急襲
「こっちだ!」
空人は桜花の手を引き、すぐにショッピングモールから出た。
外ははすでに混沌としていた。人々は逃げ惑い、銃声や悲鳴が聞こえ、人工の青い空の向こうには黒い空が複数あった。その黒い空からは次々に緑色の機体が入り込んできていて、空人の思考が追いつかないところまで事態が進行していた。
「とりあえずスカイ社に向かうぞ」
スカイ社なら格納庫があるため相当なことがない限り安全だろう。そう思い、空人は桜花の手を強く握りしめ、地面蹴った。
運悪く繁華街にいたせいで人の量が多く、逃げるのも困難な状態だった。人とすれ違うたびに肩をぶつけ、転んだ人がいればそれを跨ぐかそれを踏みつける人まで居た。
それだけ尋常ではない事態なのだ。放送に耳を傾けても逃げろと繰り返すばかりで事態の状況はまったく分からない。
「クソっ!」
なんとか人をかき分けて進む。
もっと近くに避難所があればいいのだが、不運なことにこの辺りは大きい建物ばかりで避難できる場所がない。そのため、教育地区まで行くか工業地区のスカイ社へ向かうのが一番近いルートだ。とは言っても徒歩で十分強、走っていっても五分で着けるかどうかは怪しい。その上この人混みの中では普段よりも時間が掛かる可能性もある。
「よし、もうすぐだ」
空人は息を切らしながら声をかけると、桜花は「うん」とだけ言った。
あと百メートル程度で商業地区を抜けられるという瞬間。頭上から爆音が聞こえた。
慌てて音源を確認するがもう遅かった。
空人が見たときには十階建てのオフィスビルが数メートルの距離のところまで倒れてきていた。
「桜花ぁぁぁぁあああああああああああああ」
辺りは硝煙に包まれ、空人はそのまま意識を失った。
空人は激痛とともに目を覚ました。
辺りはいまだ硝煙に包まれたままだった。おそらく意識を失ってからそう時間は経っていたないのだろう。
頭痛や背中や腕などにかなりの痛みを感じたが、怪我の具合から瓦礫などがぶつかって何カ所か骨折をした程度と推測し、放っておくことにした。空人にとって自分より桜花の方が心配なのだ。
空人自身奇跡的に生き埋めにはなっていなかったが、桜花は分からない。行動は早いに越したことはない。
そうしてすぐに空人は桜花を探し始めた。
「どこだ、桜花。桜花っ!」
探し始めて二分も経たないうちに煙の向こうに一つの影を見つけた。慌てて駆けつけるとやはり、桜花の姿だった。しかし意識は失っており、その下半身は瓦礫の下に埋もれ、その周囲は血で海が出来上がっていた。そしてその側にはどこかに連絡したかったのか、携帯端末が転がっていた。
「待ってろ桜花。すぐに助けてやるからな」
空人は桜花の上に乗っている瓦礫を懸命にどかした。爪が一枚二枚剥がれても懸命に。
そして、桜花の両手を持って瓦礫の山から引きずり出そうとした。
だが、桜花の体は拍子抜けするほど簡単に抜けた。
「大丈夫か? 今安全なところに連れてってやるからな」
空人が桜花の体を抱きしめると、そこでようやく“異変”に気がついた。
軽い。
軽すぎるのだ。
そして空人はその“異変”の正体を知った。
足がない。いや、桜花の体は腰から下がなかった。
瓦礫の山を見ると骨のついた“肉片”がまだ埋もれていた。
なぜあれほど簡単に抜けたのか。それはそもそも埋まっていなかったからだった。埋もれていたのは、桜花の下半身。上半身はただ近くに転がっていただけだった。
「大丈夫だ桜花。すぐに病院に行くからな。そうか、とりあえずおっさんのところに行った方がいいか。そうだよな。うん。間違いない。俺が背負ってやるからしっかりつかまってろよ? 小学生の時見たく寝ながら落ちるんじゃねぇぞ?」
空人は半分の桜花を背負い立ち上がった。
周囲は先が見えないほど炎に囲われていたが、空人の目に映っているのかいないのか。ただただフラフラと炎に向かって歩いて行った。