ペンギン
ようやく授業が終わると空人は両腕を伸ばし、授業という縄に縛られてカチコチになった体を解す。
「んーっ」
椅子でふんぞり返り世界を逆さまにして辺りを見渡すと、真横に一つの顔があった。
肩まで伸び、人工では決して作れないような綺麗なクリーム色をした髪。茶色い瞳にやや幼さが残る顔立ち。胸にある二つの膨らみ以外はとても細く小柄だ。空人はどこか見覚えがあった。
「な、なんで。そ、そ、そ、そんなに見つめてるの?」
そのどもった口調で声の主がすぐにわかった。
「ああ、桜花か」
「う、うん。桜花だけど……?」
不覚にも一瞬ドキッとしたことが無性に恥ずかしくなった。家族同然の幼馴染みにドキッとするのは、先生をお母さんと呼んでしまうくらい恥ずかしい。いや、それ以上かもしれない。
「それより次の授業なに?」
桜花は目を丸くして空人を見つめる。
「え? 今日はこれで終わりだよ。さっき授業が始まる前に自分で言ってたじゃん」
空人はどこか遠くの方を見つめるとようやく思い出した。
「ああ、そういえば言ってたな。これから暇だし聖でも誘ってネカフェ行くか」
そう言った途端、桜花は過剰に反応した。
「ぇ? えええええええええええええええええ! 空人病気になっちゃったの? どうしよぉ。介護とか出来るかなぁ? でもちゃんと介護してあげないとダメだよね」
「……お前、俺に喧嘩売ってんのか?」
低くドスのきいた声で台詞を吐き、桜花を睨み付けるように視線をやる。普段ならここで睨まれたことにパニックに陥るが今はそれどころではないらしい。頭には「介護」の二文字のみがグルグルと巡り、他のことは何も考えられない状態だ。
「だ、だって明日はフライトの大会でしょ? なのに今からネットカフェに行くなんて……。どぉしちゃったの? 本当に大丈夫?」
どんなに桜花が心配しようが空人にしてみれば馬鹿にされてるようにしか思えない。今すぐ反撃したいところだが、桜花の性格を知っている以上それは出来ない。ここで泣かれては後が怖いので大人な対応をする。
「はぁ……明日の調整で今日はフライト機が使えないんだよ。だから今日はヒマなの」
気怠そうな表情をすると桜花は何かに気がついたように、目を大きく開く。
「えぇぇぇ! そうだったの? ご、ごめん、なんか病気扱いしちゃって。若いのにボケちゃったのかと思って……」
「ボケている」という言葉に少し反応したが、心の底から反省したような表情を見せる幼馴染みの女の子を、責め立てるようなひねくれた性癖を持っている訳では無いのでこれ上は何も言わなかった。というより言えなかった。
「お、桜花ちゃんおはよ」
時空が歪んだような挨拶をする今の今まで深い眠りについていたこの男は、巫聖。桜花より付き合いは短いが一応空人の幼馴染みだ。もしかしたら、男と女ということを考えれば桜花より付き合いは長いかもしれない。
「あ、おはよー聖君。やっと起きたね」
桜花も桜花で時空が歪んだような挨拶を返す。
「聖。お前どーせヒマだろ? ネカフェ行こうぜ」
「どーせっていうなよ! まぁヒマだけどさ……。アレやるんだろ?」
聖は男がやるとただの変態にしか見えないような笑顔で空人を見る。
「……気持ち悪っ!」
「なんでだよ!」
下らない会話をしていると時刻は午後四時を過ぎようとしていた。そろそろネットカフェに行かないと会社帰りの人たちとぶつかって混んでしまう。
「そろそろ帰るぞ」
空人はそう言って鞄を持ち、教室のドアへ歩き出すと、
「あ、待って! あたしも行く」
桜花は鞄を持って空人をトテトテと走って追いかけた。
「お前の前世ペンギンなの?」
空人はその様子を見てそう言った。




