこちらに走って向かってきた。だが、様子が少しおかしい。こちらに向かっているというより、逃げてきている感じがする。
その直後、こちらに向かっていた味方の後ろで大きな銃声がした。そしてすぐに敵が姿を現した。敵から逃げているのだと気がついた時には、下駄箱から飛び出して仲間の救出をしようとしていた。
「待て、誰も校舎から出るな」
そこで突然、聖から連絡が入った。
そしてその連絡が途切れようとした瞬間、追ってきた敵は単発の銃声と共に一番得点の高いこめかみを綺麗に打ち抜かれ、光に包まれたあと姿を消した。その一連の動作は、すべてが見えているかのように正確で、すべてを読んでいるかのように早かった。
一瞬で辺りは静まりかえった。ある者は消えた敵の方を見つめ、ある者はただ呆然としていた。
当然と言えば当然だ。ずっと聖と組んでいる空人でさえ、その力量にしばし驚かされる。
だが、空人も負けてはいない。普段は大人数を相手に戦わないが、いざとなれば十対一までならなんとかなる程の腕がある。普通の人ならば、せいぜい二対一が限界で、三対一となれば確実に負ける。しかし空人は別格だ。とても素人とは思えない身のこなしと、扱いが難しく誰も使わないとされている日本刀で次々に敵をなぎ倒していくのだ。その様はまさに日本の伝統、「サムライ」そのものだ。
しーんと静まりかえった空気の中、聖から連絡が入った。
「鋼鉄の雨の準備をするから護衛を頼む」
一方的にそう言うと聖はすぐに回線を切った。
空人はすぐに警戒態勢に入り、近くの物陰に隠れる。どうやらこのことは他の味方には伝えていないらしい。おそらく、連絡を入れると混乱するからだろう。もっとも、鋼鉄の雨の準備の間は、空人一人が守ればなんとかなるので人手がいらないというのも理由の一つだ。
空人はそこで、校庭にある少し遠くのコンテナに人影を発見した。敵の数は一人。さっきのことも踏まえると、敵の多くは一人で行動していて、チーム間の連絡がうまくいっていないことが分かる。
だが空人は警戒を緩めず、じっと敵の動きを待つ。すると、コンテナに隠れていた敵が姿を現し、校舎に向かって走ってきた。空人は落ち着いてタイミングを計り、敵が射程範囲内に入るのを待つ。そして、範囲以内に入ると同時に手に持った短機関銃、P90を敵に向かって放つ。敵は驚いた顔を見せたが、その顔が一秒と持つことはなかった。
本来ならここで一息つきたいところだが、戦いはこれからだ。今の銃声を聞きつけた敵がこれから徐々に集まってくる。一人の場合ならすぐに身を引くが、今は聖を守らなければならない。
空人はもう一度近くの物陰に身を隠し、敵の動向を窺う。
それも束の間、敵はすぐにぞろぞろと姿を現した。敵の数は五人。空人の腕ならなんとかなる範囲だ。だがそれも余裕という訳ではない。細心の注意を払い、一回も判断ミスをしなければの話だ。
先ほどよりさらに辺りを警戒する。
敵側はこちらが潜んでいることは掴んでいるが、きちんとした場所までは分かっていないようだ。
やがて敵は五人でグループを作り、校舎内に入ろうと近づいてくる。バラバラならここから飛びだして一人ずつ倒したいところだが、五人でグループを作ったとあらば話は別だ。もしここから飛び出し敵を倒したとしても、残りの四人が確実に空人を仕留めるだろう。すれば必然的に方法は一つしか残されていない。「校舎内に全員を招き入れ一斉に倒す」ただそれだけだ。
空人は息を呑み、敵をギリギリまで引き付ける。そして敵まで数センチとなった時、近くで一つの発砲音がした。その直後、突然目の前で銃撃戦が始まった。
一瞬ばれたか、と思ったが、どうやら違うらしい。撃ったの味方で、敵を一人倒してくれた。だがその味方はすでに消えていなくなっていた。当然だ。普通の人間が五対一で勝てるはずがない。
空人はそこでハッとする。今の発砲のおかげで、敵の意識はすべてそちらの方へ向いている。チャンスだ。そう思った瞬間、空人は手に持った武器をP90から日本刀へ切り替え、一番近い敵に向け刀を振り下ろす。
バサッ! そう音がした時には敵は消えかけていた。
だが一人倒したことで歓喜している場合ではない。他に三人もいるのだ。
他の敵はすぐに振り返るが、空人はそれ以上に反応が早い。すぐに二人目、三人目と切り捨てていく。
そして四人目を倒した時、聖から準備が終わったとの連絡が届いた。
「鋼鉄の雨起動!」
……………
次の瞬間、大気を震わせる程の轟音がステージ中に響いた。そして数秒後には無数のロケット弾が校庭に着弾し、巨大な爆風を作り出した。その光景は校庭とは思えないほど赤く燃え上がり、どこか芸術的だった。
その直後、事務側から女性の声のアナウンスが入った。
「八割が二分間戦闘不能となったチームがでたので、ここでゲーム終了となります。お疲れ様でした」
そう言い終わると、また視界は白に染まっていった。