クラシック・ウォー 前編
空人達は目的地のネットカフェに着くと、早速店に入っていく。内装はとても綺麗で、掃除が隅々まで行き届いていることがよく分かる。壁はすべて白い鉄のようなもので統一してあり、所々に観葉植物が置かれている。
「意外と混んでないな」
聖はそう言うと、レジで会計を済ませた。このネットカフェは先払いになっているため、先に会計を済ませないと個室にすら入れなくなっている。
空人もそれに続き会計を済ませ、個室のカードキーを受け取り、各々の部屋に分かれる。
カードキーをドアに差し込み扉が開くと、巨大な箱が姿を現した。この箱は『コフィン』と呼ばれていて、その名の通り『棺桶』に似たような形をしている。変な形をしているが、これはただの箱ではない。れっきとしたパソコンだ。これは体感系パソコンと言って、中に入って寝そべることによって全身と神経をつなぎ、一時的にコンピューターと一体化するという優れものだ。簡単に言うと、一時的にインターネットには入れる機械だ。仮想空間と呼ばれるインターネット上を分身を使って歩き回れ、様々な施設で遊ぶことが出来る次世代型のパソコンとなっている。
これが最近ネットカフェが繁盛する理由の一つである。おそらくこれがなければ、ネットカフェという事業そのものがつぶれていただろう。今の時代、一家に一台どころか一人一台パソコンを持っている上、性能がかなり高いためわざわざネットカフェに行く必要がなくなった。つまり『コフィン』の開発がネットカフェ業界を助けたということだ。
空人は早速コフィンの中に入り、聖と待ち合わせたポイントに接続する。妙な機械音が鳴った時には、空人は別人となって仮想空間に立っていた。
辺りは群青色に染まっており、床だけが灰色でそこだけぽつんと浮いたように感じる。まだ接続が終わっていないのか、聖の姿は見当たらない。
通常、アバターは情報が漏れないよう基本的に自分とは別の姿をしている。だが聖は何が良いのか、自分にかなり似せたアバターを使っている。混血が進んだこの時代には珍しい黒髪に百八十センチを優に超える長身。見れば一目で分かるはずだが、周囲にいるのはピンクや緑や青といった奇抜な色ばかり。かく言う空人も現実と同じ茶色い髪のアバターを使っているが、それ以外はほとんど別人だ。
しばらく待ったが聖は一向に姿を現さない。あまりにも遅いので聖に通信しようとした時、ようやく姿を現した。
「ごめん、ごめん。なんか回線混んでてさ」
コフィン自体最近導入されたためこういった回線の混乱というのも珍しくない。だから空人は、それ以上問い詰めることはしなかった。
「時間もないし、そろそろ行くか」
そう言って目の前にメニューを開く。コフィンは脳の神経につないで操作するため、視覚的に見せているのではなく脳に直接見せていて、他人からは見えない仕組みだ。
空人は光で表示されたメニューからブックマークを選び、『クラシック・ウォー』というサイトをクリックする。すると次の瞬間には雑踏の中にいた。
辺りは先ほどとはガラリと変わり、赤茶色の壁に囲まれていた。人、というより、アバターで溢れかえり、十個も存在するカウンターの姿が見えなくなっている。
空人達は早速エントリーをするため、人混みをかき分けてカウンターに向かう。
「ったく、どんだけ人がいるんだよ」
ようやく人混みを抜けきったところで聖がそう言った。
「今日なんかあるのか? こんだけ混んでるの珍しいな」
ふと壁に視線をやると、『本日、ポイント二倍サービス!』という広告が表示されていた。ポイントというのはこのゲームで使われるお金のことだ。これはゲームで勝った時に活躍に応じて支払われるもので、ポイントを使えば様々なアイテムを買えるようになっている。また、ポイントを買うことも出来て、このゲームにかなりのお金をつぎ込んでいる人も珍しくない。
広告のことを聖に伝えると納得したようにうなずいた。
「それじゃ、俺らも稼ぎに行くか」
そう言って聖はカウンターにエントリーをしに行った。空人もそれに続き、聖と同じルームでエントリーをし始めた。
エントリーが終わると後は待つだけだ。空人達が出るゲームまではあと三分ほどあるらしく、それまで暇になってしまったので、ショップにアイテムを見に行くことにした。
ショップに行ってみると、一週間ぶりに来たせいか新商品が並んでいた。しばらく商品を見て回っていると、ゲームの事務局から女性の声で通信が入った。
「あと一分でゲームが始まります。ロビーに集合してください」
空人はすぐにロビーに戻ると、すでに人はほとんど集まっていた。
この『クラシック・ウォー』というゲームは三十対三十の二チームに分かれ、メインとサブの二つの武器を持ち込んで戦うオンライン・ガンアクションゲームだ。ルールは単純で、十五分間で敵チームのユーザーを多く倒し、ポイントを多く取った方が勝ちだ。これの面白いところが、敵を倒すにしても倒した敵のランクや倒し方によって、もらえるポイントが違うことだ。それに武器の種類もたくさんあり、銃から日用品まで数千種類あると言われている。『クラシック』という名の通り、すべて地球にいた時代の武器を使っている。
「それではゲームを開始します。五、四、三……」
ロビーにカウントのアナウンスが入る。緊張したような顔をしているのがチラホラと目立つ。このゲームは実際の戦争と酷似しているので緊張するのも無理はない。
「……零」
アナウンスがそう告げた瞬間、ロビーにいた全員が今回のステージである学校にいた。
「今より一分後にランダムに転移させます」
そう言うと空に『00:58』と残り時間が表示された。この間は準備の時間となっている。実際のステージを見て、装備を変える重要な時間だ。ここで勝敗が決定するといっても過言ではない。
空人と聖も数十種類ある武器の中から今回のステージや敵に合わせた武器をチョイスする。申請をすれば他のユーザーと同じチームになれるので、空人と聖はいつも同じチームだ。だから他の人と違って、お互いに合わせた武器を選ばなくてはならない。同じような武器を選べば、同じような武器が弱点になり、対応する術がなくなってしまう。なので、お互いに対になるよう武器を選ぶ。幸い、空人が得意なのは接近戦、聖が得意なのは後方支援とバラバラなので武器が一緒になる心配はない。
「決まったか?」
聖が声をかけると、空人は武器選びをいったん中断し、
「ああ、いつも通りだ」
「俺もいつも通りだ。俺がぶっ放してる間は頼んだ」
そう言うと自分の準備に戻っていった。
それを見て空人も自分の準備を再開した。今回のステージは『学校』。運が良いことに空人と聖が得意なステージだ。このステージは二〇〇〇年代前半の学校をモチーフにしており、校舎と校庭両方が使える、かなり広いステージとなっている。校門さえ出なければ文字通り自由で、トイレの水が流せるという無駄なプログラムまである。
「では、今より転移を開始します」
そうアナウンスが入った瞬間、目の前は白一色に染まった。